第21話


下水道の奥から群れる畏霊。

二足歩行をしたカエルの様な姿をしている。

畏霊の群は、長峡仁衛たちを祟り殺そうとする最中。

畏れる事無く、三人は奇跡的に同様の力を発揮した。

その技は、近距離でならば使役した方が早い一撃を秘める。


「『発勁』」


界七星が足を上げて畏霊に蹴りをかます。

衝撃が畏霊に伝播し、心臓部である核を破壊して畏霊は破裂する。


「『発勁』ェ!」


枝去木伐が畏霊の手を掴むと引き寄せる。

同時に、肘による撃と共に畏霊を衝撃によって祓う。


「『発勁』ッ」


長峡仁衛は強く拳を握り締めて、大振りで畏霊を殴りつける。

頭部を殴打された畏霊は、勢いによって後退し、他の畏霊を雪崩れ込みながら、核が傷つき消滅する。


巴による発勁。

互いが互いに視線を向ける。


「(発勁を使いこなせるのか、何連までイケるのか)」


界七星は長峡仁衛を見て、軽く感嘆する。


「(この変態もか、ケッ、伊達にAランクってワケじゃねぇか)」


枝去木伐は、界七星を睨みながら実力を認める。


「(コイツら、拳以外で…相当デキるな)」


長峡仁衛は、枝去木伐と界七星に目を丸くしながら驚いた。


しかし、彼らの思考を遮る畏霊の群れ。

長峡仁衛は、『山姥』を術式召喚する。


「喰え」


枝去木伐は手を翳して、空気中に分散された水分に神胤を流し込み、物質化。

槍の様な形状に変えて突きを畏霊に繰り広げる。


「『融沌』」


界七星は走り出し、神胤を流し込んだ手を畏霊に触れながら、蹴り上げたり無理矢理道を作って奥へと進む。


「『はがし』」


山姥が口を開いて畏霊に咬み付く。

枝去木伐の槍が畏霊の肉を裂いて核を傷つける。

界七星が触れた多くの畏霊は無傷だった。


「『心中しんじゅう』」


術式を発揮すると共に、畏霊たちは、皆一様に自らの核に向けて手を突っ込んだり、互いに咬み付いたりして、核を傷つけて消滅させた。


「(肉体を操作する術式か?)」


長峡仁衛はそんな事を思いながら界七星を睨む。


「(畏霊に触れてたな…それが発動条件って事か)」


冷静に、界七星の能力を見据える枝去木伐。


「さあ、どんどん祓っていこう、俺はまだヤれるぞ?」


挑発する様な流し目に、長峡仁衛と枝去木伐を刺激させる。

長峡仁衛と枝去木伐は、その挑発に簡単に乗っかると同時、討伐する速度を更に上げていく。


三人共々。

実力を上回る気迫を見せつけ、畏霊の群れを一網打尽とした。


「…何体倒した?」


長峡仁衛は、死に絶えた畏霊から、山姥を向かわせて死体を食らわせる。

傷ついた核でも、喰えばそれなりの経験値となる。


「三十くらいから数えてねぇ」


「四十くらいはヤリまくったな、俺は」


「忘れてたわ、四十五だ」


「イカせたのも合わせたら五十を超えるな」


最早張り合いですらない。

長峡仁衛はそう思いながら、地面に転がる畏霊を山姥に食わせ続けた時。

山姥の肉体が輝き出した。

進化の前兆だった。


肉体が肥大化する。

襤褸の着物を着込んだ老婆は、白髪を靡かせる。

口元は笑みを浮かべているが、縫い付けた様な、張り付いた笑みだ。

黒色の瞳からは、赤い血が一線の跡を刻んで流し込んでいて不気味だ。

体中には沢山の皺と、その皺を目立たせない程に、沢山のツギハギ痕が刻まれている。

巨大化した老婆の手には、巨大な鉈が握り締められている。

名前も変わっている。

『山姥』は『鉈婆』と言う名前になっていた。


「技能が『大鉈殺し』…」


技能『大鉈殺し』大きく鉈を振るい、目前の敵全てを薙ぎ払う。

技能『百鉈流し』は鉈を多数相手に投げつけると言う効果だ。

それに加えて『大鉈武装』と言う技能も加わっている。


「(大鉈武装…鉈婆の所持する鉈を術師が所持する事が出来る…か。つまり、俺自身の強化、と言うワケか)」


長峡仁衛は、この能力を装備した所で、大して変わらないだろうと思っているが…しかし、使ってみない事には変わりない。


