第3話

 感情処理委員会、会議室。

 

「......逃げなかったんだな」

 学帽の青年が言う。彼は学帽とマントのような外套に身を包んでいる。彼の精悍な顔立ちから、学生というよりは軍人を連想させる。


 秘密機関だからか――廃校を使っているからか――彼を囲むように面と面をくっつけた2対の机が並べられている。その中心に置かれた椅子に腰掛けている。


 外套の中から書類を取り出す。

 「執念のエンコ――オブセスの単騎撃破。それもトリガーの発現して間もなくか」

 青年は書類と春太を見比べて、一呼吸置く。

 

 「岬春太、君を感情処理委員会に歓迎する」

 青年――新川信時が言う。


  〇


 「早かったですね」

 会議室の外で、夏木が待っていた。

 「意外とすんなりだったな」

 「でもホントに良かったんですか?」と夏木が言う。「大和瓦外は危険ですし、正直捨て駒ですよ」

 「役があるだけましさ」


  〇


感情処理委員会――大和瓦外の調査を目的とした組織。15~18歳のトリガーが調査メンバーである。また、トリガーとしての素質は感受性の高さによって決まるため、年齢と共に能力は閉塞すると考えられている。


  〇


 数日後の早朝、アパートにタクシーが止まっていた。

 そう言えば、今日が大和瓦外の調査日だったか。

 「すいません。少し遅れてしまうかもしれません」

 ゴミ袋を片手に、運転席の男に言う。

 男は、大丈夫ですよ、とにこやかに答える。

 眼鏡をかけた壮年の男性だった。その笑顔には何処か疲れて見える。


 タクシーは揺れもなく一定の速度で走っていく。早朝というのもあり、走りを邪魔されることもない。そう言えば、夏木ちゃんも今日来てるのだったっけ。

 「お手伝いですか?」

 運転手が口を開く。一瞬なんの事かと思ったが、今朝のゴミ袋のことだろう。

 「いえ、一人暮らしなので」

 なるべく悲壮感が出ないように注意する。

 「そうだったんですね。若いのに大変ですね」

 トンネルに入る。 

 メーター横には名刺が立てかけられている。

 〈野口(38)〉下の名前は書かれていない。

 「しかし、私の仕事もなかなかに味の悪いものでしてね」

 運転手の男――野口さんが言う。

 「このタクシーが走る道は外道です」


 「だってそうでしょう。年端のいかない子ども達をあんな場所に連れていくのですよ。まるで獄卒だ」


 「別に君達を哀れんでいるわけじゃありませんよ」と野口さんは注釈を入れる。「君達はそれなりの給料と権利をもらっているわけですから、あくまでも自己責任です」

 「はあ」

 「ただ、薄給で子どもを地獄に送迎する私は可哀想じゃありませんか?」

 男はハンドルを切り、車をトンネルに突撃させる。事故ではない。男は意図を持って車を大破させたのだ。


 〇


 何が起きた......。

 そうだ。あの運転手だ。

 「制服に"恐怖"を流して強度をあげましたか」

 トンネルの暗闇に、男の声が反響する。

 

 肺に空気を取り込み、脳みそを働かせる。

 明かりはあるものの、薄暗く十分な光ではない。

 (なぜ?正体は?いや、今はいい。奴は何処だ。)

 コツコツ......。

 革靴。

 音が消えた。

 前方。それも遠くだ。

 (いや、違う!)

 

 頭上の光に影が被さる。

 運転手の男だ。

 (あの距離からどうやって!)

 男は重力のままに落下し、足と槍の三点で着地をする。

 春太は転がるように避ける。

 「......コンクリートの槍は脆いですね」

 槍は地面と接した瞬間に崩れた。

 コンクリートで高飛び棒を作り、空中でそれを分解し、槍にしたのだ。


 「トリガーなのか?」

 トリガーの能力は18歳から衰退すると言われている。

 「思春期が長いんですよ......ほお」

 槍を避ける際、大破した車のバンパーを手にしたのだ。

 

 「チャンバラでもしますか」

 「ずいぶんとおしゃべりだな」

 「余裕なだけです」


 野口は春太同様、バンパーを拾い上げ、形を変える。

 ――両雄共に形は刀。


 構えた剣先が交差する。

 その瞬間、踏み込んだのは春太だった。

 ただし、ただ踏み込んだ訳ではない。踏み込むと同時に足元の崩れたアスファルトを薄く形状を変化させ、野口の前に死角を作る。


 大ぶりの袈裟切り。

 (取った!)

 そう思った瞬間、形成した薄いアスファルトの層が春太の顔面を捉える。

 「思い切りがいいですね」

 「ごっが!!」

 アスファルト越しに野口の掌底が飛んでくる。


 視界が奪われた瞬間、野口は刀を捨て、掌底にシフトしたのだ。

 

 〇


 掌底を受け、鼻血がでる。

 口内が鉄臭い。口も切れてるのかもしれない。 

 経験と技術は向こうが何枚の上手だ。

 であれば......。

 

 「押し切るしかないよな......」

 春太はその場で何度かジャンプし、筋肉に指令を出す。

 4度目の着地と共に身体を脱力させ、落下と共に前方に推進力を働かせる。

 

 「ッ!!」

 男が反応した時には、春太とつばぜり合いをしていた。

 「余裕なさそうだな」

 「生意気なガキだ!」

 力は春太に分がある。

 

 男はたまらずに後方に逃げる。

 歩をたどり、さらに追撃する。

 金属音がトンネルに反響する。


 (追い詰めた)

 男の後方には大破した車があり、逃げることはできない。

 

 最後の一撃!!

 「......経験の勝ち......ですね」

 男が呟く。

 

 「ッゴ!!」

 刀と刀がぶつかった瞬間、春太の刀が崩れる。

 それと共に、男の膝が春太のみぞおちを捉える。


 呼吸が出来ない。

 不味い、視界が、意識が遠のいていく。

 「ただの鉄に感情を込めすぎですよ」

 なるほど、敗因は気の張りすぎか。

 ......まだ......。


  〇


 「目が覚めましたか?」

 (死んでない)

 春太は状況を把握する。

 ここはトンネルの出口だろうか。草木の青い香りがする。

 「......あの、これはどういう」

 「実技テストです」

 男は人差し指で眼鏡をあげる。

 「こないだは新川さんとの面談があったでしょう。そして今日が実技です」

 「さいですか、それで結果は?」

 春太は寝そべったまま、尋ねる。


 「ええ、合格です」

 男はにこやかに答える。



 「さて、岬さん。歩けますか?」

 「はい。なんとか」

 「じゃあ、歩きましょうか」

 


 

 



 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る