第20話
電車の椅子に座る界七星。
膝を組んでゆっくりと語り出す。
「実はだな…俺は傭兵として贋と言う輩に雇われた、そしてこの街で『語り部』を行う、と言う所を聞いた」
長峡仁衛や枝去木伐が気になる情報を自ら話してくる。
少しだけ、長峡仁衛と枝去木伐は話を聞く体勢に入る。
「語り部ってなんだよ、組織名か?」
長峡仁衛の質問に、界七星は頷く。
「組織名でもあり、作戦名でもある、畏霊を顕現させる技術…曰く、特殊な薬草を調合して作った睡眠剤を投与する事で、意識を混濁させ、聞いた話を本当であると錯覚させる」
幻覚作用と意識を昏倒とさせる薬品。
何処か自白剤に近い様なものを感じる。
「これを、精神的に病んだ人間、または過去に後悔やトラウマと言った負の感情を抱きやすい人間に投与させた上で、『赫雨』を用意させて、顕現させたい畏霊を吹聴する事で、召喚が可能となる」
何の罪も無い一般人を使うらしい。
「吹聴…だから、語り部か」
長峡仁衛はなんとなく察した。
頷き、そして、更に界七星の話を聞く。
「俺の仕事は様々だが、用心棒として雇われた。贋と言う輩を守る為に護衛をしたんだ」
長峡仁衛は、其処で界七星にその男が何者なのか、知っているのかどうか問うた。
「そいつが
間髪入れずに界七星は答える。
「知っている…だが、内容も雇い主も選ぶのは俺だ、俺は、奴に惹かれたのさ…」
遠い目をしながら、存在しない贋を見詰める界七星。
彼の言葉に、枝去木伐も、なんとなく頷いて見せた。
「…そうだな、贋は、妙に魅力がありやがった。カリスマって奴か…それに魅了される人間は少なくない」
その輩に魅了されたと言う。
枝去木伐にとって、贋とは因縁の残る相手であるらしい。
界七星は頷くと。
「あぁ…特にあの尻、とてつもないくらいに良い尻だった…あの尻が、はぁ…」
何故か尻の事を思い浮かべていた。
長峡仁衛は、枝去木伐の方に顔を向けると。
「…尻が魅力的なのか?」
同類かと、枝去木伐に引いた視線を向ける。
「んなワケねぇだろ、あの変態と一緒にするな!」
変態、と言う言葉に反応する界七星。
「ッ、何処に変態が?」
恐れを抱く様な嶮しい表情をして周囲を見回す。
「良いよそのネタは」
長峡仁衛と枝去木伐はうんざりとしていた。
「で、さっさと話しを戻せ」
強引に、話を元に戻す枝去木伐。
界七星も話を続けた。
「あぁ、奴の為に、俺は仕事を全うしたが、いざ、支払い段階に入ると、あの輩は支払い拒否をした。だから、契約違反の末に殺したんだ」
そして、とんでもない事を言い、一瞬、聞き逃す二人。
「ん?」
「は?」
再度、界七星が告げる。
「殺したんだ」
殺した。
殺害した。
亡き者にした。
彼の言葉は、そう言う意味だ。
「はあああ?!」
電車の中。
枝去木伐の到底あり得ないと言った絶叫が響く。
「お前、嘘じゃないだろうな?」
枝去木伐は界七星の胸倉を掴む。
捕まれた時に小さく「ぁん」と界七星が艶やかな声をあげたのは無視しておく。
「嘘じゃないさ。何なら確かめてみるか?」
電車が止まる。
扉が開く。
枝去木伐は胸倉を離して、界七星を電車の中から外に向けて突き飛ばす。
「見せてみろや」
そう言って、枝去木伐も外に出る。
長峡仁衛も、此処まで来た以上は付き合う所だった。
共に、電車から降りる。
電車の扉が閉まる。
再び、電車が発車する。
その光景を見る、界七星。
「確かめたかったら、後三駅分乗ってないと」
「あぁ?!」
枝去木伐がキレ気味で言う。
界七星は面白そうに笑みを浮かべる。
「証拠の遺体、三駅先の方が近いんだよ」
「誰が決めたんなモンッ、俺の足の方が速いに決まってんだろォが」
何処に張り合っている、と長峡仁衛は思った。
しかし、界七星は張り切っている。
「いいね、その憤り具合ッ、じゃあ、誰が早く三駅先に着くか競争だ」
「上等だコラ、全員纏めてぶっちぎってやらァ」
「おいおい…俺はやるなんて一言も言ってないんだけど」
界七星は鼻息を荒くしながら言う。
「俺が勝ったら二人とも、俺のベッドの中に来なさい」
「負けられねぇ…」
長峡仁衛は神胤を放出する。
「じゃあ勝ったら何すんだ、テメェ」
枝去木伐が聞く。
「二人の何れかが勝ったら…ご褒美だ、俺のベッドの中に来る権利をやろう」
「罰ゲームじゃねぇかよ」
「勝っても負けても地獄に一直線なんて聞いた事無いぞ」
そう喋っている間に、界七星が一人走り出す。
