第23話



灰色の皮膚に目口鼻から絶え間なく噴き溢れる炎の渦。

人間の四倍の背丈に岩盤の如き皮膚。

握る掌には鉛色の棍棒、それは幾多もの鉄を叩き続けた鋼鉄の金槌に他ならない。


独眼鬼どくがんき』。


鬼と鍛冶師の繋がる由来。

鍛冶と言う鋼を鍛える職。

長時間光を見続ける事で失明し、隻眼となる鍛冶師が一つ目の鬼の様に見えた事から、伝承の繋がりがあった。

独眼鬼、別名、目一鬼。

鍛冶を司る鬼は、巨大な金槌を振り上げる。


「(封緘は…難しいな)」


長峡仁衛は、この鬼を無傷で捕える事は不可能であると察する。

ならば、鬼を多少痛めつける事の出来る畏霊を召喚する。


「『剣禪士豪』」


刀を握る畏霊。

人斬り包丁を操る畏霊。


「『暁之一線』」


固有技能『暁之一線あかつきのいっせん』。

真横に振り切る刃の軌跡。

水平線に沈み行く暁が漏らす一筋の光を模した剣技。


斬撃を飛ばす強力な斬撃技を、独眼鬼は大きな金槌を振り下ろして斬撃を叩き潰す。


「(斬撃を打ち消した)」


長峡仁衛はそう思うと共に、独眼鬼が大きく息を吸うと共に。

口から灰を周囲に撒き散らす。


「ゲホッ…な、(なんだ、目晦ましか?)」


長峡仁衛の周囲に灰が舞う。

すると、『剣禪士豪』が苦しみだした。

長峡仁衛が『剣禪士豪』の方に視線を向けると、彼の刀が錆びて襤褸となり朽ちていく。


「(金属を腐敗する事が出来る能力ッ…不味い、一先ずは『剣禪士豪』を)」


『剣禪士豪』を封緘。

そして別の式神を召喚する。


「『火之輪車』」


長峡仁衛の言葉と共に、レザースーツを着込んだ畏霊が出現する。


「(『火之輪車』とは相性が悪いか…だったら。俺も戦闘に参加する他無い)」


長峡仁衛は『火之輪車』による『車輪駆動』によって脚部に強化パーツを組み込む。

速度上昇を図ると共に、『火之輪車』と共に走り出す。


「(『独眼鬼』を俺と『火之輪車』で挟み込む、両隣から攻撃を仕掛けるッ)」


長峡仁衛と『火之輪車』による特攻。

拳を握り締めて長峡仁衛は『発勁』の準備を始める。

『独眼鬼』は、自らの胸元に手を添える。

鬼の体には、金属の体となっている。

心臓部分が開くと、ドロドロとなった熱を帯びる赤い金属がうねる。

其処から、『独眼鬼』は手で掴むと共に、融解金属を引き摺り出す。

そして、金槌で金属を叩き付ける、融解金属は形状を変えて、一振りの刀身と化した。


「(この畏霊、武器も作れるのかッ!)」


『火之輪車』に向けて刀を向ける『独眼鬼』。

大きく金槌を振り上げて、長峡仁衛を叩き潰そうと、『独眼鬼』はしていた。


細枝の様な指先が伸びる。

稲妻が如き神胤を放出させると共に、『独眼鬼』の武器が鈍重と化す。

地面に縫い付ける様に、『独眼鬼』の武器は地面と同化する。


長峡仁衛がしたワケではない。

『火之輪車』がやったワケでもない。

コテージの位置。

黄金ヶ丘クインが、自らの術式を使い金属の主導権を強制的に握り締めた。


金を司る黄金ヶ丘家。

金属であればなんであろうとも、神胤を通すだけで自在に動かす事の出来る金属と化す。


「兄様。取り合えず、この程度で宜しいですか?」


対象の武器を強制的に取り上げた…だけではない。

製造した金属の刀を無理分解して液体の様に操作し、『独眼鬼』の肉体に縛り付ける。

口元から、金属を腐敗させる吐息を吐かせぬ様に、口枷を作る。


「あ、あぁ…」


最早こうなってしまえば、後はサンドバッグだ。

長峡仁衛は拳を固めて『発勁』を通す。

三度、『発勁』を行い肉体に衝撃を通した所で、『独眼鬼』は闘争意欲を失い、降伏の印として長峡仁衛に封緘された。


