第6話
目の前には、この区域にしては、綺麗な建物。ところどころ劣化や欠けがあるが、家主の几帳面さが垣間見える。
ドアを開けると同時に、油と金属の匂いに混じって、微かに硝煙の匂いが鼻につく。店の中は薄暗く、カウンターの少し奥には、ランタンの火を頼りに、背中を向け金属音を鳴らしながら、作業をしている人影が見える。
「要件はなんだ。……強盗なら別のとこへ行きな。こんな場所にある零細工房に金なんてないんだ。」
少し荒れた呼吸としゃがれた声が耳に入る。後ろ手で扉を閉めながら、
「ここに腕のいいガンスミスがいると紹介されて来たんだが、まだやってるかい?」
店の主人であろうモノクロをつけ、白い髭たくわえた老人がこちらを向きカウンターへと重い足取りで向かってくる。煤とガンオイルだらけであろう手をカウンターに置き、目を細め用心深く、品定めをするかのように、こちらを見る。
「新人か。格好も古臭いな。わざわざやって来たんだろうが、ほぼほぼ廃業しているよ。弾は売ってやれる。だが、メンテナンスやカスタム、銃の販売はお断りだ。」
「新人で悪かったな。この銃の弾はあるかい?」
そう言って、俺はカウンターに銃を慎重に置く。老人はその銃を手に取り、シリンダーを開ける。
「……この口径の弾ならあるな。この調子じゃあ、手入れの道具もないんだろう?弾と一緒につけておいてやる。1箱50発分で650ナディル2箱なら1200ナディルにしてやるがどうする?」
そう言って、紙で出来た弾薬箱とメンテナンスに必要であろう道具が入った袋をカウンターに置く。金には少し余裕があるが、弾だけ買うのも味気ない。
「2箱買おう。それとそこにある単眼鏡も1つ貰っていくぞ。」
「それなら2200ナディルだ。早く金を置いて帰ってくれ。お前のような、ひよっこガンマンの顔はあまり見たくないんだ。昔を思い出すからな。」
昔を思い出すか。先ほどまで店主が作業をしていた机目をやると、作業机にはメンテナンスのための道具と艶が消された鈍色の銃が分解された状態で置かれている。
何度もメンテナンスをしてきたのであろう机の上にある銃は恐らく目の前の店主が若い頃から使っているものと思われる。
「金はきっかりここに置いておく。弾が足りなくなったらまた来させてもらう。」
荷物を受け取り、残りの所持金の使い道を考えつつ、外に出る。ポケットから簡易的な地図が描かれた紙を取り出し、グレゴに案内されたギルドへと向かう。
「うーん、やっぱり武器はどうにかした方がいいのか。けど、俺はこれしか適性がないみたいだからなぁ……。尾けられてる感じだな。」
後ろから微かに衣擦れと足音が聞こえてくる。まだ距離はあるが、このままだと、どこかのタイミングで襲われるのは想像に難くない。倒すなら先手必勝の精神で銃を撃つしかない。頭の中で何度か見た簡易ルートの地図を思い出すも、撒く時のルートなんて描いてもないのを仕方ないと割り切る。
選択肢は2つ。撃つか逃げるか。
NPCでもプレイヤーでも殺すのは、なんとなくだがデメリットが大きく感じてしまう。無用なリスクは避けるのが吉と見た。とはいえ、金も大事だから、追いつかれるなら、撃つしかないか。
覚悟を決めると同時に歩幅を広げ、足を素早く動かし、少し荒れた道を駆ける。尾行してきているであろう者は獲物である俺が急に走り出したからか、一拍遅れ、足音を消そうともせず、追いかけてくる。
しばらく走り、ギルドに入り口近くに到着した頃には追いかけてくる足音は聞こえなくなっており、逃げ切ることに成功したのを確信させるほどの静寂が辺りを包んでいる。
ゆっくりとドアを開き、ギルドの中へと入っていく。中は出て行った時と殆ど同じで、全体的に埃っぽく、建物自体が古臭い感じではあるが、外よりは秩序があるという謎の確信のせいで、先程まで気張っていた心が安らいでいくのを感じる。違う点があるとするなら、ジェイがテーブル席で財布を出して、必死に殆どない金を数えているくらいだ。
「ジェイ。何度数えても叩いても、ビスケットのように、金は増えないからな。財布はしまっておけ。」
「ギャ、ギャレット。べ、別にそんなことはしてません。それより、用事の方は済みましたか?グレゴはまだログインしてないみたいなので、もう少し待ちましょうか。」
