明暗

夢月七海

明暗


 こんな夢を見た。


 僕は広い屋敷の中にいた。木造の二階建てで、壁はなく、仕切るのは襖や窓だけだ。

 外は昼間のはずなのに、こっちはとても暗い。辛うじて、自分の手が見えるくらい。窓の雨戸は閉まっていないけれど、外の光は硝子戸で遮られてしまう、そんな印象だった。


 夢の中の僕は、この屋敷の子供だった。そして、夢の中は明治時代だった。

 僕は、それを不自然に思うことなく、すんなりと受け入れていた。この家に自分以外に誰もいないことも。


 硝子戸の中から、外を見てみた。僕のいる場所は二階なので、庭の外側が覗ける。

 虞美人草の咲き乱れる野原で、自分と同じくらいの子供たちが、猫を追い掛け回して遊んでいる。猫のことを、「猫」「猫」と口々に呼んでいたので、この猫には名前がないのかと思った。


 「三四郎はいないのか」「三四郎は出てこない」と、子供たちは口々に囃子立てるのが、はっきりと聞こえる。夢の中の僕も、三四郎という名前ではなかったが、急に自分のことを言われているような気分になって、顔を背けた。

 屋敷の中をぶらぶら歩いていると、下へ降りる階段を見つけた。そこを降りると、すぐ前は玄関だ。僕は急に、ここから出ないといけないような気がしてきた。


 玄関の引き戸に手をかけると、誰もいないはずの屋敷の中から、「坊ちゃん、坊っちゃん」と、僕を呼びかける声がする。この屋敷に仕えるばあやの声だった。

 両親と折り合いが悪く、同級生たちからつまはじきにされていた僕にとって、ばあやだけが味方だった。本当は、振り返ってばあやのところは駆けていきたいが、そんなことをしてはいけない気がして、構わず玄関を出た。


 玄関の外も、暗かった。飛び石の先、ぴったりと閉じた門の向こう、そここそが、「外」なんだと感じとる。

 「坊ちゃん、行ってしまうのですか」と、ばあやの声がする。玄関を閉めたはずなのに、真後ろにいるようにはっきりと。構わずに、僕は前へ歩いた。


 「こころの外にはばあやはいませんよ。それでも行くのですか」……悲痛そうな声で、ばあやが呼び止める。僕は黙って頷いて、とても重たい門を押した。

 「外」は、思った以上に明るかった。思わず目を細める。それから、門を出た。


 今の僕は行人だ。草を枕にして、二百十日の野分に耐え、時には文鳥の声に耳を澄ませながら、道草をはみはみ、歩いていく。

 さあ、どこへ行こう。倫敦塔ろんどんとうを見に行って、アーサー王伝説を聴くのもいい。松山の温泉も捨てがたい。東京に腰を据えて、小説を書くのもいい……。


 そんなことまで考えて、僕は目を覚ました。


 後々調べたところによると、僕のひいひいお爺さんが小学生のころ、校舎の二階から飛び降りて、しばらく昏睡状態になったことがあるらしい。当時のひいひいお爺さんは、自分を可愛がっていたばあやが亡くなったばかりで、色々と参っていたという。

 その昏睡状態の時にひいひいお爺さんが視た夢を、そっくりそのまま僕も見たんじゃないかと思っている。なぜなら、僕も睡眠薬をいつもより少し多く飲んだ時に、この夢を見たからだ。


 ……誰にも気付かれず、一人で目覚めた僕は、この夢の意味を少し考えた。夢の中の僕は、心の外、つまりは人生に希望を持っていたんじゃないか。結局生きたかったんじゃないかと。

 僕のひいひいお爺さんはそれから、色々あったがロンドンに留学した。しかし、何か合わなかったのか、気を病んで帰ってきた。それから結婚したり、子供が出来たりもしたが、結局、小説を書くというあの夢の中での目標は、達成できなかった。


 ひいひいお爺さんは、それでも自分の人生を、肯定出来たのだろうか。そして、同じ夢を見た僕は、これからの人生を乗り越えられるだろうか。

 人生の明暗はまだ分からないままである。

















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明暗 夢月七海 @yumetuki-773

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