第9話 ボクが書く理由
冬休み中盤のある日。
角田は今日も、眠る夜宮の枕元で自分の書いたものを読み聞かせる。
生きているが活動していない夜宮。彼に物語が届いているのかどうかはわからない。
だが角田は書き続ける。いつか夜宮が目覚めたとき、自分が死んでしまっていたら洒落にならないからだ。
そして読み続ける。文章は読まれるためにあるからだ。
「今日はね、例の小説甲子園の結果発表の日なんだ」
角田はベッドの柵にもたれかかって柔らかな声で言った。
スマホを取り出そうと鞄をごそごそやる。
「へえ、そうかい。で結果はどうなんだ」
「うん、結果はえ?」
考える間もなく返事をしてしまってから、はて、と顔を上げた。
幻聴だろうか。
「どうした?」
夜宮が目を開けている。
「ひどいな、まるで幽霊でも見たようじゃないか」
あの偏屈な笑いを浮かべて。
何ヵ月も眠っていた人間とは思えない、はっきりした声で喋っている。
「……!」
角田は声にならない悲鳴を上げて、ベッドの上の夜宮に抱きついた。
「おいおい」
そう言いながら、夜宮の手は震える角田の背をしっかりさする。
「なっ、……いつ起きたの?」
角田は夜宮に覆いかぶさったままくぐもった声で聞く。
「昨日の夜」
夜宮が笑っているのが見なくてもわかる。
「ひどいよ狸寝入りなんて」
「わりーわりー」
夜宮の手にぽんぽんと背をたたかれて、角田はようやく身を起こした。手の甲で乱雑に目元を拭う。
くしゃくしゃの顔を夜宮に向けると、夜宮はにひっと笑った。
「はじめはほんとに寝てたんだよ」
「うそぉ」
と鼻をすする。
「ほんとに。途中で起きたんだがな、俺が寝てる間毎日来てくれてたって、今朝聞いたもんだから、どんな調子か見たいと思ってつい。すまねぇ」
まっすぐな目を向けられた角田は、ひとつため息をつくとぱちぱちとまばたきをしてから手の甲で鼻の下をこすり、腰を落ち着けて夜宮を見つめ返した。
「……よかった」
ぼそりと言う。
「うん」
と夜宮は頷く。
「一生生きてるだけかと思った」
「うん。……うん?」
今度は夜宮がまばたきをする。
「あのね、『生活』の話覚えてる?」
「ああ……『生きて活動すること』ね」
「そう。それで、寝てる夜宮は活動してないでしょ?」
「はあ、なるほど言葉の意味はわかったぞ」
夜宮が大きく頷くのを見て、角田は小さく笑った。
「ボクはね、夜宮に会ったおかげで『生活』ってものができるようになったんだ」
夜宮はまばたきで先を促す。角田は膝に手をついて身を乗り出す。
「キミはボクに、書く理由を――『活』をくれた」
肘を折ってへへっと笑った。
「ふ~ん」
と夜宮は鼻を鳴らす。
「なんとなく、わかる。……いや、わからない、……あー、う~ん……。あ、待てわかったぞ」
夜宮の顔が得意げに輝く。
「俺も同じだよ」
持ち上げる腕はまだ重そうだ。
その重さのまま角田の肩に手を置いた。
「こんなに読みたいと思ったのは、人生で初めてだ」
優しい笑顔。角田は再び目尻を拭う。
「……で、結果は?」
「ん?」
「甲子園の結果だよ」
上機嫌に言う夜宮。角田ははっと気づいてスマホを持ち直す。
「そうだった。えーっと」
と操作する。
「ここだっ」
2人は額を寄せてスマホを覗いた。そして――
「えぇ~!!」
静粛にすべき病室で、盛大に声を上げてしまった。
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