におい

栃木妖怪研究所

第1話 におい

 私が、その臭いを意識したのは、恐らく4歳位だったと記憶しております。

 我家から、数キロ先に住んでいた祖父の弟。大叔父が危篤となり、大人達は皆、大叔父の家に行ってしまった時でした。

 病院ではなく自宅に往診を頼んでいましたが、往診の医師から、臨終を告げられたのでしょう。まだ黒いダイヤル式の電話の時代。我が家の電話が鳴り、急に祖父母や両親がバタバタとして、幼稚園児の兄と二人で、「家の中で大人しくしていなさい。」と言われ、留守番している事になりました。


しばらくは二人で遊んでいたのですが、私がぐずり始め、兄が仕方がないので、数キロ先の大叔父の家まで私を連れて行ったのです。


曇り空で、寒い季節だったと思います。兄に手を引かれて、住宅地を抜けて、途中にあった火の見櫓が、何故かとても恐ろしく見えた記憶があります。

大叔父の家に着くと、叱られるかと思っておりましたが、祖父母や両親、集まり始めた親戚達に、

「よく二人で来たね。」と褒められた事も覚えております。

多分、初めてご遺体というものを見たのもこの時でしょう。白い布を顔に乗せた大叔父が布団に寝かされておりました。

医師や看護師が挨拶をして、帰る所も覚えております。家族や親戚が、忙しく何かやっているのを見ておりました。

その時に、今まで嗅いだことがない臭いがしました。汗の臭いとも何か他の臭いとも違う、何とも表現出来ない嫌な臭いでした。

多分幼かったので、そのまま「臭い!」と言ってしまったかもしれません。祖母に、

「じゃ、私は家から持って来るものがあるから、一緒に帰ろう。」と言われ、また自宅に戻ったのでした。


それから数年経ち、小学生になった時に、我が家に添った大通りで交通事故があり、見知らぬ男性が亡くなった夏の夜に、またその臭いを感じました。

やがて中学生になる直前に、癌で闘病していた祖父から、あの臭いがする様になり、その数日後に再入院をした祖父は、そのまま他界いたしました。

次にその臭いを嗅いだのは、高校二年生の時でした。カタル性虫垂炎で手術を受け、1週間入院した時です。私の病室は三階にあり、病室の直ぐ隣がエレベーターでした。手術も無事に終わって4日目位の宵の頃でした。

救急車が到着しました。大きな病院ではないので、医師や看護師達がバタバタとしている事は病室に居ても分かります。

そのうちにエレベーターの動く音がして、廊下の向かい側の部屋が騒がしくなりました。 その時、廊下から忘れていたあの臭いが入って来ました。

やがて廊下に心電図モニターが置かれ、夜の間に、ピッ、ピッと鳴っておりました。深夜にに眠っていたら、また廊下が騒がしくなり、翌朝には、向かいの部屋は綺麗に片付けられ、空き部屋になっておりました。

他の患者さんに聞いたら、工事現場で落下した方が運ばれて来たけど、朝まで持たなかったとの事でした。


その頃から、なんとなくこの臭いは死の臭いなのではないか。と思う様になりました。

ただ、それは病院や葬儀に行ってもその臭いがある訳ではありません。

大学生になって、法医学の講師に聞いてみました。生前なら特定の疾患とか患者の環境による臭いはあるし、死後なら色々な臭いは当然出てくるけど、死の直前に誰でも同じ臭いがするというのは知らない。との事でした。


大学時代に、二度その臭いを嗅いでいます。一つ目は同じ部活動で、別の大学の後輩が登山をするという二週間位前に壮行会と称して居酒屋で飲んでいた時です。

 ふいに後輩の身体から、あの臭いがして来たのです。不安になった私は、「今回は行かない方がいい気がするんだが。」と言いましたが、「何故です?」と言われ、「臭いが。」とは言えず、

「あまりいい予感がしない。」としか言えませんでした。予感は当たってしまいました。 もっと強く止められる言い方はなかったのかと、今でも悔いるばかりです。

 二度目は、杉並区のアパートに住んでいた頃、夏の昼間に、バイト先から帰宅しようと街を歩いていたら、沢山の人が、私のアパートの200メートル位手前の5階建のマンションを見上げています。何だ?と思った時にあの臭いがしてきました。と、目の前に人が落ちてきて、え?と思うまもなく、警察だ救急車だと騒ぎになりました。

 その後も何度かその臭いを感じた方々はいらっしゃいましたが、皆、同じ結果でした。


 あの臭い。気になって、色々文献も調べましたが、事故に会う二週間前に臭う根拠などあるはずもなく、90を過ぎても健在な親や、私の家族友人知人に、あの臭いがしない事を願うばかりです。  了

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におい 栃木妖怪研究所 @youkailabo

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