アンドロジナス

真賀田デニム

アンドロジナス


 これは高校の同窓会のとき、Aさんに聞いた話。


 Aさんは埼玉県某市のマンション311号室に住んでいるのですが、その部屋って玄関扉を開けると住人が使用する道が見えるんですね。その道は自転車置き場に沿って整備されていて、長さは100メートルくらい。つまりAさんが扉を開けて前を向くと、その道の100メートル先まで視野に入ってくる作りになっているんです。


 その道はマンション住人用の道なのですが、大手スーパーへの近道ということもあって、住人外の人間が使用することも多々あるとか。だからと言って、それに目くじらを立てる住人はいませんし、通常の歩道のような扱いになっているらしいのです。


 ということもあり、Aさんは玄関扉を開けて外に出ようとすれば、3回に1回は誰かしらの姿をその道で見かけていたそうです。なので道の向こうから来る人間がいれば、図らずも視線が交わってしまうこともあったそうです。


 だからその日、髪の長い女性と目が合ってしまったときも、僅かの気まずさを覚えたくらいでそれ以上に気にすることもなかったそうです。それから2日後、Aさんが玄関扉を開けて出掛けようとすると、またその女性が道にいて視線が合ったそうなんです。その日から2日後にもまた同様に。


 ただ、誰かと複数回見合ってしまうのは、特別にめずらしいことじゃないそうです。道のさきには大手スーパーがあるので、その大手スーパーが行きつけだった場合、買い物客は毎回その道を通るわけですから。


 でもAさんは、その女性だけはほかと違うような違和感を覚えたようなんです。その違和感の正体が分かったのは、4度目にその女性と視線がぶつかったときでした。Aさんはいつも通り、すぐに目を逸らします。そしてしゃがんで靴紐を結び直す振りをしながら、ちらりと女性のほうを確認したそうです。


 そうしたら、女性が立ち止まったままAさんのことをじぃっと見ていたらしいんです。見るというよりかは凝視。スーパーからの帰り客なら、立ち止まってこちらを見続けることなんてしません。では自分の知り合いかといえばそんなことはなく、全く知らない女性だったそうです。


 Aさんは直観で、その女性の意識がことに気づいたそうです。スーパーから帰る買い物客ではない、自分を意識する知らない女性――。何かうすら寒いものを感じたAさんだったのですが、殊更に囚われることもなく、すぐにいつもの日常に戻ったそうなんです。

 

 ところが夜になって、Aさんは一転して恐怖を覚えることになります。注文していた本を集合ポストに取りにいくために玄関扉を開けると、大雨の中、例の女性が傘を差して立っていたそうなんです。まるでAさんが出てくるのをずっとそこで待っていたかのように。しかも10メートル先の駐車場に止めてある車の傍だったそうです。よくよく考えれば、最初に見たときから距離がどんどん縮んでいたとAさんはこのとき気づきました。


 はっきりと見える女性の顔。雨と風で乱れた黒髪の隙間から覗く、Aさんを凝視する双眸そうぼう。Aさんは恐ろしさのあまり部屋に引き返したそうです。


 一体、あの女性は何者なのだろうか。

 なぜ、自分をそんなにも見てくるのだろうか。

 

 こんな怖い話を聞いたことがある。

 何度か目にするたびにどんどん相手が自分に近づいてきて、最後には自分の家に入り――。


 そう、Aさんが恐ろしいことを脳裏に過らせた瞬間だったそうです。


 ピン……ポン――。


 インターホンが鳴りました。

 驚きから心臓が飛び出そうになったAさんは、それでもなんとかドアスコープを覗き、来訪者の確認をします。例の女性がそこに立っていました。思わず「きゃっ」と声を出すAさんは恐怖と錯乱のあまり、玄関扉を開けてしまったそうです。


 眼前には女性。

 彼女はAさんの顔を見てこう呟いたそうです。


「女性だったのですね、良かった」

 

 

 どういうことかというと、この女性は空室である角部屋の312号室に引っ越そうと考えていたのですが、隣人のことが気になっていたそうなんです。隣人とはつまり、311号室に住むAさんなのですが、女だったら引っ越そうと決めていたそうなんです。


 なぜ女でないといけないのかというと、現在住むアパートの隣人が男性であり、ベランダからの覗きと盗聴の疑いに悩まされているからというものでした。男性に対する恐怖と、部屋選びに過ちは許されないという気持ちから、女性はどうしてもAさんが女であることを確認したかったそうです。


 ちなみにAさんは線が細くボーイッシュな外面から、男性と間違われることもあります。こんなことになるなら、もっと女の子らしい恰好をしておけば良かったかなとも言っていました。


 ――ああ、一つ気になることがあったともつぶやいていました。

 その女性が引っ越してきて次の日、ドアの前に置き配があったそうです。なんとなく宛名を見るとそこには、ヤマカワケイタと書かれていたそうです。

 


 了


 ※アンドロジナス=男女両性

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