第17話



長峡仁衛は山姥を解く。


「『火之輪車』」


レザースーツ姿の炎に燃える式神を新たに召喚する。

火之輪車が長峡仁衛に触れる、すると炎が舞い上がり、長峡仁衛の足に熱を宿す。

そして、足元には脹脛まで覆う程の具足が展開、長峡仁衛の足に車輪が施される。

『車輪駆動』。

火之輪車が指定したものに車輪を与え高速移動する事が可能とされる。


「複数の式神を操れるのか?(だとしたらとんだ誤算だ…『幻舟』は保管すればする程に鈍くなる、重量オーバー、あの人魂を全て保管したのが不味かったか)」


「『火之輪車』、接近して、火炎放射だ」


そう合図をすると共に、長峡仁衛と火之輪車が走り出す。

長峡仁衛と火之輪車、迫り来る二人に男は喉を鳴らす。


「(仕方が無い、正体がバレるが…奥の手を使わせて貰う)」


男が指を使い笛の様に吹いた。

すると、多少、動きが遅くなった山高帽が男の元に来ると共に。


「『游砲雷轟ゆうほうらいごう』」


その言葉と共に、山高帽から光が放たれる。

その光は、電気の様に迸り、長峡仁衛に向けて走り出す。


「(加速ッ)」


だが、長峡仁衛には、人を越え得る速度を持つ『車輪駆動』によって機動性が十分に強化されている、地面を強く蹴り、加速した長峡仁衛に目標がズレて、光線は空を裂いた。


「(ッ、早い、当たらないッ)」


ナイフを取り出して迎撃しようとする男に、長峡仁衛は握り拳を男の腹部に減り込ませる。


「ぶぼぉッ!」


加速した肉体。

其処から放たれる一撃。

男は後方へと吹き飛び、長峡仁衛は隙が生まれた瞬間を狙い、火之輪車に視線を送る。

脚部から燃え盛る炎。

其処から放たれる炎の渦が、男を飲み込んだ。


「(これ、は、不味い、ま、ずッ)」


炎に飲み込まれる男。

長峡仁衛と火之輪車は、燃え盛る炎を見詰める。


「…死んだ、か?」


長峡仁衛は疑問を浮かべる。

しかし、炎の中から、宙に浮く物体が、炎から出て来る。

それは…山高帽、ではない。

ふぁんふぁんふぁん、と音を鳴らしている…未確認飛行物体。


「…おいおい、そんな、術式ありかよ?」


山高帽に隠されていたそれは。

UFOだった。

空飛ぶ円盤。

フライングソーサー。


その大きさこそ、帽子程の小ささではあるが。

長峡仁衛は、その姿を見て納得する。


「(目にも止まらぬ速さで動き、物体を連れ去るアブダクション…一説には光線すら放つとされる…合点がいった…いったけど…)」


長峡仁衛はUFOを睨みながら思う。


「(そんなのありかよッ)」


宙に浮かぶ未確認飛行物体UFOを見ながらそう叫んだ。


地面を照らす光がUFOから放たれると、生々しい臭いを放つ男が出て来る。

腐臭が交じる煙が体から発生し、ピンク色になった肌は火傷の痕。


「くッ…ふ、幻舟に入って居なければ…焼け死んでいた」


男は、重苦しい息を吐きながら拳を握り締める。

まだ戦闘を続けるらしい、が。


「派手にやってやがるぜ、なぁオイ、俺も混ぜろよ」


上空から黒い渦を刻む長筒を掴む、枝去木伐が飛び出て来る。

地面に着地すると共に、キザな男に向けて長筒を向ける。


「(新手…これは少しキツイか…ッ)」


男は全身を強張らせながらも、それでも闘争の意欲は潰えていない。


「まだやる気か」


「上等だ、俺にも美味しい思いをさせろよ、だから、まだくたばんじゃねぇぞ」


闘争の意欲を剥き出しにしているのは、枝去木伐も同じ事だった。


二対一。

状況は確実に、長峡仁衛たちの方に傾いていた。

長峡仁衛と、枝去木伐。

両者の臀部を鷲掴みにする、逞しい指先の感触。


「あ?!」


「ッ」


身震いすら感じる。

触れた箇所から何かを流し込まれた感覚。

両者、長峡仁衛と枝去木伐が振り向くと同時。

其処には誰も居ない、一瞬だけ、視線が男から外れる。


「良く頑張ったな、御世郎おせろ


その言葉が前方から聞こえて来た為に、長峡仁衛と枝去木伐は再び男の方に顔を向ける。

登山用のアウトドアジャケットを着込んだ、大柄な男。

天然な癖毛に、顎髭を蓄えているその男が、御世郎と言う男の体を支えている。

そして、その男は膝を突き、男をうつ伏せにして抱き抱える。


「酷い火傷だ、随分と熱いバトルを繰り広げたんだな、…俺はお前を尊敬する、しかし、時間稼ぎにはならなかったらしいな」


御世郎と呼ばれた、男はびくりと体を震わせた。


「ま、待て…まだ、俺はやれる…あともう少しで、約束の時間に達する、そうだろ?!」


「あぁ、実際の所は時間稼ぎと言うか既に事は済んでいるんだが、それはそれとして無防備なお前に個人的なおしおきをしたいと思っていただけなんだ」


そう言うと共に男のズボンを無理矢理脱がすと、アウトドアジャケットを着込んだ男は掌を広げて臀部を叩く。


