夕暮れに野衾の飛び交う、その中に混り。

嘗て。それらは森の奥に、古井戸の中に、土間の竈門の隅に、建て付けの悪い納戸の
陰に…。かつて『妖怪』と呼ばれ、畏れと
親しみと、そして矢張り、此岸には決して
あり得ないモノ、コトへの怖さがあった。
 果たして『妖怪』は日本の近代化により
正体を暴かれてしまったのか。

この作品は元々、作者自身が地元栃木で
体験した不思議な話を纏めた連作のうちの
一つ。不可解でゾッとする怪異譚だ。

『野衾』という妖怪をご存知だろうか。

その正体はムササビであるともモモンガで
あるとも言われるが、抑も『ももんが』と
言うのは『お化け』を意味するという。
薄暗い山道を歩いていると、急に視界を
過ぎり滑空する。一瞬の事に、ハッとする
その心持ちを『お化け』に行き遭った時の
驚愕に重ねたのだろう。

しかし、それは本当に野生動物と断言して
良いのだろうか?

今もまだ『妖怪』は『怪異』として存在し
一瞬の心の隙間に滑り込んでくる。
忌わしい事実を知った時点で、ソレはもう
此岸に居場所を得てしまう。

ソレが『ムササビ』なのか、それとも
死んだばかりの『幽霊』なのか。


『彼岸』と『此岸』を分ける 境界線 は
  在って、無いに等しい。