完全に、二人の油断を出し抜いてのダッシュだった。
「ざけんなッ!このクソ変態野郎がッ!!」
「変態なんて言ってもコイツには意味ねぇ!!」
長峡仁衛と枝去木伐が走り出す。
そして、三駅まで、全力で走り、息も絶え絶えになりながら、歩き出す。
河川敷。
橋の下にある大人が余裕で入れる程の下水道の入り口。
界七星は、長峡仁衛と枝去木伐を入り口前で待たせると、一人、暗闇の中に入っていく。
そして、数分後に、界七星が引き摺って来る。
真っ白の死に装束の如き浴衣を着込んだ、白髪で、口紅を差した男が居た。
それを見た枝去木伐は、大きく息を吐いて地面に座る。
「マジかよ…死んでんじゃねえか、贋の奴…俺の宿敵なのによォ…」
とても残念そうに言う。
どうやら、界七星の言う事は本当であったらしい。
「と、言うワケだ。だから、俺達がやりあう理由なんて、何処にも無い…それだけを伝えようと思って、お前たちに接触した」
界七星は言う。
愕然とする枝去木伐。
生きる希望を失った様に、絶望の色を表情に乗せる。
「…なあ」
だが。
長峡仁衛は、その遺体に何かしらの違和感を覚えていた。
枝去木伐が反応する。
「あ?何がだよ」
「いや…俺は、こいつが贋って奴なのかどうかは判断が付かない」
長峡仁衛は、贋と言う人間と一度も出会っていない。
だが、長峡仁衛は特定の生物とはよく知り合っている。
「けど、臭いがおかしいんだ」
「あ?臭い?」
鼻をすんすんと鳴らす枝去木伐。
それと同時に、界七星も可笑しい事に気が付く。
「確かに…俺の惹かれた尻とは少しカタチが違うな…いや、同じか?違う…どっちなんだ?」
人知れず悩む界七星を無視する。
「下水道の臭いがするけど…人の死臭がしないんだよ、これ」
長峡仁衛は、贋と言う輩の衣服を無理矢理剥ぐ。
真っ白な肌に向けて、長峡仁衛は所持している士柄武物を取り出して、贋と呼ばれる人間の胸に刃を突き刺す。
血は滲んで来ない。軽く縦に線を引いて、長峡仁衛は手を突っ込んだ。
ぐじゅりと、腐った果実の様な感触、骨を神胤で強化した掌で無理矢理砕き、心臓の部分に手を加える。
「俺は一度、人間に化ける畏霊と出会った事がある。容姿も認識すらも騙した畏霊だ。…話しを聞くに、人を媒介に畏霊を生むと聞く、だったら」
長峡仁衛は、心臓を掴んで引っ張る。
そして、人間の体から、黒い核…畏霊の心臓部位が出現した。
「やっぱり…コイツは、
長峡仁衛は、心臓を握り締めて、封緘する。
そして、封緘した心臓部位を、『山姥』に食わせた。
同時に、贋と呼ばれた畏霊の姿が消失する。
「どうやら…騙されたらしいな」
長峡仁衛は枝去木伐と、界七星の二人を見る。
「…はッ。あの野郎、面白い真似をしやがる」
枝去木伐は、牙を剥いて笑う。
どうやら標的が生きている事が嬉しいらしい。
「…騙された、か。一体、何の為に?」
界七星は疑問を浮かべる。
枝去木伐は立ち上がりながら言う。
「口封じだろ」
界七星は首を左右に振った。
「いや、だったら俺を殺している筈だ」
口封じなら、界七星を殺さなければ意味が無い。
であるのに、口封じならば、返り討ちに遭うなど、滑稽も良い所だ。
「お前じゃねぇよ」
界七星を口封じしたワケじゃない。
長峡仁衛が代わりに答える。
「贋自身を、口封じにしたのか」
枝去木伐は頷く。
「一番情報を持ってるのは贋だ。その贋を殺せばそれで終わり、死人に口なし、口封じってワケだ。そんで、偽物を本物とすりゃ、本物は自由なワケだ。だって死体は歩かねぇし、ヤベェ事もしねえからな」
死を偽装する事で、安全を保つ。
それが、贋の狙いであるのかも知れない。
「…所で、なんで、下水道に居るんだよ」
枝去木伐は界七星に聞く。
界七星は二人に答えようとして、下水道の奥を見詰めた。
「此処が、贋の術式工房だったからだ…当然、犠牲となる一般人も居た…俺が遭った時にはもう居なかったが」
「だったら…この奥に居る連中は何処から出て来たんだよ」
枝去木伐の言葉に、長峡仁衛は臨核から神胤を放出する。
「幽世、だろ?…畏霊か、厭穢か、どちらかが、異世界を作り上げた」
幽世。
畏霊、または
別名、巣。
空間の狭間に異空間を作り、其処を狩場とする。
恐らくは、その幽世に、畏霊が隠れていたらしい。
奥から見える。複数の畏霊。
男たちは、互いに戦闘準備に入った。
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