第4話

 幾つかの立ち入り禁止の札を越えて、下田駅――大和最南の駅に着いた。ここは大和と大和瓦外を繋ぐ唯一の駅なのだ。もちろん、関係者以外は侵入禁止されている。というか、そんな駅があること自体知らなかった。


 実技を終えてそのまま、ここに来たのだから、委員会には配慮やいたわりはないのかもしれない。野口さんは、「この先に嫌な奴がいるから」と言って駅が見える前に引き返してしまった。幸い、"立ち入り禁止"の札が目印になっていたため迷うことはなかった。


 下田駅は舗装された道路と砂利の駐車場の中にポツンと建っている。磯の香りが海を匂わせる。


 〇


 瓦屋根の小さな駅だ。

 木製の壁は色落ちしている。

 小さいだけでなく、古い。


 十二分割された窓ガラスが風に吹かれ、縁の中で暴れる。

 暖炉とそこの周りに設置された長椅子にも、よく使われていた物特有の部分的なへこみがあった。暖炉はカンカンと音をたて、暖色の明かりを強調する。たしかにここ数日でめっきり冷え込んだ気がする。


 〈say your wish!〉

 窓口の上に真鍮のプレートがあった。

 ――願いを言え!


 「あのー」

 猫が一匹通れる程の小窓に向って言う。

 特殊な場所だと言っても、ここは駅だ。きっと切符が必要なのだろう。

 窓口はガラス張りのため、中の様子を覗くことが出来る。

 

 戸棚の上には木彫りの熊や赤べこなどの小物。小窓の壁に設置されたテーブルには大和瓦外行きの切符が束になっている。ここで切符を買うのは間違いなさそうだ。その他には年度遅れのカレンダーとパイプ椅子が一つだけ。

 この部屋には誰もいない。


 駅の暖気にやられ、しょぼついた目をぐっと閉める。そして、ゆっくりと開ける。


 「君が新しく入った岬春太くんだね」

 目の前――窓口の中には女がいた。

 瞬きの一瞬の間だった。その間に足音はおろか、扉を開ける音すらしなかった。

 背の高い女性だった。同じか少し小さいかほどの背丈で、半袖のシャツは彼女の体格に耐えれないのか第二ボタンまで開けていた。銀髪のくせ毛は背中まで伸びている。


 女は前髪をかき上げ、勝ち気な顔を見せる。青色の瞳とやけに整った顔だ。

 「初めまして」

 「君に事はよく知ってるよ。ああ、そうだ。自己紹介がまだだったね」

 女は窓口に設置されたテーブルに肘を突き、旧太に顔を近づける。

 ガラス越しの顔は綺麗だとか美しいだとか、一言で言い表すことのできないものだった。


 「知識のエンコ――コンプ」

 咄嗟に構える。

 「"悪魔は絵で見るほど黒くない"」

 「でも悪魔は悪魔だ」

 「悪魔じゃなちゃ叶えられない願いもある。そうだろ、岬春太」

 コンプは含みのある笑みを浮かべる。


 「君は私に会うために委員会に入った。断言しよう――私は君の願いを叶えることが出来る」

 彼女は目を見たまま、タロットを読み上げるように言う。

 「それは......」

 「ただし、先払いだ」

 対価と言ってもいい、と彼女は言う。

 「"絶望"を殺したまえ」

 

  〇


 プラットフォームには既に電車が停車していた。

 何の変哲もない三両編成の電車だ。

 ここから海が見えるが思いのほか感動しなかった。

 

 黄色線を越えると圧縮ドアが開く。

 普通の電車ではないようだ。大和瓦外に行くのだから、この電車は海を越えるのだ。普通な訳がない。そもそも、この乗り物を電車と呼んでいいのだろうか。

 線路は何度かの湾曲した後、海の方に向っていく。視程外の線路は大和瓦外に繋がっているのだろう。


 圧縮ドアが開く。

 「おはようございます」

 と、夏木が言う。

 車内には彼女の他、誰もいなかった。


 夏木は文庫本を閉じ、ガラガラの座席を横にずれる。

 「隣いいかな?」

 「どうぞ」

 彼女に促されるまま、横に座る。

 「なんだか学校にいくみたいですね」

 「確かに、意外と緊張感がないな」

 「緊張......してないんですか」

 夏木は少し俯き、目線だけをこちらに向ける。

 車内は明かりが付いていないため、影が張り付き、表情のディテールをぼかす。

 彼女の影に、美咲の顔が重なり、戸惑う。

 「ふふ」と夏木は静かに笑う。「冗談ですよ。とても良いと思います」


 ――ごっふ!

 車両の端から咳き込む音がした。

 驚き、二人でその音の方向を見る。


 学ランと学帽の青年だ。

 彼は座席で、背を丸め眠っているふりをしている。その証拠に先ほどの咳が治っていないのか少しむせている。


 そう言えば、部隊は4人編成だったけ?


 夏木に視線を送ると、夏木は肩をすくめ、下を向いたまま誰にも聞えないぐらいで唸っている。

 「あちらの狸寝入りをしている影の薄い方が上崎さんです」

 

 紹介され、青年――上崎のむせのリズムがずれる。

 (狸寝入りだな)

 閑念したのか、上崎は顔を上げておろおろしている。

 前髪が顔にかかっているため表情は見えないが、目が泳いでいる。


 「あっ、あの、いや、その狸寝入りというか、そのタイミングを逃しちゃって、邪魔するつもりはなくて、あのその......」

 上崎は胸の前で手の平で空を掻いている。


 「えっと、岬春太だ。よろしく」

 「......上崎幸一です。よろしく」

 上崎と握手をする。


 「あっ......あと、僕、3年」

 「失礼しました。先輩とは知らず、上崎先輩」

 年上だったのか。

 「いや、そっ、そういうつもりじゃなくて、あのその、順序を間違えちゃって、」

 「いえ、改めてよろしくお願いします」

 「うっ、うん。よろしく」

 改めて握手をする。


  

 



 

 

 



 

 




 

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