第22話


黄金ヶ丘邸では、黄金ヶ丘クインが松葉杖を突きながら歩いている。


「クイン、大丈夫なのか?」


長峡仁衛は、黄金ヶ丘クインの方を見ながら体調を心配する。


「兄様、はい、私は大丈夫です」


そう言って、かつかつと。

黄金ヶ丘クインは長峡仁衛の方に向かって、そして松葉杖を離して、長峡仁衛の胸に飛び込んだ。


「おっと…大丈夫か?クイン」


長峡仁衛は、黄金ヶ丘クインの体を抱く。

黄金ヶ丘クインは、彼の胸に顔を埋めて、頬を紅潮とさせた。


「はい…ごめんなさい、兄様、まだ、杖の扱いが、慣れて無くて…」


「そうか…いや、お前が大丈夫なら、大丈夫だ」


と。

長峡仁衛が言った所で、黄金ヶ丘クインは別の視線に気が付く。


「…どなたですか?」


界七星の方に、黄金ヶ丘クインは顔を向けた。


界七星が黄金ヶ丘クインの前に立つ。


「界七星だ、ワケあって、お前たちの味方になりたい」


と、黄金ヶ丘クインの方に目を向けてウインクをした。


「兄様?」


長峡仁衛の方に顔を向ける。

一体、この様な男を何処で仕入れて来るのか、どうにも不思議な様子だった。


「…あー、まあ腕は確かだよ、元々は贋って言う咒ヰ師まじないしの仲間だったけど」


「人聞きの悪い事を言うな…傭兵として雇われただけだ、ただ尻が魅力的だったからな…」


遠い目をする界七星。

長峡仁衛は彼の言葉に何も言わない。

黄金ヶ丘クインの方を長峡仁衛は見る。

あの男を見詰めるくらいならば美少女である黄金ヶ丘クインの方を見ていた方が安らぐ。


「別に、クインが嫌だと言うのならそれに従う。俺が従わせる。クイン、どうする?」


「…戦力的に居た方が良いですが…咒界連盟と関わりがあるかも知れません」


と、黄金ヶ丘クインは懸念する事を口にする。

すると、界七星は自らの胸に手を添えて微笑む。


「約束しよう。咒界連盟を通さずに、キミらの仲間になる、ナカに居る…その証拠を此処に提示しても良い」


「証拠?」


長峡仁衛は、界七星を見る。


「俺の術式だ…此処で教えよう」


そして界七星は、自らの術式を話した。


「(こいつ、さりげなくとんでもない真似を…ッいや、神胤の流れは無いから、大丈夫なのか?…しかし、奴の変態性に理由があるとは思わなかった…)」


界七星の目を見て、長峡仁衛は思う。


「(いや…変態は元からか?)」


長峡仁衛は再度認識を改めた。


「お前…術式を話してまで、俺たちの味方をしたいって、其処までするか?」


「俺も俺なりに、贋に用がある…金を支払わなかった、それはつまり、俺のプロとしての仕事を貶した行為に等しい…そのオトシマエを付けなければ、な」


と。

界七星も、一応は自分の為に、戦うらしい。


「それに、この土地の管理者ならば、それなりの情報も入って来るだろう?だったら、此処を拠点にした方が良い、と言うものだ」


至極真っ当な理由だ。

黄金ヶ丘クインは悩んでいたが、そこで頷く。


「分かりました。貴方を雇いましょう」


「クイン?良いのか?」


長峡仁衛は黄金ヶ丘クインに最終確認をする様に聞く。


「構いません…私は、この街の脅威を消したい、貴方たちも、咒ヰ師まじないしを消したい、理外は一致しています」


と。

黄金ヶ丘クインは、界七星を雇う事にした。


「では…この界七星が、役に立つ事をお約束しよう」


そう言って。

界七星は微笑んだ。

午後。

学園を休んでしまったので、残りは訓練となる。

長峡仁衛は、霊庫から封印された木箱を取る。


「兄様」


黄金ヶ丘クインが話し掛けて来た。


「どうした?クイン」


長峡仁衛は彼女の声に反応して後ろを振り向く。

松葉杖を突く黄金ヶ丘クインは、長峡仁衛を見詰めている。

なんだか、少しだけ彼女の姿は弱々しく見えた。

それは、敵にやられた為に、少しだけしおらしくなっている。


「訓練ですか?」


「あぁ」


短く口にして、長峡仁衛は木箱をバックに詰める。

用意が出来た所で、長峡仁衛は立ち上がった。


「…差し出がましいかも知れませんが」


長峡仁衛を見詰める、黄金ヶ丘クイン。


「共に、兄様の訓練を観覧しても…宜しいですか?」


恐る恐る、黄金ヶ丘クインは聞いて来る。

一人では心細いのかも知れない。

辰喰ロロが居るが…男性の方が安心感を感じる事もある。

女性が傍に居る事よりも男性が近くに居た方が、彼女も安堵するかも知れない。


