第24話
脳裏に過る、軽量の二文字。
さながら羽毛の如く。
あるいは先が見える襤褸布の如く。
「(ッ軽い)」
黄金ヶ丘クインには無駄な脂肪など存在しない。
脂肪が存在しなさ過ぎるからスレンダーである。
尻も胸も極めて控えめな黄金ヶ丘クインではあるが。
しかしそれが逆に長峡仁衛の脳裏に尤も軽いであろう羽毛の二文字が浮かび上がる。
「(小冬とは違う…あっちを抱き締めたり持ち上げた時も、軽かったとは思ったが…いや、凄い軽いな)」
何よりも、長峡仁衛の鼻孔に突き刺さる柑橘類の匂い。
香水か、いや違う。柔軟剤やボディソープの匂いが、彼女の体臭として混ざっている。
結果的に脳を刺激させる匂いとなって長峡仁衛に猛絶なアピールを繰り広げていた。
大して、黄金ヶ丘クインは。
「(兄様に抱かれてる…あぁ、逞しい腕、ひょいって、私を簡単に、ひょいって持ち上げましたわ…わわ、力強い、…ひぃ、好き…)」
悶える様に、彼女の脳裏には長峡仁衛の愛が分泌される。
これまで肉体を鍛え続けた長峡仁衛にとって、黄金ヶ丘クインと言う少女体型な彼女を抱き上げる事は簡単な事に過ぎない。
その簡単な事が、黄金ヶ丘クインの趣向に嵌り、猛烈に恋慕を積み重ねる様になっていた。
情緒が不安定になりそうな程に焦れる黄金ヶ丘クイン。
長峡仁衛は、彼女を抱き締めながら持ち上げて、二階へと登って行こうとする。
さて、長峡仁衛は彼女を持ち上げた。
そうする事で、黄金ヶ丘クインが少し背が高くなるような錯覚に陥る。
彼女の胴体、横腹に手を回して、持ち上げているので、必然的に、長峡仁衛の前には彼女の胸が微かに当たっている。
「(兄様に、私のお胸が…ふ、不埒な、女だと思われないかしら…あぁ、考えるだけでも恥ずかしくて、脳が煮え滾りそうです…)」
恥ずかしくも、長峡仁衛に猛烈なアピールをしている。
そう思っている黄金ヶ丘クインだが。
「(顔、…特に額が擦れて痛い)」
しかし残念。
前述の通り、黄金ヶ丘クインには胸が無い。
これが銀鏡小冬であれば、その豊満な胸に対して柔らかな感触を愉しめただろう。
しかし、無いのである。胸が。
ただ、布地と、彼女の装着するスポーツブラ。
胸を支える事の無い為にブラジャーなど付けていない。
ただの布地が、何度も擦られて鑢の様に、長峡仁衛の額が悲鳴を上げる他無い。
二階へと運ぶ長峡仁衛。
ベッドの上に彼女を優しく置く。
黄金ヶ丘クインは、既に、長峡仁衛を見詰めていた。
それは、もう、このまま二人でベッドインしても、大丈夫と言う具合に、心の準備が出来ていた。
長峡仁衛が動いた事で、黄金ヶ丘クインは心の準備を決めて瞼を閉ざす。
「じゃあ俺、ご飯あるか探しておくから」
長峡仁衛はそう言って、一階へと降りていく。
一人、ベッドの上に残された黄金ヶ丘クインは、長峡仁衛が居ない事に気が付いて体を起こす。
「…寸止め?」
残念そうな表情をして、黄金ヶ丘クインは長峡仁衛の足跡を見詰めていた。
長峡仁衛は二階から一階へと降りて、台所へと向かう。
電気は通っているので、冷蔵庫もあった。
長峡仁衛は冷蔵庫の中を開ける。
中身は、炭酸水がぎっしりと入っていた。
「炭酸水だけか…」
残念そうに長峡仁衛は冷蔵庫を閉める。
二階にいる黄金ヶ丘クインが、少し声を荒げて長峡仁衛に話しかける。
「兄様、確かコテージには地下があります、其処に、災害用の保存食や冷凍品がありますよ」
と。
そう言われたので、長峡仁衛はコテージの地下室を探す。
トイレの近くに扉があり、其処を開くと、地下に続く階段があった。
長峡仁衛は地下室へと続く階段を降ると、其処には扉があり、扉を開くと身震いをした。
漂う冷気。
冷凍庫と化した地下の部屋。
まるで肉屋の様に、冷凍された豚の肉が釣り下がっている。
「マジか…なんでこんな所に」
長峡仁衛はそう思った。