「ふぅー!!ケツドラムパーリィーェイイェァ!!」


ぱん、ぱん、と。

御世郎の尻を何度も叩いて絶叫を響かせる、アウトドアジャケットの男。

長峡仁衛と、枝去木伐は固まっていた。

明らかにヤバイ奴だと本能的に察している。


「ふぅぅ…可愛い子ちゃんめ、続きは俺の部屋だ…」


御世郎を担ぎ上げるアウトドアジャケットの男。

呆然と見ていた長峡仁衛だが、首を左右に振って戦闘態勢を整える。


「おうコラ待てや変態」


「変態?なんだと、危険な奴が何処かに居るのか?何処だ…何処に居るんだ?!」


周囲を見回して、変態に対して警戒をするアウトドアジャケットの男。


「オメェだよ、それ以外に誰が居るんだコラ」


「え?俺?ははは、いや、俺は違う。至ってノーマルさ。ほら御世郎、自慢のUFOを使え」


御世郎は、渾身の神胤を振り絞り、UFOを引き寄せる。

このまま、逃走しようとしているらしい。


「逃がすと思うか」


火之輪車の車輪駆動はまだ長峡仁衛の脚部に展開されている。

今、高速で走れば相手を捕まえる事が出来る。


「贋の手下だよな?情報を吐くまで逃がさねぇよ、徹夜で付き合えや」


「はは、なんと言う素敵な申し出…しかし、良いのか、お前たち?」


そうして、アウトドアジャケットの男は指を一本、長峡仁衛と枝去木伐の方に向けると。


「俺に集中し過ぎて、お前たちの体はガラ空きだぜ?」


その言葉と共に、長峡仁衛と、枝去木伐の体が、地面に叩き付けられた。


「ッ(体が急に、地面にッ)」


「(なんだ、これ、体の自由が、一瞬効かなった…術式を使われたッ)」


二人が地面に倒れている時。

アウトドアジャケットはUFOの光に包まれる。


「それじゃあな、縁があれば、遊んでくれよ」


そう言って、アウトドアジャケットの男は、UFOにアブダクションされて、空へと消えていった。


一応は撤退したと言う事で、長峡仁衛は安堵の息を吐くと共に黄金ヶ丘クインの元へと寄る。

黄金ヶ丘クインは、倒れていて、今にでも息絶えそうに声を漏らしている。


「大丈夫か?クイン」


長峡仁衛は、黄金ヶ丘クインを抱き寄せて喉元に触れる。


「ん…兄様」


黄金ヶ丘クインは、長峡仁衛を見て、小さく声を漏らす。

長峡仁衛は立ち上がり、黄金ヶ丘クインを持ち上げる。


「ちょっと待ってろ…今、病院に」


「おい待て、病院よりも咒界連盟の祓ヰ師を呼んだ方が良いだろ」


一般の医療よりも、祓ヰ師による術式の治療の方が早く治る。

だから、黄金ヶ丘クインをそちらの方に回した方が良いと、枝去木伐はそう言った。


「…駄目、兄様、病院に、罹り付けの、医者の、元に」


黄金ヶ丘クインは、痛みで苦しみながらも、長峡仁衛に懇願する。


「医者、何処のだ?!」


長峡仁衛がそう言うと、其処で黄金ヶ丘クインは再び気絶する。


「クソ…屋敷に戻るか」


長峡仁衛は車輪駆動を使い高速で駆ける。

枝去木伐も、長筒を使い、炎を噴出させ推進力を得ながら上空へと飛ぶ。

とにかく、長峡仁衛は黄金ヶ丘クインを黄金ヶ丘邸へと急がせると、玄関へと寄る。

其処には、銀鏡小冬が居た。


「じんさん」


長峡仁衛は、銀鏡小冬を発見して丁度良いと、黄金ヶ丘クインを渡す。


「自力で降りて来たのか、良かった。人手が足りない。クインを見ていてくれ、俺は電話をいれる」


そう言って長峡仁衛は黒電話の方に駆け寄る。

そして、電話の棚を開いて、何か無いか探した。


「(罹り付けって言ってたな、電話番号を控えている可能性がある…これか?)」


長峡仁衛は棚から二番目に封入されていたメモ用紙を取り出す。

それには病院の名前と電話番号が書かれていた。

長峡仁衛は、即座にその電話番号に連絡を入れる。


「もしもし、あの…もしもし」


『…黄金ヶ丘様、ご無沙汰しております』


老いた声が聞こえて来た。

長峡仁衛はその老いた声の主に現状を説明する。


「すいません、クインが、落ちました、怪我をして、見て下さい、あの、早く、お願いします」


それだけ伝えると、その老人は咳払いをする。


『営業時間外なので、御高くなりますが?』


「こっちは命の話をしてんですよ、後で幾らでも払いますッ!クインを助けて下さい!!」


『その言葉が聞きたかった』


電話が切れると同時、玄関の扉が開かれる。

出て来たのは、血塗れになった辰喰ロロだった。


「長峡、お前どうして此処に居るんだよ」


「辰喰、お前大丈夫なのか、その血ッ」


長峡仁衛は辰喰ロロの姿を見て心配する様に言う。


「あぁ、大丈夫、これ返り血だから…で、そんなに慌ててどうした?」


「クインが…」


辰喰ロロは、黄金ヶ丘クインが起きた状況を聞いた。

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