第16話


長峡仁衛は走り出す。

その隣には枝去木伐も居る。

銀鏡小冬には、コテージで待つように伝えた。

長峡仁衛と枝去木伐は山を走りながら下山していた。


「お前が祓ヰ師なのは分かった…けど、贋ってのは何だ?」


長峡仁衛は神胤で強化した体で走り、枝去木伐に並走していた。


まやかし…『語り部』とか言う組織を作った馬鹿だ」


枝去木伐は、その様に言って、続きを話す。


「赫雨ってあるだろ?本来は人間の恐怖を受信して畏霊が作られる」


赫雨の説明から入り、長峡仁衛は、今、此処で赫雨がどう関係するのか、疑問だった。


「贋って野郎はな、どうやら、赫雨を利用して、自由自在に畏霊を作る事が出来るみたいでな」


「は?」


長峡仁衛は、枝去木伐の言葉に耳を疑った。

赫雨。

人類の恐怖を受信して新たな畏霊を生み出す世界が作り出した現象。

未だ十年と言う若い年月でありながらも、多くの中世派の祓ヰ師が研究をし続けた。


利益になる為の研究を重ねたが、未だ赫雨と言う現象を手中に収め自在に操る事が出来る祓ヰ師は存在しない。


で、ある筈なのに。

その贋と言う咒ヰ師まじないしは、赫雨を扱う事が出来ると聞く。


「奴のソレは、どうにもやり方がどうにも気に喰わねぇ。…詳しい話は分からないが…それでも、人間を媒介に使役すると言う事だけは確かだ」


「なんだよそれ…人間を?」


明らかに、極刑だ。

咒界連盟が定めた禁忌条約には、人間に危害を加えれば厳罰が下る。

咒ヰ師まじないしとして認定された上で禁忌条約を破るとなれば、裁判無しの処刑が決定付けされている。


森を抜ける。

長峡仁衛と枝去木伐は街へと戻る。


「(確か、夜に用事があるって辰喰が言っていたな…街の見回りをしているかも知れない…だったら)」


長峡仁衛は式神を召喚する。

三十体程の、人魂だ。


「クインや辰喰を探せ、見掛けたら俺の所に来い」


そう言って長峡仁衛は枝去木伐の方に顔を向ける。


「あんた…って」


既に、枝去木伐の姿は無かった。

どうやら街に到着したので、一人で探しに行ったらしい。


「クソッ!」


長峡仁衛は神胤で脚力を強化して跳躍。

そして、家の屋根の上に乗って、走りながら二人を探す事にした。


「け、きけけ」


後方へと飛んでいた人魂が、長峡仁衛の方へと向かって来る。

一度、周囲に飛ばした人魂が戻って来ると言う事は、黄金ヶ丘クインを発見した、と言う事だろう。

長峡仁衛は屋根を蹴って移動する。


丁度、十字路の位置に、人影が見えた。

其処には、地面に横たわる、黄金ヶ丘クインの姿も見当たる。


長峡仁衛が黄金ヶ丘クインの傍に落下する。


「『山姥やまんば』ッ」


長峡仁衛の言葉と共に臨核から神胤が放出され形成する。

老いた髪を伸ばす襤褸の衣服に身を包み、鉈を握り締める老婆が出現する。

満面の笑みを浮かべて、皺を刻む老婆の姿をする式神は、鉈を握り締めては走り出す。


「(酷い怪我だ…あの男がやったのかッ)」


外灯から伺える、茶色のベストを羽織る金髪の男。

頭部には山高帽を被っていて、キザにツバの部分を指先で摘まむとベストを翻す。


「新手か?おいおい、こりゃなんの冗談だ?まだ子供じゃないか、ったく。この街には子供しか居ないのか?」


そう言いながら、帽子を掴んで外すと、長峡仁衛の方に向ける。


「其処を退きな。今なら命だけは勘弁してやる。黄金ヶ丘家のマスターをぶっ殺せば、後はこの土地は俺たちの天下だ、そうだ…坊や、お前もこちらに来るか?」


べらべらと喋る男に、長峡仁衛は、近くに待機していた山姥に視線を向ける。

それと同時に、長峡仁衛は周囲に展開していた人魂を、自身の周囲に浮遊させる。

相手が攻撃しない様に警戒しながら、長峡仁衛は黄金ヶ丘クインの体を持ち上げる。


「クイン、大丈夫か?」


「ぁ…」


酷い怪我だった。

左手は折れている。

体中には擦り傷が出来ていた。

一体何をすればこの様な傷が出来るのか。

何よりも、どの様な心を持てば、これ程までに傷つける事が出来るのか。