「…ふぅ。コイツの技能は」


『鍛冶之槌』武器強化を行う大槌を振るう。

『錆之吐息』金属を腐敗させる息を放つ。

『武器錬成』士柄武物相当の武器を錬成する。


「(武器強化に特化した式神か、コイツが居れば、士柄武物を装備してなくても、量産できるのか)」


長峡仁衛は安堵する。

自己払いで士柄武物を購入するとすれば、無銘の代物でも三十万は下らない。

それを、式神一体で量産出来るのは破格であった。


「兄様」


長峡仁衛を呼ぶ声。

長峡仁衛が黄金ヶ丘クインの方に顔を向ける。

彼女は軽く頭を下げていた。


「差し出がましい真似を、お許し下さい、兄様が、万が一と思い、手を出してしまいました」


と。

黄金ヶ丘クインが自分の行動が勝手だったと反省している。


「いや…助かったよ、あのまま、俺、殺されてたかも知れないし」


長峡仁衛の言葉は決して謙遜などではない。

長峡仁衛は自らの命が途絶えそうだと、本気でそう思った。

だから、長峡仁衛は、黄金ヶ丘クインに助けられて、心底安堵していた。


「…では、私に助けられて良かったですか?」


黄金ヶ丘クインの言葉に頷く。


「私に守られて、幸せですか?」


長峡仁衛は、少し首を傾げた。

確実にニュアンスが違うが、彼女に救われた以上は、出来る事ならば彼女の望む言葉を与えてやりたいと思っている。


「あぁ、助かって嬉しいし、なんだかんだ、多分、幸せだと思う」


黄金ヶ丘家に来て。

長峡仁衛はそれなりに満喫していると確信出来る。

それを聞いた黄金ヶ丘クインは、口を引いて、嬉しそうな笑みを浮かべていた。


「そうですか…なら、嬉しいです」


長峡仁衛を守れて、良かったと。

心の底からそう思っていた。

長峡仁衛の新たな式神を所有した所で、疲弊感が増す。


「はぁ…今日は、帰るか」


長峡仁衛は溜息を吐いて、黄金ヶ丘クインに帰宅しようと相談する。

黄金ヶ丘クインは少しだけ悩み、首を左右に振る。


「なんだか、体が痛くて仕方が無いんです…」


と、そう言いながらギプスを嵌めた手を擦る。


「そりゃあ、な…」


長峡仁衛は彼女が術式を使った事や、それに加えて、車椅子で爆走した事を思い浮かべる。

あれがあったから、彼女の体が軋んで痛みを発しても仕方が無いと思えた。


「けど、帰らないと。コテージって言っても、あまり掃除とかしてなかったし、埃だらけで、あまり住むには適してなかったぞ?」


「ロロ…あれほど掃除をしなさいと言っていたのに…ッ」


歯軋りをして其処に居ない従士の顔を思い浮かべる黄金ヶ丘クイン。


「…では、帰りますか?」


黄金ヶ丘クインは車椅子を指差す。

長峡仁衛は、ビクリと体を震わせる。

あの乗り物は…最早乗り物ではない。

どちらかと言えば処刑道具に等しい。

何時爆破するか分からない時限爆弾を背負わせられた様な恐怖を覚える代物。

既に、長峡仁衛の中に苦手と言う意識が芽生え始めていた。


「あちらに乗って、帰りますか?」


恐喝に近い。

長峡仁衛は再びあの車椅子に乗る事を拒否している。


「…全速力は怖いから、ゆっくりと下って行けば…」


「あっ…」


その手があったか、と黄金ヶ丘クインが思うと共に、指先を車椅子に向けると神胤を放つ。

それによって特製車椅子が突如として爆発した。


「うおぁ!?」


爆破した車椅子。

車輪が転がって、無情にも地面に倒れる。


「…突如爆破しましたね…」


「え、いや、今明らかに何かしただろ?」


長峡仁衛は、黄金ヶ丘クインがしでかした事を見逃さない。

しかし、黄金ヶ丘クインは白を切る。


