異世界ファンタジー「ノベル」

現代に生きている人が中世に転生・タイムスリップしたら?

知識チートなんてできるわけありません。(自分は今も理系の仕事をしていますから)現代の物理学、化学、工学の知識は人並み以上に持っていると自負していますが(ただし医学、薬学、生命科学は人並みです)、その知識を実際のモノに落とし込む工学的・産業的な「基盤」が中世には存在しませんから。
経営学や組織論、戦術論を生かした組織改革?それも無理でしょう。中世に生きている人たちの考え方や行動原理が近代人とは違いますから。

でも、主人公は転生してしまった。明らかに絶対王政の限界が近づいている時代の専制君主に。このまま放置すれば革命が起き、高い確率で自分はその生贄になることが分かってしまう、という知識チートならぬ知識の呪いとともに。

この作品は、その主人公の苦悩と成長を描く小説。
そう、「成長」を描いている。
主人公は、他人が見ている自分という像と自分が自分であると思う姿との違いに苦しむ。自分の行為が他人に影響を与える・他人を変えてしまうことに立ちすくむ。自分に与えられた役割と自分ができること(できないこと)とのギャップに苛まれる。自分は本当に世界に一人しかいないのか、交換可能な誰でも良い誰かではないのか、自分がいてもいなくても世界は変わらないのではないか、と悩む。
こうした悩みは、中世に転生するまでもなく、現代社会に生きる誰もが思春期に一度は陥るもの。でも、いつのまにか「普通に」生活するうちに思い出さなくなってしまうもの。
だが、主人公は生きている限り真摯にその問いに向き合おうとする。他人から求められる姿をできる限り良く演じながら,自分にできる・自分にしかできない何かを探し、為し、他人に与え、次の世代に残そうとする。そうした営みを続けるということが、思春期を超えて「大人」になるということなのだろう。
だから主人公は死ぬ直前に、「ぼくは大人になれた。」と振り返ることができたのだろう。

振り返って、自分は(成人年齢はとっくに超えているが)本当に大人なのだろうか?と考えさせられる作品であり、「普通に」生きるために、かさぶたを被せて忘れていた昔の傷口をうずかせる作品でした。

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読み専でレビューを書くのは3回目の自分ですが、感じたことをそのまま書いてしまいました。見当はずれでしたらごめんなさいですが、私には心に残る良い作品でした。ありがとうございました。

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