「…それは、俺が決める事じゃないよ」


黄金ヶ丘クインの表情を見て。

長峡仁衛は、なんだか昔の記憶が蘇った様な気がする。

少しだけ、苦いと感じる過去の記憶。

それを抱きながら、長峡仁衛は黄金ヶ丘クインの紫陽花の様な髪を撫でる。


「ん…」


「お前が決めて良いんだ。俺は、お前の選んだ全てを肯定するよ」


優しい声色で、長峡仁衛は言う。

懐かしい感覚だったが、それは、何処で覚えたものか。

その言葉を聞いた黄金ヶ丘クインは嬉しそうに、頷いた。


「では…兄様、一緒に」


松葉杖を突く黄金ヶ丘クイン。

一度、長峡仁衛の元から離れると、彼女は電動の車椅子に座った。

レバーを使って車椅子を動かすと、黄金ヶ丘クインは長峡仁衛と共にする。


「凄いな、これ、買ったのか?」


「いえ…元々あった車椅子を改良しただけです」


黄金ヶ丘クインは金を司る術師。

金とは金属。磁場操作や、金属そのものを自在に操作出来る。

その気になれば、複雑な機構を持つ車両すら制作出来ると聞く。


「では、行きましょうか。兄様」


黄金ヶ丘クインが言う。

長峡仁衛は辰喰ロロを探す。


「あぁ、車を用意しないとな?…辰喰は何処に行ったんだ?」


「ロロは関係ありませんよ兄様?此処に、クインが居るじゃありませんか」


微笑みを浮かべる黄金ヶ丘クイン。

その言葉に、若干の圧と言うものを感じた。


「え…怒ってる?」


「私以外の女性の名前を出せばそうですね」


彼女の言葉に長峡仁衛は喉を鳴らした。

怪我をしてから、何処か彼女の感触が違う様な気がした。


「さあ、後ろに乗って下さい…飛ばしますから」


「え?」


彼女が改良した車椅子に乗れと、黄金ヶ丘クインはそう言った。

長峡仁衛は二度と黄金ヶ丘クインの制作した車椅子には乗らぬと決意した。

とにかく、ジェットコースター以上のスリルを味わった。

何せ早い。電動の車椅子が出して良い速度では無い。

おまけにシートベルトなど無いから、段差によって揺れると死を決意する。

声を出そうとすれば、振動で舌を噛みそうになるので出せない。

なので、声すら出せず、荒らしを過ぎ去るのを待つが如く、神に祈る他無い。

バッグを強く握り締める長峡仁衛。

車椅子を動かして黄金ヶ丘クインが空を眺めている。


「兄様。私はコテージのベランダで観覧させて貰いますね」


そう言って車椅子から降りると、金属の塊を取り出す。

神胤を放出して形状を変化させる事で、簡易的な杖を作り出すと、杖を突きながら階段を昇っていく。


「(こぇぇ…まだ手が震えてら…)」


指先が震えるが、拳を作る様に握り締める。

こうしている間にも、時間が惜しいと長峡仁衛は思い、気持ちを切り替えて鍛錬に励む。


既に、長峡仁衛の能力値が上昇しているのか、畏霊を攻撃して怯ませずとも、触れるだけで封緘する事が出来る様になっていた。

下級の畏霊程度ならば、無傷での封緘が出来る。

だから、長峡仁衛はとにかく触れては畏霊を封緘し、そして他の畏霊に強化として共食いをさせる。


「…ん。?!がッ」


『剣禪士豪』『火之輪車』『鉈婆』。

この三体の畏霊の霊力総量が五十に成った所で、強化が出来なくなっていた。

長峡仁衛が、強化をしようとしても、脳裏で危険信号の様な、甲高い音が鳴り響き、頭痛が絶え間なく頭の内側を殴りつける。


これ以上の強化は危険だと言うのだろう。

まだ、四十程残っている封印された木箱を見て、長峡仁衛はどうするかを考える。


「(これ以上の強化が無理なら…新しい畏霊でも封緘した方が良い、か)」


取り合えず、長峡仁衛は全ての畏霊の封緘を最優先とする。

作業を始めて一時間程で、長峡仁衛は、一つ、木箱とは違う、金属製の匣に呪符が張られた封印匣を見つける。


「…なんだコレ?」


長峡仁衛は、それを持って黄金ヶ丘クインに近づく。

黄金ヶ丘クインに、この封印匣は何なのか伺う。


「これは…兄様、中級程度の畏霊が封じ込められた封印匣です、此方を開けて、戦力に加えるおつもりですか?」


どうやら、他の畏霊よりかはランクが上であるらしい。


「…これ、使っても良いか?」


長峡仁衛は黄金ヶ丘クインに聞く。


「…今の兄様でしたら、多分、大丈夫かと思われます。私は構いません」


と、黄金ヶ丘クインから許可を得た為に、長峡仁衛は封印匣から、畏霊を封緘する事にした。

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