ジェイは早口で弁明をしつつ、素早く机の下に財布と両手を隠すのを確認しつつ、ジェイの右前にある空席に座る。
「用事の方は無事に終わったよ。今回襲うのは4人パーティって言ってたが、武器構成とかも割れてんだろ?」
「剣と盾を持っているオーソドックスな近接職1人、回復職の魔法使いが1人、短弓と短剣を使うであろう斥候職が1人。これが固定メンバーですね。あとの1人は残念ながら。」
ジェイはそう言って、両手でお手上げの形をとり、首を横に振る。ここまで調べたのは、よくやってると個人的には感心する。
「待ち伏せにするって言ってたが、不意打ちで誰を仕留めるんだ?」
「狙うのは決めてます。回復職は私と貴方が。グレゴは浮いている人を狙うそうですが、仕留め切れるかは分からないので、気楽にいきましょう。」
「気楽にって言うけどな。俺たちがやられる可能性もあるし、バレたら晒されたりするんだぞ。」
「その時はその時です。あ、晒されるのは諦めてください。どうせグレゴがやらかして、巻き添え喰らうので。」
「は?じゃあ、あいつと一緒にいるだけで、善良な俺までもが晒しや襲撃の被害に遭うってことかよ。」
「そう言う事ですね。なので、今から渡すもので隠せるとこは隠しましょうね。」
そう言って、ジェイは指先で虚空を叩いたり、撫でたりすると、机の上にベージュ色のクロークとテンガロンハット、赤いバンダナが置かれる。
「私からのプレゼントです。こういった土地で正体を隠すなら、これじゃないと格好がつかないと思いましてね。」
「ギャンブルで金を全部無くしたんじゃなかったのかよ。まさか盗んだのか?」
「感謝の言葉の前に、その言葉はないじゃないですか。お金があるうちに買っただけですよ。」
「そういう事なら助かるよ。ありがとうジェイ。」
プレゼントに手を伸ばそうとした瞬間、ジェイに手をつかまれる。驚いて顔を見ると、仮面で顔の上半分は隠れているが真剣な目つきで俺の目を見る。
「これを受け取るという事は、他のプレイヤーを倒し、恨まれ、倒されて、自分のせいで引退者が出てしまうという覚悟があるんですよね?もし、中途半端な気持ちで受け取ろうというのなら、引き返すべきです。」
目を閉じて一度考える。このゲームを進めていくと汚点になる出来事かもしれないし、そうなることも無いかもしれない。
「ジェイ。俺はやるよ。自分の自由と欲のために、お前らと略奪するよ。」
そう言って、ジェイからプレゼントを手に取り、全てインベントリにしまっていく。
「受け取ったはいいけど、これクロークだけでよくないか?」
「クロークだけだと、防具の特徴は最低限隠せても、顔と名前まで相手に割れて指名手配されてしまいますよ。そのためのバンダナです。あと、視界は少し悪くなるかも知れませんが、保険として帽子も用意したんですから。」
「黒い方のカードの名前は登録してないんだが、やっておくべきか?」
「私とグレゴはやってないですよ。偽名登録すると、顔が割れると同時に本名の代わりに偽名が割れて、手配書に顔と偽名が載るメリットぐらいしかなので。」
「名前が無事でも、顔が載るんだったら、隠すメリットが薄いな。他にメリットもありそうだが、言ってないだけで、デメリットが大きいんだろ?」
「これを利点と取るか、欠点と取るかは貴方次第ですが、ギルドに名簿登録されて、同業者に検索され、無用な勧誘と襲撃の危険があったり。まぁ、こちらからも検索して襲撃できますが、無闇に敵は増やしたくないんですよね。」
「あぁー、偽名はやめておくか。じゃあ、戦闘中の呼び名はどうするんだ?俺はこのゲーム初めてまだ1日目だし、お前らと阿吽の呼吸で連携して戦うなんてできないぞ。」
「どうせ、連携なんてあってないようなものですよ。呼び名は……適当にグレゴがA、私がB、貴方がCでいいでしょう。」
「囚人みたいに、数字で呼ばれないようで良かったよ。」
システム画面から時間を確認して、アイテム欄を開き、帽子を取り出す。
「さて、そろそろグレゴもログインする時間ですので、合流地点まで一緒に行きますよ」
そう言って、席を立ち、外へと続く扉へ向かっていく。
Eternal Frontier Online 頭痛餅 @Jack_A_Lope
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