周囲を見渡すと、段ボールを見つける。
中を確認すると、真空パックに入った野菜などが詰められていた。
「…」
その近くの棚には、固形用のカレールーなどが見つかる。
それを持った長峡仁衛は、今日の料理はカレーにするか、と思った。
「(冷凍保存されているごはんもあるし…作れるな)」
野菜類やカレールーを持っていき、長峡仁衛は冷凍庫から出ていく。
そして、食材を台所に置くと、次は鍋を探す。
鍋は簡単に見つかった。
台所の棚に、無造作に置かれてあった。
其処から、長峡仁衛は水を流して軽く洗って、料理を作り出す。
「…」
懐かしい、と長峡仁衛は思っていた。
「(昔は、キャンプに行った時にシャロたちと作ったなぁ…)」
カレーライス。
友達と食べたそれは、とにかく美味かったと、長峡仁衛は思った。
多分、あの時は、銀鏡小冬も傍に居た。
家族で食べたカレーは、何より美味かった。
そう、脳裏に記憶していた。
「(まあ、霊山家ではあんまりカレー喰わなかったし…作り方も忘れたけど)」
適当に食材を水を張った鍋にぶち込んで、煮込む事にする。
そしてカレールーを入れて、長峡仁衛は料理が出来上がるのを待った。
「それまで、何をしておくか」
カレーが出来上がるまで暇となる。
長峡仁衛はカレーを作った。
それを彼女にどうやって食べさせるか考える。
「(二階まで運ぶか?…いや、それだと万が一カレーがベッドに付着したら洗うの面倒だしな…クインを二階から一度降ろすか…)」
長峡仁衛は自らの額に手を添える。
また彼女の胸鑢を受ける事になるかも知れないと思うと、先程被害を受けた額がずきずきとしている。
「(いや、持ち方の問題だしな、別の持ち方をすれば、大した傷にもならないだろ)」
長峡仁衛は、黄金ヶ丘クインの元へと足を運ぶ。
「クイン、カレー出来たぞ」
そう言って、彼女の元に来た長峡仁衛は、ベッドの上で眠る彼女の姿を見た。
「…あぁ、寝てるのか?」
長峡仁衛は、黄金ヶ丘クインの近くに座る。
彼女は、可愛らしくか細い寝息を立てていた。
長峡仁衛は黄金ヶ丘クインが風邪をひかない様に、布団を掛ける。
「…一人で食べるか」
長峡仁衛は二階から一階へと降りる。
そして、自分が調理したカレーを更によそって食べ始めた。
「…んー」
不味い。
と長峡仁衛は思った。
流石に、野菜や肉を適当に鍋に入れて、カレールーを入れただけの料理。
味はカレー味だから、食べられない事は無いが、しかし、無機質な味と言うのだろうか、野菜がルーに溶け込まず、個性が生まれてしまっている。
咥内で調理をしたような歪な感触に、長峡仁衛は難色を示した。
「これは、食べさせられないな…」
長峡仁衛は溜息を吐いて、スプーンを皿の上に置く。
溜息を吐いて、あの頃の美味しかったカレーを思い出す。
「(シャロが居て、姐さんたちが居て、小冬も居た…あの頃の楽しかった日々が、またいつか、来る日があるのだろうか…)」
それは、誰にも分からない事だ。
遥か未来の話。
長峡仁衛は、ありもしない先の事を思い浮かべている。
「(来ると良いな)」
そう思い、外を眺めていると。
コテージへと歩いて来る姿があった。
それは、銀色の髪を靡かせる、銀鏡小冬だった。
いや、それ以外にも、車で移動して来たであろう、辰喰ロロも居る。
走ってやって来たのは、枝去木伐や、界七星も居た。
どうやら、長峡仁衛と、黄金ヶ丘クインを迎えに来た様子だ。
コテージに、銀鏡小冬と、辰喰ロロが入って来る。
「じんさん、こんな時間まで、訓練ですか?」
「いや、訓練自体は早く終わったんだけどな…今日は此処に泊まろうと思って」
長峡仁衛が言うと、銀鏡小冬は頷く。
「でしたら、せめて連絡を。帰ってこないので、心配しました」
と銀鏡小冬は言う。
それは、当たり前の心配だった。
連絡しなかった長峡仁衛は、悪いと、一言添えた。
