第19話


「皆さん」


お盆を持つ銀鏡小冬がやって来る。

手には、人数分のお茶が用意されていた。


「どうぞ、体が温まります」


そう言って、温いお茶を、三人に渡した。

それを飲みながら、黄金ヶ丘クインの回復を待つ四人。


医療室から大柄の男が出て来る。


「しゅぢゅつは成功した」


手術を噛みながら、大柄の男、医者は言った。

実に数時間ほど、骨折やその他の怪我を考慮すれば、かなりの早業、まさに神業と言わざるを得ない。


「ありがとうございますッ」


長峡仁衛は安堵して、大柄の医者に頭を下げる。


「先生、これは少ないですが、どうぞ」


辰喰ロロが、大柄の男に封筒を渡す。

大柄の男は封筒の中身を確認する。


「うむ、しゅじゅちゅに見合う額だ。何かあれば、また呼ぶと良い…」


最後まで噛みながら医者は出ていく。

銀鏡小冬がお見送りをして、辰喰ロロと長峡仁衛と枝去木伐は医療室へと入る。


ベッドの上に眠る、黄金ヶ丘クイン。右目は眼帯が施されていて、左腕はギプスで固定されている。


あの、御世郎とか言う男にUFOを使って上空から落とされたのだろう。

黄金ヶ丘クインは、落下に対する対策が無かったのか、無謀にも落とされて大怪我を負ったのだと思われる。


黄金ヶ丘クインは、長峡仁衛たちの視線に気が付いて目を開く。


「おう」


長峡仁衛、辰喰ロロに次いで、枝去木伐の顔が見える。

そして、黄金ヶ丘クインが開口一番に言った言葉が。


「…誰ですか?」


黄金ヶ丘クインは実に訝し気な表情で、枝去木伐の方を見ていた。


「えっと…何処から話せば良いのか…、コイツの名前は、枝去木伐で」


枝去木伐は黄金ヶ丘クインの前に立つと。


「傭兵だ、雇ってくれよ、旦那」


とそう言った。

眉を顰める黄金ヶ丘クイン。


「誰が旦那です?」


黄金ヶ丘クインは、彼を睨みながら言う。


「コイツは、この街に侵入して来た贋って輩を倒しに来たらしい。腕は確かだけど、俺は個人的には、雇っても良いと思う」


「お?マジかよ。お前、出会い頭にぶっ叩いてやったのに」


長峡仁衛は、枝去木伐と最初に出会った頃を思い出す。


「あれが無かったら確実に推したよ、俺は」


「あ?仕方ねぇだろ。敵か味方かも分からねぇ状況、だったらぶっ叩いた方が早いだろ」


なんとも、枝去木伐の言葉は戦闘欲に浸っている。

それでも、この男が仲間になるのだとすれば、戦力になる事は間違いない。


長峡仁衛は、黄金ヶ丘クインの方を見る。


「…兄様が推すのであれば、良いでしょう。一日、御幾らですか?」


と。

枝去木伐に向けて、黄金ヶ丘クインは聞く。


「寝る場所、着る服、食う飯、これだけありゃ、別に要らねぇよ。…まあ金は無心するだろうが」


とそう言った。

傭兵にしては、かなり良心的だと長峡仁衛は思うのだった。

枝去木伐の部屋は、黄金ヶ丘家の中庭の植木処理をする道具が用意された倉庫だった。


「お前、こんな所で良いのか?」


長峡仁衛は、枝去木伐に聞く。

周囲を見回して、色々な道具が置かれた小屋の中を散策する。

倉庫と言っても、小綺麗だが、埃などが目立つ。

掃除をすれば、人が住めない場所でもない。


「良いじゃねぇか。そんで周辺も使っても問題無いんだろ?へへ、ドラム缶風呂でも作っかなぁ」


ウキウキとした様子で、道具の中から鋸を取り出す。

それを使って何をするのかと考えながら、長峡仁衛は倉庫の扉前に立つ。


「お前が良いって言うんなら別に良いけどさ…何か他に居るものとかあるか?」


「ホームセンター行くから金をくれ」


枝去木伐がそう言って長峡仁衛に無心する。

長峡仁衛は財布の中を確かめる。

確か、黄金ヶ丘クインが長峡仁衛の為に無制限で使えるクレジットカードの他にも万札を用意してくれた筈だ。


「ほらよ」


二万円程取り出して枝去木伐に渡すと、それを有難そうに受けとる枝去木伐。


「へへ、どうもどうも、さぁて軍資金も手に入れたし…」


「…おい、今軍資金って言ったか?」


長峡仁衛は、枝去木伐がふと漏らした言葉に耳を傾ける。


「ホームセンター寄って、その後何処に行くつもりだよ」


