第18話




次に屋敷にやって来たのは大柄な男だった。

これが、黄金ヶ丘家お抱えの医者であるらしい。

早速、辰喰ロロがその男を黄金ヶ丘クインが眠る医療室へと案内すると、すぐに手術が始まった。

長峡仁衛と辰喰ロロは、医療室の前で心配そうに扉を見詰めている。


「…なんで、クインは、咒界連盟の医療関係術師を呼ばなかったんだ?」


この奈波市から、距離はあるだろうが、しかし、呼べば、短時間で肉体を治してくれるだろう。

それをしなかった事に、長峡仁衛は腑に落ちない様子だった。


「…長峡、お嬢様は、あまり咒界連盟を利用したくないんだよ。前回の時、お前の治療の際は、咒界連盟を経由して霊山一族にお願いしたけどな」


何故、と。

長峡仁衛は、辰喰ロロに聞きたかった。


「呼べない理由はな、咒界連盟に借りを作りたくない、と言うのが一点だ。上層部は中世派が多いからな、階級や役職の立場を利用して黄金ヶ丘家を金策目当てにしてやがる…直接交渉に来た事もあるし、その時は派手にフッたから、根に持ってる奴も居る。それでも手を出さないのは出す理由が無いからだ」


咒界連盟。

祓ヰ師を統括する組織でありながら、利己主義が多いとされる。

既に、腐り切った存在が上部の座に座り込んでいるから、弱味を握られれば搾り取られる。

これにより、多くの家系が潰されて来たのだ。


「けどな。どんな家系にも、裏の顔ってモンがある、黄金ヶ丘家程の由緒正しい正統家系でも、叩けば埃が出て来るモンだ、ドス黒い、表沙汰に出来ない顔がな…一度でも隙を作り入り込まれたら、後は金庫の中身は空っぽにされちまう…だから、咒界連盟には頼み込めない」


これまで築き上げて来た地位が、一度の失敗で壊されてしまう。

そんな事が起こらない為に、黄金ヶ丘クインは咒界連盟からの援助も無しで頑張って来た。


「まあ、だからと言って咒界連盟に無視を決め込んだら、それこそ標的にされちまうからな、適度に手を貸したり金を貸したりして、色々と恩恵も貰ってる…均衡が取れてんだ。その均衡が一気に崩れる様な貸しは作れない」


家を守ると言う事は、色々と大変な事だった。

だから、咒界連盟を呼ぶ事は出来ない。


「そういうワケで…咒ヰ師まじないしの対処を行う際には、咒界連盟から要請は出来ない。だから、私とお嬢様で、なんとかしようとしてたんだが…まさか、お嬢様がやられちまうとは…」


