最終話
出版会社の編集部はいつだって賑やかだ。
その編集部の一角、小さな会議室。若草色の会議椅子に座って人を待ちながら、男は蛍光灯を仰いで爽やかなため息をついた。
窓の外には桜並木がある。
書籍化は着実に進んでいる。
あともう少しで、夢が叶うのだ。
高校生のときに生まれた夢が。
目を閉じるとまぜこぜになったたくさんの音が小波のように脳髄を浸す。
感傷に浸るのはまだ早い、と思いつつ、弧を描く唇と穏やかな呼吸とを打ち消すのはあまりにももったいなかった。
「角田先生」
開いた扉から生の音が一気に流れ込む。
それを背負ったその声はしかし、凛と響いて意識を引き揚げた。
笑みを深め、ゆっくりとまぶたを持ち上げて声を振り向く。
20代にしては大人びていて、30代にしてはまだ貫禄が足りない――自分と同年輩の男が角田を見下ろしていた。
その男はにやりと笑って会釈すると、きびきびと机を回って向かいの席に腰を下ろした。
黒髪はさらさらしたストレートだが、浮かべた微笑みはどこか偏屈な性格を感じさせる。
自分のくせ毛を触りながら、しまった、正面に座られる前に横顔を見ておけばよかったと反省する。
「こんにちは。夜宮さん」
角田は調子を合わせてそう言った。
「どうもすみません。お待たせしてしまって」
と夜宮が言う。
しばしの沈黙の後、2人は目を合わせてクスクスと笑った。
「あはは、どうしたんだ。今日はずいぶん他人行儀じゃないか」
角田は机に頬杖をついて言う。
「なに、思いつきで『作家と編集者ごっこ』をやってみたくなっただけさ」
胸を張って答える夜宮に、角田は小さく笑った。
「さて今日は試し刷りができたんで持ってきたんだ」
夜宮は机に置いた資料やなんかをぽんとたたく。
「ほんと!? 早く見せて!」
「まあ待てよ」
「この日をどんなに待ちわびたか」
「そういうのは発売日に言うもんだぜ」
……
外の桜は満開だ。
高い梢のひと枝からはらりと花弁が飛びたったことを、カクタとヨミヤが知ることはない。
カクタとヨミヤの物語―ボクが書く理由― 藤堂こゆ @Koyu_tomato
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