第6話
〈継ぎ接ぎ街〉
それは街というより壁であり、壁というよりは、家である。
大和瓦外を北と南に仕切る壁のように佇んでいる。上空ではギイギイと扉が軋む音がする。"継ぎ接ぎ"は"街"と呼ばれているものが無数の建物を繋げてできたものだからだ。錆び付いたアパートの横に西洋風の住宅が繋がり、その上には木製のプレハブ小屋が重ねられて……、といったように、様々な建物が無作為に繋げ、重ねられ〈継ぎ接ぎ街〉は作られている。そのため、巨大な壁――それは実際に壁の集合体ではある――から扉の軋む音がするのだ。
〇
「なんだここ」
昇降口のようなガラス張りの扉と、その奥には靴箱がずらりと並んでいる。
「とりあえず安全な場所に移動する」
階段を上り、リノリウムの廊下にでる。
時々壁に大きな×印が書かれている。新川は地図でその印と蛍光灯、部屋の数を慎重に照らし合わせ安全地帯を確認する。
「ここだ」
新川が地図と部屋を交互に確認して言った。
「各々、明日の戦闘に備えたまえ」
部屋は広く、扉の面と接する壁沿いに二段ベッドが三台ずつ設置されている。
どうやら、ここはかつて合宿所だったのだろう。いや、委員会が泊まるのだから、現在も合宿所と言っても差し支えないだろう。
「隊長、院は......」
夏木が不安げに言う。
「今から話す」と新川が夏木の言葉を遮る。
「先にも言ったが今回の指令は"恐怖"の討伐だ」と新川は部隊を鼓舞するように言う。「つまり、院は我々にそれだけの――"恐怖"に打ち勝てると判断したのだ」
「......決行は明日の正午。各々、覚悟をするように」
〇
「先輩」
二段ベッドの上で策戦を眺めていると、夏木が上がってきた。
「少し出かけませんか?」
「室内だぜ」
「安全な場所は幾つかあるんですよ」
夏木に促されるまま、部屋の奥の窓に足をかける。
不思議なこことに窓の外は民家に繋がっていた。いや、不思議なことではないのかも知れない。ここは建物と建物をつなぎ合わせて作られたのだから、窓の外が建物の中でもおかしくはない。
窓を出ると、そこは食器棚の中。少し高さはあるが飛び降りるのに躊躇する程ではない。あるとしたら、本来食器があるはずの場所に自分がいたことへの違和感だけだ。
先ほどはカーペットだったのに、今は木製の床に立っている。
とても狭い部屋で、家具の上に家電を乗せていて、それは必要な物をテトリスのように何とか詰め込んだ風だ。
少しして、夏木が食器棚に現れる。
食器棚で身体を丸めていた。片足が上がっているためスカートが膝の上でへたっている。
「......訴えますよ」
最低限の居住スペースがあるようで、足の短いテーブルと奥行きのある腰高窓にはテレビが設置されている。テーブルの下にはタオルケットが丸まっていた。
「奥の部屋には台所があります」
「水は出るの?」
「ええ、意外とちゃんとしてるんですよ」
そういって、夏木は隣の部屋に消える。勢いよく水がステンレスにぶつかる音がした。しばらくして、夏木は水の入ったコップを両手に持ち現れた。
「討伐は滅多にないことです」
水を一口飲み、夏木は言う。
「隊長も言ってましたが、討伐は"院"が部隊戦力が討伐対象に匹敵すると判断した時のみ、発令されます......」
「勝てはするけど、無事かどうかは考慮されていない」
「はい。結局、私達は消耗品なんですよ」
「......」
「ああ、そう言えば"院"について説明してなかったですね」
「何となく分かるよ。上層部的な奴だろ」
「委員会が手足で、院は頭脳」と夏木は言う。「まあ、彼等にとっては尻尾程度の認識でしょうが」
「逃げる......ことは出来ないのかな?」
「無理ですね。任務が完了しない限り、電車は着ません」
そう言えば、時刻表がなかったがそういうことだったのか。