目を細めて、暗い表情を作る辰喰ロロ。


「…大丈夫だ、咒界連盟に頼らなくても…、俺がなんとかするよ」


長峡仁衛は、まだ、自らの弱々しい拳を硬く握り締めて、宣誓する。

二人の前に、リンゴを齧りながら現れるのは、枝去木伐だった。


「で、こいつ誰だよ?人ん家の林檎ムシャりやがって」


長峡仁衛に聞く辰喰ロロ。


「こいつは、枝去木伐って言うらしくて…そう言えばお前、咒界連盟からやって来たって言ってたな…」


咒界連盟に属する男がこんな所に居て良いのか、長峡仁衛は不安になる。


「ん?おぉ、俺は傭兵フリーランスだがよ…別に咒界連盟の命令で来てるワケじゃねえよ」


咒界連盟に属しているが、命令によって来ているわけではない。

長峡仁衛はそうだったのか、と耳を疑う。


「え…お前、咒界連盟からの指示で此処に来た、的なニュアンスじゃなかったか?」


「違ぇよ、俺は別に…あれだ、個人的な恨みがあったからな、贋に」


贋。

その言葉を吐くと、辰喰ロロが反応する。


「贋?…聞いた事あるな、その名前」


「辰喰も知ってるのか?」


長峡仁衛は伺うと、辰喰ロロは頷いた。


「さっき血祭りに挙げた連中だからな、まあ、後で情報共有しといてやるよ」


そう言う。

枝去木伐は、何か思い出した様子で、携帯端末を取り出して操作する。


「あー…」


画面を見て、納得をしていた。

それを逃さない長峡仁衛は枝去木伐に聞く。


「なんだよ、枝去木」


「いや…あの野郎がな…変態の奴」


変態。

そう聞いて思い出すのはアウトドアジャケットの男だ。


「変態?…あぁ、あのジャケットの」


「何処かで見た事ある変態だと思ったが…ほれ」


枝去木が見せて来たのは携帯端末。

其処には、専用のアプリが展開されている。


「なんだよこれ」


長峡仁衛と辰喰ロロが確認する。

辰喰ロロはそれを見知っていた様子だった。


「あぁ、仲介所のか…雇い主と傭兵、どちら側にもなれて、選ぶ事が出来るんだっけか」


このアプリは、咒界連盟と連携している代物。

契約した祓ヰ師を傭兵として雇い、依頼主が傭兵を雇う事が出来る。

仕事の内容は様々であり、仕事の達成度に応じて評価がされる。


「古風な組織だと思ってたけど…祓ヰ師って結構ハイテクだな、アプリとかあるのか…」


長峡仁衛はそう言いながら、枝去木伐の携帯端末を見る。

枝去木伐は、携帯端末に乗る情報を口で喋り出した。


「コイツ、名前が載ってたな。依頼案件総数75件、達成率は95%。総力Aクラスの男、名前がさかい七星ななほし、付いた二つ名が

『無敵変人』…二つ名ダサイな」


自らの携帯端末を見て、界七星と呼ばれる男の情報を見て苦言を漏らす。


「へぇ…あ、そう言えば、お前も載ってるのか?」


長峡仁衛は携帯端末を使って調べてみる。

傭兵ならば、枝去木伐も載っているだろう。


「あったあった…依頼案件総数22件、達成率37%、総力B+クラス、二つ名が…『戦狂い』か…」


枝去木伐を見て、この男の依頼達成率が低いと思う反面、性格からして納得していた。

「連中から情報を得たって言ってたな」


長峡仁衛は辰喰ロロになんの情報を得たのか、聞くと、辰喰ロロは頷く。


「あぁ…贋、『語り部』って連中だ。私がヤったのは一般人の連中だった」


長峡仁衛は辰喰ロロを見詰める。

祓ヰ師が一般人に手を出す事は禁じられている筈だ。


「あぁ、奴ら術式を使ってやがった…どういった原理だかは知らないが、畏霊憑きだったんだよ」


畏霊憑き。

稀に、畏霊が人間を寝床にして寄生する。

そう言った畏霊は生に執着する事が多い。

だから、寝床である人間に畏霊としての力を与えて寝床自体の生存率を高めようとする。


「畏霊憑きでも…流石に手を出すのは不味いんじゃ無いのか?」


「あぁ、だから後でお嬢様に隠蔽して貰おうと思ったんだが…けど、心配すんな、肉体はもうこの世には無い」


そう言って、辰喰ロロは舌先を伸ばして口元を舐める。

その行為を見るだけで、長峡仁衛は、辰喰ロロが死体を食った、と言う思考を連想させた。


「なんだコイツ、因子持ちかよ」


枝去木伐は、リンゴの芯を喰らいながら言う。

長峡仁衛は林檎の芯を食べるのか、と思った。

辰喰ロロは、枝去木伐の言葉に牙を剥く。


「手の内晒す馬鹿は居ないだろ」


「その言葉がもう手の内晒してるよな」


枝去木伐の言葉に、辰喰ロロは可憐に踵を返して、彼に背を向けると共に長峡仁衛の後ろに立つ。


「私、コイツ嫌いだ」


どうやら長峡仁衛を盾にしている様子だった。


「と言うか、なんでお前此処に居るんだ?」


辰喰ロロは改めて疑問を口にする。

枝去木伐が咒界連盟に登録されている傭兵である事は理解した。

しかし、黄金ヶ丘家に来て、屋敷の中で悠然とした様子で寛いでいる。


「あ?…そうだな、この土地の管理をしている奴に直接話そうと思ってな」


枝去木伐は、短くなった黒色の筒を肩に乗せる。


「俺を個人的に雇ってくれや」


と。枝去木伐は言った。


「少なくとも、此処に贋が居る事は分かってんだ。そいつを殺すまで俺はこの街に滞在する。あんたらも、何かと手数が多い方が良いだろ?互いにメリットがある筈だけどな」


辰喰ロロは、長峡仁衛の方を見た。

枝去木伐は傭兵ではあるが、しかし、雇う権利を持つのは、辰喰ロロには無い。

彼女もまた雇い主であり、長峡仁衛に至っては金で買われた存在だ。


「そう言った話は、お嬢様が目覚めるまで待て」


辰喰ロロはそう言って、医療室の方に顔を向ける。

未だに、手術は続いている様子だった。

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