第9話 電話

これも大学二年生の夏休みの時の話だ。


まあ、僕の話じゃなくて友達の話なんだけどさ。

そうだな……A君という名前だと仮定しよう。同期で同じサークルなんだよ。


彼には、帰省が無い。つまるところ、実家暮らしという事だ。

夏休みの間もサークル活動を行う者がいる。A君もそのひとり。

彼は夏休みの間、毎日のように大学に顔を出していたそうだ。

ある日の事。

彼が大学から割り当てられたサークル室に行くと、何やら騒がしい。

近くの後輩に話を訊くと、朝早くに隣の文系棟の屋上に悪戯があったという。

当時、今と違って屋上には誰でも出れたし、フェンスも簡単ではないが乗り越えられる物だった。

それは、屋上のフェンスの向こう側に靴が一足揃えて置いてあって、風で動かないように靴を重石にして遺書のようなものが添えてあった、という事だった。

報告を受けた学生課の職員が屋上へ上がり、確認したところ、靴は新品の安物で、遺書には何も書かれていたなかったそうだ。

そのため、これは悪質な悪戯、という事で結論が出ていた。

そんな話を後輩から聞かされたA君だが、すぐに後輩に疑問をぶつけた。

「悪戯ってわかったなら、なんで皆がざわついているんだい?」

「いや、それが遺書っていうのが問題で」

「ん? 白紙だったんでしょ?」

「いえ、遺言みたいなのは書かれていなかったって意味で言ったんです。封筒の中にA4の白い紙が入っていて、右下に番号が小さく印刷されていたらしいんです」

「……印刷?」

「それで、それ見た学生課の職員さんがすぐに気がついたみたいで。これは学籍番号だって」

学籍番号。他の大学はどうかわからないが、途中何桁か区切りでアルファベットが入るのだ。

後輩のセリフで、なんとなく物事を理解したA君は、続けて後輩に問うた。

「で、ウチのサークルの誰の番号だったの?」

これだけサークルの仲間たちが騒ぐという事は、きっと身内の話なのだろうと踏んだのだ。

「……先輩です」

「え? 誰?」

「ほら、変死体で発見されたヤクザと繋がっていた先輩……」

そこでA君は絶句した。

もはやサークル内では禁句になっていた先輩の名前。犯罪者ということもあるが、犯した犯罪の内容が内容だ。誰も、その所業を許してはいない。

先輩のせいで、このサークルも取り潰される危機に瀕したが、サークルは無関係だった事で存続したのだ。

「それは、気持ちが悪いね」

「そうなんですけどね。職員さんが、もう屋上へ出るための唯一の階段通路にある監視カメラをチェックしたみたいなんですけど、この一週間くらい、誰も屋上に上がってないらしいんですよ。最後に上がった人は、その職員さんで、その時はたしかに何も無かったって言っているっ話で」

「その職員さんが嘘をつ……」

嘘をついている可能性は? とA君が後輩に訊こうとした時だ。

ドンッ!

何かが地面に落ちる音がした。

その場の全員が静まり返る。

「何の音?」

誰ともなく、疑問を口にする。

それは、こっちが聞きたいとA君は思った。

とにかく、外へ出て確認しようという事になり、全員がサークル室からゾロゾロと出て来る。

その時には、もう人だかりができていて、皆一様にざわめいていた。

「ちょ、ちょっとごめん、通して」

A君は、率先して人混みに入り込み、最前列に出た。

「えっ!?」

とそこで、声が出た。自分でも人間ってこんなに大きな声が出るのかと驚いたほどだ。

そこには、あの先輩の頭が苦悶の表情で口を開けてA君を見ていた。

彼は、死んだ先輩のデスマスクと目が合って悲鳴を上げたのだ。

同じサークルのメンバーだ、見間違えるはずがない。

数週間前に死体で発見された先輩。その遺体には首が無かった。

それが今、サークルのメンバー達の前に晒されている。

「けっ、警察!」

誰かが叫んだ。

そこからは阿鼻叫喚だった。悲鳴を上げ続ける者、号泣する者、嘔吐が止まらない者……。

駆け付けた警官達によってその場は鎮められたが、何人かは確実にトラウマとして忘れられない光景を見てしまった事だろう。


あとから聞いたのは、その日の監視カメラにも人の姿は一切映っていなかったそうだ。

では、あの先輩の頭部はどこから来たのか?

それは、今もってわからないという事だ。


という話を電話で聞いたんだ。A君が報せてくれたんだよ。


だけど。

だがしかし、なんだけどさ。

そんなの夏休み明けに教えてくれれば良いのに。

なんで、A君、サークルで帰省しているメンバー全員に電話連絡したんだろうね。

しかも、一番最後が僕だなんて、何度も話したから、慣れたのか臨場感たっぷりに語ってくれたよ。

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