「(特殊技と言うよりかは、物理技が多い、と言う感想だな)」


長峡仁衛はそんな事を考えながら、進化した『鉈婆』を解する。


「うっし…そんじゃあまあ、工房って奴を拝みに行くか」


枝去木伐が、下水道の奥へと入り込んでいく。


「工房か、ナカにはナニも無かったがな…」


界七星はそう言いながら、枝去木伐の後ろを着いていく。

長峡仁衛も、二人と一緒に入り込んだ。

薄暗い中は、人の排出した臭いで充満している。

十分に広い場所。

微かに臭いも収まっている空間。

何か術式的効果が作用しているのか。

其処は、沢山の呪符で壁が貼り付けられていた。


「此処が贋の工房か」


長峡仁衛は周囲を見回す。

赤い血の様なもので描かれた呪符。

その中には、霊山一族が販売している呪符も発見した。


「色んな呪符を練り合わせて作った簡易結界か…」


枝去木伐は、呪符を無理矢理剥がしながら宙にばら撒く。


「何もねぇな…クソが。其処まで期待して無かったけどよォ」


口封じとして偽物を殺されるくらいだ。

この工房自体も偽物なのだろう。


「せめて何か、贋の手掛かりになるものがあれば良いんだけど…」


長峡仁衛は周囲を見回す。

しかし、何もない。


「…駄目だ。幾ら探しても見当たらない」


「完全に外れかよ、クソが」


その様に呟きながら、長峡仁衛と枝去木伐と、界七星は下水道から出る。


その時、長峡仁衛は呪符を一枚、手に握っていた。

それは、霊山一族の作る呪符。

販売されている代物は、何も書かれていない。

だから結界を張る際には、呪符に効果を掻かなければならない。

この場合、周囲にバレない様に、「月」と書かれていた。

何か手掛かりになるかも知れないと思い、それを持ち出したのだった。


長峡仁衛と枝去木伐は再び電車に乗り込む。


「あの野郎が生きてやがる…それだけで十分だ」


枝去木伐は、沸々と煮え滾る殺意を漏らす。


「奴とは縁を結んでるからな…何れ、出会う事になる。その時が最後だ」


縁と、再び枝去木伐は言う。

縁とは、運命間による関係性の結びを指す。

深く関われば関わる程に、その者との偶発的な出会いが多くなる。

因縁があればある程に、遭遇率が上昇するのだ。


例えば、名前を名乗る。

この行為を行うだけでも、縁を結ぶ行為となり、出会い易くなる。

だから、戦闘をする際に名乗ると言う行為は、再度の出会いを無くすべく、確実に殺す、と言う意味合いもあり、其処でもしも殺し損ねれば、また出会い殺し合いが発展する可能性が高くなる。


無論。

縁と言う効果はそれだけでは無く、術式にも組み込まれる代物だった。


「で…なんでお前も居るんだよ?」


長峡仁衛は、後ろを振り向き、長峡仁衛と枝去木伐の臀部に熱い視線を送る界七星を見る。


「丁度良いから、俺もお前らの元にイれてもらおうと思ってな」


爽やかな笑顔を浮かべる顎髭。

長峡仁衛と枝去木伐は首を左右に振る。


「俺は嫌だ、絶対に、敵の方がまだ良いぜ、アンタ」


「味方の方が狙われやすいってなんなんだよ」


枝去木伐と長峡仁衛の否定的な言葉を、界七星は成程、と頷く。


「世に言うツンデレ…嫌よ嫌よも好きの内…か。仕方が無い。俺は純愛派だが、ハーレムにも寛大だ。二人纏めて俺の愛で包み込んでやる」


両手を広げて枝去木伐と長峡仁衛を抱き締めようとする界七星。

電車が停車すると共に、その反動で界七星が転がり込んだ。


「ザマぁみろ」


枝去木伐と長峡仁衛は吊革に掴まっているから無事だった。

界七星の方を見ながら、長峡仁衛は時計を確認する。


「結局、ホームセンターに行けなかったな」


そう言うと、本来の目的を思い出す枝去木伐。


「あぁ、忘れてた。もう良い時間じゃねえか。競馬」


「この賭け狂いめ…」


長峡仁衛は溜息を吐きながら、黄金ヶ丘邸へと向かう。

そして結局界七星もついて来た。

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