コテージの部屋の中へと蹴り破るように部屋に入ってくる仲間たち。
「じんさん。こんなところに居たのですか」
銀鏡小冬が部屋の中へと入ってくると鼻をかすかに動かした。
部屋の中からはカレーの匂いが漂っている。
「じんさん…もしや、カレーを作ったのですか?」
銀鏡小冬はそう言って鍋の中を確認する。
長峡仁衛は照れくさそうに頷いた。
「あぁ…お前の様には上手くいかなかったよ」
長峡仁衛の言葉に銀鏡小冬は頷き、そして台所へと向かう。
「そうですか、では味見してみましょうか」
そう言って銀鏡小冬は皿を取り出してカレーを盛り付ける。
「あ、おい、あまり旨くないって」
そしてそれをテーブルの上に置くと手を合わせてカレーライスを食べ始める。
それを見た枝去木伐も、長峡仁衛の横を通り過ぎて皿にカレーを盛る。
「んじゃ、俺も食ってやるよ」
「俺も食おうか、丁度、腹のナカがカラッカラだったからな」
男共も、勝手にカレーを盛る。
そして、辰喰ロロは何時の間にか、二階から黄金ヶ丘クインを降ろしていた。
「お嬢様、カレーですって。長峡が作ったみたいですよ」
「兄様が?それは是非」
そう言って、辰喰ロロが長峡仁衛の作ったカレーを盛り付ける。
既に、銀鏡小冬はカレーを半分ほど食べていたが、男たちは律儀に黄金ヶ丘クインと辰喰ロロが席に付くのを待っていた。
「折角だから、ロロも一緒に食べなさい」
「それは、勿体ない事です。が、今回はそれに甘えましょうか」
そう言って、辰喰ロロと黄金ヶ丘クインが席に座り、全員揃った所でカレーを食べ始める。
一口、みんなが食べた所で、長峡仁衛は喉を鳴らす。
「うっわ…マズッ」
口を開いたのは枝去木伐だった。
口を開けて舌を出している。
「カレーをこんなに不味く作る奴が居るのか…?」
カレーを飲み込んだ所で、界七星が難色を示した。
「ちゃんと配分とか時間とか見たか?流石にこれは、食材に対する冒涜だろ?」
辰喰ロロは長峡仁衛に食べ物を粗末にするなと怒る。
「兄様…これは、料理なのですか?」
あの黄金ヶ丘クインですら、質問して来た。
「いや、不味いって言ったし…言った上で食ったのなら最早自己責任だろッ!?」
長峡仁衛は何処か恥ずかしい様な、悔しい様な、そんな感覚に見舞われて顔を赤くする。
「…ですが、じんさん」
銀鏡小冬は、長峡仁衛の目を見て言う。
彼女は、きちんと完食した上で。
「今度は、母と一緒に作りましょう」
その言葉に、長峡仁衛は反論する気は無くなった。
「…分かったよ」
そう言って席に座る。
ぎゃあぎゃあと、騒がしく。
長峡仁衛は、カレーをまた食べながらその光景を見る。
皆が、お世辞にも上手いと言っていれば、長峡仁衛は少し、壁の様なものを感じただろう。
しかし、全会一致の不評は、長峡仁衛の壁を融かしつつあった。
長峡仁衛は、子供の頃の記憶を蘇らせる。
あの時とは、違ったメンバーではあるが。
それでも、長峡仁衛は、この光景も悪く無いと思っている。
「…ここはここで、退屈しないな」
テーブルを囲う多くの仲間達。
騒がしく、喧しい。
このコテージの中で長峡仁衛は微笑みながら言うのだった。
超血統主義の退魔の家系に生まれた無能術師、追放された後に覚醒し最強になる、悠々自適な田舎での生活でヒロイン達とギャルゲの様な生活を満喫する、現代ファンタジー 三流木青二斎無一門 @itisyou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。超血統主義の退魔の家系に生まれた無能術師、追放された後に覚醒し最強になる、悠々自適な田舎での生活でヒロイン達とギャルゲの様な生活を満喫する、現代ファンタジーの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます