第7話 みのりは猫になりたい
急に体に重みを感じて、意識を取り戻した。
口元に湿った温かい吐息がかかり、そっと柔らかな唇が重ねられる。さらに下唇を軽く吸われ、ちゅ……っと音が鳴った。頭を優しく撫でられる。
明かりは点いていなくて、周りは見えないが、誰かが僕にのしかかっていて、キスをしているのだ。誰かだなんて、わかり切ったこと。微かな、香澄さんの甘い匂い。
寝起きで敏感になった唇に、愛撫を何度も受けて僕からも熱い吐息が漏れた。
僕が目を覚ましたことは伝わったと思うが、キスが止む様子はない。舌で唇を舐めとられる。まだ、ブルーベリーの味はするだろうか。
僕は、まだ重だるい腕を香澄さんの首の後ろに手を回す。より密着してキスを続けた。
「ごめんね……寝顔があんまり可愛くて……」
ようやく唇が離れ、耳元でそう囁かれた。
「香澄さん……」
香澄さんが耳のふちに舌を這わせたので、僕はキャッと短く悲鳴をあげて香澄さんに全身でしがみついた。
「みのりさん……可愛い……」
香澄さんはまた唇で遊んでくれた。薄皮一枚のすぐ下に、こんなに敏感な感覚があるとは知らなかった。ちゅっちゅ……とお互いの唾液が戯れる音が、真っ暗で無機質な部屋に響く。
香澄さん……大好き……
そう思ったが、香澄さんは両想いエッチは好きなんだろうか……。それとも寝込みに手を出すくらいだから、あの本のような凶暴なエッチが好きなんだろうか……。せっかくだから、香澄さんの好みに合わせたい……。でも訊くのは野暮だろうな……と、ぼんやりした頭で考えていた。
それから、香澄さんは僕の服の中に手を入れて、貴重な美術品を扱うかのように僕の体の様子を確かめていった。服を脱ぎ、肌と肌が触れ合うと、香澄さんの体はうっすら汗ばんでひんやりしていた。
僕は香澄さんと会う約束をしてからというもの、いざそういう関係になったら……と思って、すでに自分でお尻の開発はしていた。もちろん、香澄さんの本を使って。だから、香澄さんは初めての僕に気を遣って丁寧にしてくれているのだろうが、僕にとっては焦らしプレイになっていた。
「……香澄さん……もう、待てないんですけど……」
僕は息を切らせながら、根負けしたことを認めて言った。
「うん、ハアハアしてるみのりさんも可愛いな、って思ってた」
暗くて見えないが、また美しく笑っているのだろう。なんでそんなに冷静なのか……。
「僕……お尻で気持ち良くなるのももうやってるんで……大丈夫なんですけど……」
香澄さんに頭を擦り寄せながら、恐る恐る言った。
「へえ……みのりさんて、実はエッチなんだね」
……香澄さんのファンは、みんなエッチだよ? 香澄さんはなんだかちょっとズレている。
香澄さんが頭をなでなでしてくれる。いいけど、いいから。頭なでなでくらいで、このもんもんが晴れるわけない。
あれかな、ちょっと僕もご奉仕した方がいいのかもしれない。そう思った僕は、香澄さんを仰向けにした。僕を見上げる香澄さんの視線を感じた。
「みのりさんの体って、猫みたい」
「猫?」
「よくのびるから」
のびる? かなぁ……?