「さて兄様。戻るまで数十分。私を背負いながら帰るとすれば更に時間は掛かります。それでも、黄金ヶ丘邸に戻りたいと仰るのですか?」


俺がお前を背負うのは確定しているのか、と長峡仁衛は思った。


「…じゃあ俺が歩いて帰って、辰喰を呼んでクインを回収するか?」


長峡仁衛の案に、黄金ヶ丘クインは涙を流した。

唐突に泣き出したので、長峡仁衛は狼狽する。


「そ、其処まで…私と共に居たく無いのですか…?」


「いや、そ、そういうワケじゃない…家の方が色々と安全だろ?」


長峡仁衛は、彼女の怪我の容態を心配している。

急に具合が悪くなって医者を呼ぶにしても、遠すぎると思った。


「それでも、私は、兄様と二人だけになりたい…」


悲痛な願いだった。

流石の長峡仁衛も、これには仕方が無いと思った。



コテージで休む事にした長峡仁衛と黄金ヶ丘クイン。

長峡仁衛は疲れた体を駆使して部屋中の埃などを払う。


「多いな埃…何年掃除してないんだ?」


長峡仁衛はそう呟きながら、せっせと手を動かして、隅々まで掃除を行う。

幸いにも箒やちりとり、雑巾などがあったので、掃除自体は三十分程かけて、掃除が完了する事が出来た。


「これくらいで大丈夫か…」


給仕や掃除を幼少の頃から叩きこまれた長峡仁衛は、それなりに掃除が出来る。


「(食料とかあったかなぁ…)」


まだ見ぬ冷蔵庫を考える。訓練で空腹だった長峡仁衛は、飯を欲していた。

まあ、それは後で、とりあえずは二階に置かれたベッドを叩いて、長峡仁衛は黄金ヶ丘クインを呼ぶ。


「ほら、クイン」


長峡仁衛は黄金ヶ丘クインを呼ぶと、彼女は恥ずかしそうに、長峡仁衛に手を伸ばす。


「兄様、あの」


何処か、甘える素振りをする彼女は、長峡仁衛に手を伸ばす。


「寝室まで、運んでください」


そう言って、長峡仁衛にお願いをする。

長峡仁衛は、それくらいならば、と彼女を持ち上げようとして止まる。

如何に、妹の様な存在であろうとも、血の繋がらない人間。

言うなれば、男と女の関係だろう。

そんな彼女に、手を伸ばすとして…一体、何処を持てば良いのか、そう考えたら、体が止まってしまった。


「…(彼女の怪我をしている部分を触らないとして…持ち上げるとすれば、脇腹に手を通して持ち上げるか、尻を持ってお姫様抱っこ…いや、俵持ちの方が良いのか?)」


持ち方を間違えたらいけないと長峡仁衛は思っていた。


「…兄様?」


何時まで待っていても、長峡仁衛が持ち上げてくれないので、不審がる黄金ヶ丘クイン。


「…どういう持ち方で運ばれたい?」


長峡仁衛は彼女に聞く。

黄金ヶ丘クインは、長峡仁衛の言葉に一瞬だけ意味が分からなかったが。


「兄様。出来れば聞かずに持ち上げて欲しかったです」


唇を尖らせて、少しだけ拗ねる様に言う黄金ヶ丘クインに、長峡仁衛は苦笑いを浮かべる。


「いやぁ…はは」


笑う事しか出来ない長峡仁衛。


「(お姫様抱っこ…は、兄様が言わぬままに抱き上げる時に期待して…とりあえず密着出来る様に…)そのまま、持ち上げるだけで、大丈夫です」


両手を再び広げる黄金ヶ丘クイン。

彼女を抱き締めて、持ち上げろ、と言う意味か。


「恥ずかしがっても、何れ結婚する仲なのですから…今の内に、慣れて下さい」


黄金ヶ丘クインは優しく言うと、長峡仁衛は頷いた。


「…分かった、なら、行くぞ」


長峡仁衛は彼女の体を、抱き締める。

そして、思い切り、黄金ヶ丘クインを持ち上げた。

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