第5話

 電車はしばらく海上の線路を走り、大陸――大和瓦外に上陸した。

 かといって、船のように港に停まるわけではない。海から陸に上がる時、ガタリと車体が揺れる。春太以外のメンバーは海の上や、大和瓦外の景色には興味がないらしく、眠りについている。足元の暖房が眠りを誘うのだ。


 車窓から覗く景色は形だけの建物と、無作為に伸びた背の高い草花だった。

 それは形骸と表現するには些か乱暴に思えるし、遺跡と表現するには歴史がなさ過ぎる。ここで人間が営み、支配していたのが信じられない。たったの十年かそこらでここまで退廃的になってしまうのだ。


 きっと、観測していない数年で様々な災害があったのだろう。それはエンコ災害に限ったものではない。田んぼ――今は花畑になっているが――には漁船が三台横たわっているし、地面も傷口のようにパックリと開いている。


 〇


 一つ、大きく取り込んだ空気が身体から眠りをかすめとり、それを含んだ温かな息と共に目を醒ます。


 薄ぼんやりと眠りに着く前の事が頭に浮かぶ。

 私は何をしているのだろう。姉が空っぽになったというのに、思い人――姉の恋人と一緒になりたいなんて......薄情だ、淫乱、恩知らずもいいとこだ。だけど、先輩もひどい人だ。私を見ているとき、彼は姉さんと重ねていた。ここにいるのは私であって、姉さんじゃない。......やっぱり私は醜い。


 正直に言おう。

 姉さんがああなって、先輩が誰のものでもなくなって、私は喜んでしまった。けれども、先輩の心には姉さんが常にいて、私にいない人を投影している。最低だ。


 姉さんが憎い。だけど、姉さんに会って話を聞いてもらいたい。叱られたい、慰めてほしい。

 

 「......つきましたか?」と私は先輩に言う。

 目覚めたばかりの私は無防備で、きっと先輩を困らせてしまうだろう。それに、"つきましたか?"なんて聞いても、初めてここにくる先輩にわかるはずがない。

 だから、できるだけ意地悪に、子どもっぽく言う。


  〇


 停車する。

 「準備だ」

 前の車両から新川が出てくる。


 部隊のメンバーは新川の端的な端的な号令に従い、網棚から縦長の工具箱のような箱を取り出す。

 「岬くんの"カタナ"はこれかな」

 上崎が両手でひときわ大きな黒く無骨な箱を持つ。

 


 終点にはプラットフォームはなかった。

 住宅街の真ん中に線路が引かれており、電車は軽自動車が二台通れるかどうかの狭い場所に停車したようだ。


 電車から地面まで意外と高さがある。

 なにより"カタナ"の重量が飛ぶのを躊躇させる。

 "カタナ"――おそらくは刀だろう。それには柄があり、鞘がある。形状は刀で間違いない。しかし、それには棟にそった鞘ではなく、寸胴で、工具をしまうための長い箱のような単調な見た目だ。それに、鞘には両端に小さな穴があり、そこに肩にかけるための紐がかけられている。美術品というわけではなさそうだ。


 「今回の目的は"継ぎ接ぎ街"にて恐怖のエンコの討伐だ」

 「討伐ですか」

 「ああ、"院"がそう判断した」

 「その前に......」と新川がこちらを見る。「"カタナ"の使い方を教える」


  〇


 「ってきり隊長さんと稽古するのかと思ってたぜ」

 目の前に用意されたのはコンクリート性の丸さが目立つキャラクターだ。というかポムポ〇プリンだ。

 「なにを言ってる?味方同士で戦うわけがないだろ」

 「だからって、これはちょっと......」

 「これではない。ポムポ〇プリンだ。我ながらいいできだ」

 コンクリート製のポムポムプリンは新川によって作られたゴーレムだ。

 

 「"カタナ"にはそれぞれの形・能力がある」

 新川は肩に二つ長箱をかけていた。そのうちの左の箱の側面のボタンを押す。

 箱の端から柄が射出される。握るための指の形がかたどられた柄だ。

 「出し方は分かったか?」


 箱の側面を掌でさすり、突起を探す。ボタンは思いのほか固く、強く押す必要があった。箱から圧縮された空気が抜ける音がして、それから下向きに4つ、上に一つの凹みのある柄が出てくる。


 刃が長いので肩を回す様に抜き取る。箱と刃の間には電磁的な対極があるのか、スムーズに出てくる。不思議な感覚だ。


 「......これが"カタナ"」

 「そうだ。能力は"カタナ"に感情を流せば発動する」

 「これに刺すのか?」

 「これじゃない。ポムポム......」

 「ああ、わかった」


 そうこうしてる内に、ポムポ〇プリンがよたよたと足元に歩いてくる。

 (いや無理だろ)

 身体を振り、何やら助走を付けている。2、3して助走を付け、短い足で脛を蹴ってきた。

 「いっっっったぁ!!!」

 思わず声が出てしまった。何これ痛い。

 「コンクリ製だからな」

 「全然ポムポムでもプリンでもねぇなあ」


 可愛らしい鉄筋コンクリートが2発目を準備している。

 流石に脛が保たん。

 南無三。

 荒ぶるそれの腹に刃を入れる。刃は鋭く滑らかに腹の中に入っていく。


 「うわぁ」 

 上崎の声が漏れる。

 「......最低」

 夏木の視線が刺さる。

 「傑作が......」

 お前の所為だろ。


 刃を刺してもなお荒ぶりが止まらないので、そのまま"感情"を流す。その正体が慈愛だか、怒りだか、なんだか分からないが、酸素を全身に送るように、"カタナ"にも"感情"を送る。


 すると、ポムポムプリンの身体が膨張し、亀裂が走り、破裂する。


 「「「......」」」

 

 「いや、なんだよ」



 

 

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