「大丈夫ですよ。100%勝てる戦いです」
〇
後日、正午。
部隊は新川を先頭に建物内を行軍していた。
目的は"恐怖"のエンコの討伐。
階段を幾つか上る。布地だった階段はいつの間にか螺旋になり、錆び付いた板張りの階段に変わっていた。部隊は一歩ずつ慎重に進んでいく。
アパートの外廊下に出た。しかし、そこには本来有るはずの"外"がない。代りに白色のコンクリートと壁と位置が上にずれた窓があるだけだ。そのため、今までの廊下より幾らか暗闇がかっかっている。
「ここが唯一の未調査エリアだ」
未調査エリア――"恐怖"の居場所だ。
新川は慎重にアパートの1室1室を調べていく。
201、202、203......。
部隊に緊張が走る。
最後の1室――211。
扉を開く。
他の部屋同様に平凡な玄関だ。靴があり、靴箱がある。靴箱の上には家族写真が置かれている。
211号室の廊下を抜ける。
〈kids room〉
玄関からその部屋は直線に置かれている。
「......」
新川は部隊に合図を送る。
夏木と上崎を後方に下げる。
扉が開く。
他の部屋よりも1部屋ほど広い。家具がないのも相まって本来よりも幾らも広く感じる。唯一家具と言えるのはアンティークの椅子に座った巨大なウサギの人形だけだ。ちょっとした運動会でも開けるのではないだろうか。
いや、実際この部屋には5才ほどの子どもが沢山いて手足を投げ出すように走り回っている。
互いに手を繋いで、純粋な言葉で語りあっていたり、回ったり、追いかけたりと賑やかな部屋だった。
「......新川」
「分かってる。今はウサギだけに集中しろ」
〇
"カタナ"の側面をなぞり、ボタンを押す。
箱から圧縮された空気と柄がが射出される。
ここにいるのはエンコと偽物の子ども達だ。
"カタナ"を抜くのに抵抗はない。
集中しろ。
策戦通りに動けばいい。
新川が"カタナ"を起動させる。
部屋に合わない銀色の刃が短く空間を切る。
その合図と共に、ウサギに向って直進していく。
新川はそれに対して右に弧を描くように合わせる。
依然、ウサギは椅子に項垂れている。もしかしたら、このウサギはただの人形でここには"恐怖"はいないかもしれない。しかし、数の分はあるものの総戦力は向こうに軍配が上がるだろう。こちらは策戦とギャンブルで行くしかない。それほどに人間とエンコには性能の壁があるのだ。
"カタナ"を脇に構え、刃先をウサギの胸に突き刺す。
「ッ!」
ウサギは身体をびくりと痙攣させる。それから、身体に空気が入るように膨らみ、破裂する。それに連動して周りの子ども達も同じように身体が膨らむ。ただし、ウサギと違い構造が複雑なため膨らむ箇所が異なっている。鬼ごっこしていた男の子は足が腫れ、おままごとをしていた女の子は片目が......といった具合だ。彼等は走りながら、笑いながら爆発する。
彼等は人間ではないようで、破裂した中身は色とりどりの紙吹雪だった。
「......春太!!後ろだ!!!」
新川が叫ぶ。
紙吹雪により視界は彩色で不明瞭。
新川の声に反応し、後ろを振り向く。
破裂する子ども達の中に一人だけ、紙吹雪にならず、膨張し続ける子どもがいた。和やかに笑う女の子は首に大きな腫瘍が出来、瞬く間にそれが大きくなる。まるで宿主から寄生虫が這い出るような気色の悪さがある。
紙吹雪の隙間から女の子から這い出るウサギの人形の顔と右半身が覗く。
ウサギは半身のまま、巨大な手で春太を潰そうと振り上げる。
エモーショナーズ ぽこちん侍 @pokotinnzamurai
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。エモーショナーズの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます