狂気の海洋にて

取り柄無し

狂気の海洋にて

冷たい海風が甲板を叩きつけるように吹き荒れ、探査船「████号」は静寂の中、広大な海原をゆっくりと進んでいた。船体を包む霧は、船員たちの視界を奪い、闇に覆われた夜空には星ひとつ見えない。乗組員の間には、不吉な予感が漂っていた。


航海を指揮するダイアーは、甲板から霧を見つめ、思わず身震いした。彼の胸には、得体の知れない不安が渦巻いていた。無線は応答せず、計器も異常を示している。この荒涼とした海域で、彼らは何かに近づいている。それは、人智を超えた未知の存在なのかもしれなかった─。


ダイアーは、船室に戻り航海日誌を開いた。今日の出来事を記録しようとペンを走らせるが、何度も書き直す手が震えて止まる。船員たちは皆、見えない何かに追われているような錯覚を抱いていた。


甲板では、エンジニアのカーターがエンジンルームを点検していた。カーターは、次第に霧の中に不気味な影が浮かび上がってくるのに気づいた。影は、最初は曖昧模糊とした形でしか見えなかったが、徐々に輪郭がはっきりしていった。何かが船を取り囲むように、静かに揺れ動いている。現実離れした異様な大きさと形状を持っていた。影はまるで船内を覗き込むかのようにゆっくりと近づき、霧の中で不気味に蠢いた。


ブリッジに駆け込んだカーターを見て、ダイアーは眉をひそめた。彼は問いかけたが、カーターの青ざめた顔が全てを物語っていた。彼らは未知の恐怖に直面している。誰もが感じている不安が、現実のものとなりつつあった。


その晩、ダイアーは船員たちを緊急会議に集めた。船内に漂う不安を鎮めるため、ダイアーは勇敢に話し始めた。彼の言葉は船員たちの不安を完全に払拭することはできなかったが、団結を深めた。


深夜になり、海の静けさはますます不気味に感じられた。誰もが眠れない夜を過ごす中、船の動力が突然停止し、暗闇が船内を包んだ。


緊急用の照明が点灯し、船員たちは動揺しながらも各自の持ち場についた。ダイアーは通信士に無線を試みるよう命じたが、何の応答も得られなかった。


その時、船底から不気味な金属音が響いた。まるで何か巨大なものが船体を擦るような音だった。船員たちは顔を見合わせ、恐怖に凍りついた。エンジニアのカーターが最初に動き、音の出所を突き止めるために下へ向かった。


カーターが船底に到着すると、そこには信じがたい光景が広がっていた。海水が船内に浸入し、床一面に広がっている。しかも、その水の中には無数の奇妙な生物が蠢いていた。それらはまるでこの世界のものではないかのように、名状し難い、未知の姿をしていた。


彼は無線でブリッジに緊急事態を報告した。


ダイアーはカーターの報告に驚愕し、船員たちに最善の対処を命じたが、事態は急速に悪化していった。船内の照明がちらつき始め、薄暗い赤い光に変わった。奇妙な音が船全体に響き渡り、乗組員たちはパニックに陥った。


カーターは、もう一度生物たちに目を向けた。それらは突然動きを止め、一瞬のうちに跳躍し、彼を殺した。


ブリッジでは、ダイアーが船を立て直そうと奮闘していたが、次々と異常が発生し、コントロールを失っていた。船はゆっくりと傾き始め、船員たちは混乱の中で必死に甲板へと避難していった。


甲板に集まった船員たちは、目の前に広がる霧の中から現れる不気味なシルエットを目撃した。それは、一見して不自然で、形状には植物のような放射相称性が見られた。体長は8フィート(約2.4メートル)ほどで、樽状の胴体の上に、五芒星形の頭部がある。また、樽状の胴体には膜状の翼と海百合のような触手が並んでいる。それらは、まるで空中を彷徨うかのように揺れていた。


船は、未知の存在によって操られているかのように、深海の闇へと引きずり込まれていった。最後に聞こえたのは、乗組員たちの絶望的な叫び声だった。


海は静かに元の姿を取り戻し、その場に立ち入る者に対して冷たい沈黙を保っている。

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狂気の海洋にて 取り柄無し @Omame_23

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