黄金ヶ丘クインは、薄れゆく視線を長峡仁衛に向けて、安堵したのか、気絶した。

長峡仁衛は、男の方を睨んだ。


「金の縁とは言え、俺を引き取ってくれた人だ…礼儀は尽くす、恩義は報う、大義は此方だ、異議はあるか?」


長峡仁衛の殺意が漏れる言葉に、男は鼻で笑った。


「ふッ、覚悟十分って所か、素敵な話だ。忠義を背負って圧死するんだな」


長峡仁衛が山姥に男を攻撃する様に命令。

それと同時に、男が山高帽を投げる。

ふぁんふぁんと音を鳴らしながら風を切る山高帽が長峡仁衛へと直進する。


「(神胤が纏う、士柄武物、いや、これは奴の術式か?)」


長峡仁衛はそんな事を考えながら人魂を盾の様に整列させ、山高帽が攻撃を防御しようとするが。

山高帽はジグザクに、人魂の隙間を通り、不規則に長峡仁衛に接近する。


「(帽子を操る術式ッ、こんな能力でクインがやられたのか?)」


そう思った長峡仁衛。

この帽子に何かがあると思った最中。

山高帽の裏地が長峡仁衛に向けられる、そして光り輝き、長峡仁衛の瞳を照らしたかと思えば。

一瞬。

瞬きの間。

長峡仁衛は、遥か上空へと立っていた。


「は?」


いや違う。

立っているのではない。

長峡仁衛は、星に届き得る場所から、落下していた。


「あ、あぁあああ?!」


叫び声が響き出す。


上空からの落下。

長峡仁衛の脳裏には死の文字が浮かび出す。


「(ま、て、まだ、っし、んで、死んで、たまる、かッあッ!!)」


長峡仁衛は人魂を呼ぶ。

地上から上空へと長峡仁衛の元へと寄って来る人魂に長峡仁衛は手を伸ばす。

肉体を神胤で強化して、人魂に向けて落ちると現状の落下分の衝撃を接触と同時に受ける。


「ぐッ」


人魂が長峡仁衛の腹部に突く。

傷みを感じながらも、長峡仁衛はなんとか人魂にぶら下がる事が出来た。

そのまま、人魂を呼んで彼の靴底に合わせる。

長峡仁衛は人魂を踏み付けて、更に踏み付けた人魂よりも低い位置に他の人魂を呼ぶ。

そうする事で人魂を使い、長峡仁衛は階段の様に地上へと駆ける。

上空十五メートル程の位置にまで来ると、長峡仁衛はジャンプして着地をする。


「ひゅぅ」


男は、長峡仁衛の生還に脱帽していた。


「(落下死は不可能か、だったら、別のやり方で倒すか)」


男はベストの裏地に縫い付けた鞘から複数のナイフを取り出した。

医療で使われるようなメスを取り出すと、それを男は長峡仁衛に向けて投げつける。


「効くかよッ!」


長峡仁衛は人魂を使いナイフの投擲を防御しようとする。

背後からふぁんふぁんふぁんと音が聞こえだす。

長峡仁衛は振り向く。

山高帽が迫って来ると共に、長峡仁衛の上空へと立つ。

そして光が放たれ、目を細めると共に、長峡仁衛は、彼を守っていた筈の人魂が消えていた。

それが、一瞬の事である。

投擲されたナイフが人魂に触れる事無く、長峡仁衛の体に突き刺さろうとする。

神胤を発生させて長峡仁衛は防御体勢を取るが、神胤を貫いて、ナイフが彼の肉体に突き刺さる。


「ッ(神胤による防御無視、このナイフ、全部が士柄武物かッ)」


神胤による防御無視。

これは恐らく士柄武物の特性だろう。


「(それよりも、ッ、俺の使役する人魂はッ)」


「(伝承術式・『幻舟はこぶね』、指定した対象を保管、別の場所に移動させる)」


男の術式は、伝承術式とされる。

伝承術式とは、古来より伝わる伝説や逸話と言った話の元となった術式を指す。

かなりの名家で無ければ継承される事の無い術式を、この男は所持していた。


「(俺が上空へ送られたのも…人魂が何処かへ消えたのも…これが奴の能力だからか?移動させる能力?…だとすれば、その発動条件は、あの帽子かッ)」


「(恐らくは俺の能力とその原因を察しただろうが…移動させる能力だけが、俺の術式の真骨頂じゃねぇよ)」


周囲に浮かぶ帽子を、男は近くに戻して、不敵な笑みを浮かべる男。

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