第8話 夏のプールサイド

大学二年生の夏休みの時の話だ。


アルバイトをしたんだよ。例の蕎麦屋は結局、あの後、気まずくなって辞めた。

で、夏休みの最初の二週間だけ、市営プールの監視員の仕事をする事になった。

ああ、大学の近くじゃなくて、実家の近くのね。帰省していたんだよ。バイトは親の紹介で。


で、朝十時に開場なんだけど、お客さんが入ってくる前に、監視員として持ち場の椅子に座ってなきゃいけない。

なんか、市営だからお役所の担当者が役人でお堅いからか、そういう指示だったんだよ。

で、一斉に持ち場の椅子に梯子みたいなのを上って座るわけなんだけど、そのタイミングで至るところから悲鳴が上がった。

僕も悲鳴を上げた。

なんでかって言うと、プールに人が浮いてたから。背中を上に、頭を水面下にして。

どう見たって死んでいる。そりゃ、悲鳴のひとつも上がるよね。

それが、僕のいた二十五メートルプールから二体、隣の流れるプールからも二体、向こうの五十メートルプールからも二体。それ見て、それぞれ悲鳴が上がるんだけど、お役所の人が無表情で言うんだよ。

「ああ、それは良いから、良いから。すぐに消えるから、そのまま座って仕事を続けて」

流れるプールの人だったかな。

「いやいや! なんですか、これは。説明してくださいよっ!」

全員、市営プールの仕事は初めてで、それぞれの親から座っていれば良い、なんて言われて来ているからね。

そりゃ、重要な仕事だよ。最後の最後は、緊急事態にお客さんの命の危機を救う一端を負わないといけないんだから。

でも、そんなのは滅多にないし、市営だからね。他にも役所の人が待機していたりするから安心なんだよ。

そしたら、その役所の人が開場時間が近いから手短にって教えてくれたんだ。


十何年前かのこと。

ここで、ふたりの兄弟が溺死した。親は市に責任を追及したんだけど、市に責任は無いと裁判で判断された。

それで気が狂ったのか、父親がある日、プールの営業中に子どもを三人、見境なく溺れさせて殺した。

父親はその場で逮捕されたけど、拘置所で自殺して果てた。

それからというもの、なぜかプールの開場時間になると、遺体のようなものがプールに何体か浮かぶようになった。

原因はわからないが、対策もできないので、放っておいているって。


その説明を聞いても、誰も辞めるって言いださなかったね。時給良いし。

それに害が無いってわかっているから。何年も続いていて、問題視されていないなら、そういうモンなんだろう、と。


それからは、約束の二週間、ちゃんと仕事したよ。誰も溺れなかったから、特に出番とか無かったけど。

代わりに、真っ黒に日焼けだけしたよ。


だけど。

だがしかし、なんだけどさ。

人数が合わない。

十何年前に亡くなった子どもは五人。僕らが見たのは合計六人。

差し引き一体。

それって誰なんだろうね。

背中向けて浮いているそれら。全部、ひっくり返したらどうなるのかな。

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