「お馬さんだよ、奈波市、競馬場あるんだろ?」


とんでも無い事を言い出す。


「元から馬は好きだからなぁ、どうせ見るなら賭けた方が良いとは思わねぇか?」


「競馬に使うなら返せよ、あまり儲からないだろ」


長峡仁衛は枝去木伐の手から金をとろうとする。


「いやいや、マジ心配すんなって、今日はなんだか当たりそうな気がするんだよ!!いやマジで」


「その台詞が全然当たりそうに無いんだよ」


長峡仁衛は溜息を吐く。


「…まあ、今更、やった金を返せとは言えないしな。…お前の好きに使えよ」


「へへ、そうこなくっちゃなぁ」


長峡仁衛の背中をバシバシと叩く。


「けど覚えとけよ、それを使ったら俺はもうお前に金はやらない…」


「おいおい、脅しなんざ、男のやる事じゃねぇぞ」


二万円を握り締めながら、嶮しい表情をする枝去木伐が言う。


「それにな、競馬場には沢山の人間が来る。情報収集には持って来いだろ」


「…そういや、お前何歳だっけ?」


長峡仁衛は、そう言って枝去木伐に聞いてみる。

枝去木伐は、遥か空を見上げながら、答えるべきかどうか、悩んでいたが。


「…学園在籍なら一年生って所か?」


「タメかよ…いやだったらむしろ駄目だろ競馬なんて」


長峡仁衛はそう言って枝去木伐から金をむしり取ろうとした。


そして。

何故か長峡仁衛と枝去木伐は、二人で競馬場に行く事になった。


「なんでこんな事に…」


「いやー、お前も見に来れば分かるって、ほら、競馬場には美味い飯もあるしよ」


色々な飯が開いている事を、枝去木伐は言って来るが、長峡仁衛は溜息を吐く。


「俺は小冬の手料理の方が良い」


「飯だけは色んな所で食べた方が良いぜ、これ俺の経験談だけどよ」


お前の話など知った事ではないと言いたげな視線を送る長峡仁衛。

電車を利用して競馬場へと向かおうとしていた矢先だった。


「と言うか平日だろ?…俺学校なんだけど」


「学校なんざいかなくても偉い奴は偉いぜ?所詮は学歴を埋める為のモンだろ、学校って奴はよ」


なんという偏見だろうか。

まだ入学して二日目だと言うのに、無断欠席をする事になるとは思わなかった。


電車で移動する二人。

長峡仁衛は吊革を掴んで、揺れる電車の最中に、異変に気が付いた。


「(なんだ…尻が)」


長峡仁衛の臀部に、何か、感触を感じる。

猫の尻尾が当たっているかの様な、触られているか触られていないか、ソフトなタッチが、尻に感じている。

長峡仁衛以外にも、枝去木伐にも、その変な感覚を覚えたらしく、二人は、ゆっくりと後ろの方に顔を向けると。


其処には、天然な癖毛をする、顎髭を蓄えた男が立っていた。

長峡仁衛と、枝去木伐の尻を撫でている、界七星と言う男が其処に居る。


「うおぁッ!?」


「な、キメェッ!はぁ?!キメェッ!!」


枝去木伐は叫びながら界七星から離れる。

界七星は、片手を上げて気さくな態度を取った。


「よっ、二人とも」


「なんだこの変態はッ!!」


枝去木伐が拳を握り締めて戦闘態勢に移った。

変態、と言われた界七星は周囲に視線を向ける。


「なんだと?!また変態か、俺の見えない場所に、一体どんな変態が居るんだッ!?」


「オメェだよ!!」


枝去木伐が拳を握り締める。

長峡仁衛も、拳を構えて界七星を睨みつける。


「なんだ、一体、俺たちに接触して来やがって」


「接触?あれはただの挨拶だろ。男同士が尻を触るなんて、挨拶界の中じゃ序の口じゃないか」


だから、と界七星は付け加えて。


「これは決して変態行為ではない」


と断言した。


「なんだよ挨拶界って…」


長峡仁衛は的外れな事を言う。


「そんなもんどうでもいい、俺たちに何の用だテメェッ」


枝去木伐が叫ぶ。

界七星は両手を挙げて二人の戦闘態勢を解こうとしていた。


「落ち着け。俺は敵じゃない。むしろ、お前たちの味方の様なものだ」


「信じられるかッ!」


長峡仁衛と枝去木伐は、同時にそう叫んだ。

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