香澄さんの指が鼠蹊部をなぞる。
「はわっ!」
いや、もうそんなことしてくれるなら、早く入れてほしい……。ちょっとイラッとする。
「うちにいる猫、すごく可愛いんだ。擦り寄ってくるし、僕がパソコン開くとキーボードにいつも乗ってくるから執筆できないし。でね、ひとしきり遊んで満足すると、すぐどっか行っちゃうの。そっからは全然こっちに来なくなる。いつも自分のペース。僕の方が寂しいんだ」
知ってる。香澄さんが猫愛強いの。いいなぁ、猫。僕も香澄さんちの猫になりたい……。
猫に嫉妬したから、ご奉仕はやめた。香澄さんにくっつきながら横に寝そべる。香澄さんは、汗でしっとりとしている僕の髪を掻き上げてくれた。
「今度、うちのミィちゃんに会いにきて」
「うん、行く」
「そういえば、”みのりさん”も”みぃちゃん”だね」
「うん」
「ミィちゃん可愛いから、ミィちゃんみたいな可愛い恋人ができたらいいな、って思ってたんだ」
そうなんだ……。さっき、僕を猫みたいって言ったから、今のって告白?
香澄さんは猫のあごをなでるように、僕のあごのラインを指でなぞった。
僕は、ふぅん、とだけ言って、香澄さんに背を向けて不貞寝に入った。
「あれ? なんか怒ってる?」
「僕、ミィちゃんの代わりじゃないんで……」
「そうだね、みのりさんは僕の一番のファンで、ミィちゃんよりエッチだもんね」
ミィちゃんと比べられるの? それ。
香澄さんの手が改めて僕の大切なところを包む。
「ごめんね、余計な話して」
「ホントですよ……」
「私と付き合ってくれる?」
「……今言うの?」
「そういうのは、ちゃんとけじめをつけないと」
やっぱり香澄さんはズレてる。
「付き合います。僕、香澄さんのこと好きなんで……」
「ホント? 嬉しい」
香澄さんが後ろからギュッと抱きしめてくる。
「……ミィちゃんには負けませんから」
「ふふ。ミィちゃんは本当に可愛いから、手強いよ。特に鳴き声がね」
香澄さんはそっと僕のお尻を撫でた。
♢♢♢
あれから、僕は毎週末、香澄さんの実家に農作業を手伝ったり、香澄さんの部屋に入り浸るようになった。
香澄さんの作品の下読みをしたり、自分が書いてみたのを読んでもらったりする。
最近、香澄さんは猫の小説を書き始めた。捨てられていた子猫を飼い始めて、ご飯を食べている様子が可愛いとか、お腹を撫でると可愛いとか、指を舐めてくるのが可愛いとかを書いている。”みーちゃん”という名前なので、最初はミィちゃんのことかと思っていたが、みーちゃんはよく不貞寝をするらしいので、どうやらこれは僕のことらしい。
不貞寝の原因は、もちろん香澄さんだ。
香澄さんは、バイトに来ている大学二年生の男子と仲が良い。その大学生は頭が良くて仕事がデキることもあり、天然の香澄さんにビシバシ言う。言われた香澄さんはいつもの笑顔でへらへらしてる。それに対して、彼が言った。
『香澄さん、ホント俺がいないとダメですね』
そのセリフを聞いたとき、香澄さんの作品の中で農家の兄弟で兄受け、弟攻めの話があったのを思い出した。その弟のセリフと全く同じだった。香澄さんに問いただすと、やっぱり彼がモデルだという。それって……脳内では、彼とヤッてるってこと?!
そう思った僕は、嫉妬で彼を敬遠していた。
「機嫌直してよ。みのりさんと出会う前のことだし」
「わかってますけど……」
目の前に元カレ(?)的な本人がいるのだから、なかなか割り切れない。
「あ、今日はプレゼントがあるんだ」
香澄さんは、箱を渡してきた。箱を開けると、猫のしっぽのおもちゃが入っている。
「みーちゃんにしっぽが生えてたら可愛いと思って」
うん……きっと可愛いと思うよ……自分でもそう思う。
香澄さんがあごに触れてきてキスをしたので、僕は、にゃあと鳴いた。
(完)
【BL】みのりは猫になりたい 千織@山羊座文学 @katokaikou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
物書きの壁打ち/亜咲加奈
★117 エッセイ・ノンフィクション 連載中 47話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます