第43話 オープンテラス

 今日のシリウスは休業だ。俺のサボりが理由ではない。店内設備点検の日なのだ。


 設備点検……要は大掃除と補修の日である。休業日ではあるが、ソラちゃんも出勤しての大仕事である。午前中いっぱいかかって店内の掃除とワックスがけを終えた俺とソラちゃんは二人カウンター裏の椅子に座り込んだ。


「いやー、終わったな。これで一段落だ」


「疲れましたねー」


 同意するが、心地よい疲労感でもある。板張りの床にしっかりワックスがかかって艶々しているのを見るのは気持ちがいい。

 夜は、これがランプに照らされる。ランプのほのかな明かりが床に反射して輝くのを見るのは、ひそかな俺のお気に入りだった。


 この世界には電灯はまだなく、ランプかろうそく、後は魔法具の明かりしかない。その中でランプを使っているのは単純な俺の趣味だ。

 俺が掃除を頑張るのも店内をしっかり磨き上げるのもほとんど趣味である。ランプの明かりに輝く店が好きなのだ。このことはソラちゃんにはまだバレてないようで、素直に感心してくれる。


「マスターって仕事のやる気はないけど掃除とかはしっかりやりますよね。素敵だと思います」


「おいおい、俺はいつでも真面目で素敵な店長だぜ」


「もー、すぐそうやって茶化す。たまに素直に褒めたらこれなんですから」


 むうっとそらちゃんは頬をふくらませた後、すぐにまた笑顔になって。


「ところで、今日のまかないランチはなんですか?」


 と聞いてきた。


「そうだな……店の中はまだワックスが乾くまで入れないから、今日は外で食べるか?」


「外? 他のお店ってことですか。私マスターの作る料理がいいんですけど」


「そうか? まかない代として奢るから、遠慮しなくていいぞ」


「遠慮とかじゃなくて、マスターのご飯が食べたいんです。マスターの料理の腕前は王都一なんですから」


「はは、信頼してもらえてうれしいね。よーしわかった、そういうことなら!」


 ◆


 30分ほど後、俺は店の表にパラソルとテーブル、椅子を出し簡単なオープンテラス席を作った。

 テラス席用の備品は、開店した当初念の為に買っておいたものだ。結局客を増やしたくなくてテラス席は作らない事に決め、アイテムボックスにしまい込まれたままになっていたのである。アイテムボックスなのでホコリは被っていない。

 なので今後も使う予定はないのだが、案の定真面目な店員のソラちゃんが反応した。


「わ〜〜〜、素敵じゃないですかマスター! このパラソルも真っ白な木の椅子とテーブルも最高です! なんでこれ普段置いてないんですか?」


「テラス席なんて作ったら忙しくなっちゃうだろ」


「もーー! このだめマスター!!! こんな素敵な席があるのに使わないのもったいないです。今からでも初めましょ、ね、ね!」


「もう秋だからな。外はちょっと寒くないか?」


「なーに言ってるんですか。寒くなってきたからこそ午後の日差しが恋しいんですよ!」


「そういうもんか」


「そーです。もちろん春の温かい気候や夏の輝く太陽も素敵ですけどね」


「ま、来年の夏にやるかどうか検討しよう」


「先送り! 検討! 王宮の政治家みたいです!」


 うがー、とソラちゃんが威嚇してくる。

 ちなみにロワール王国は日本と違って国王を頂点とする絶対君主制だが、議会も内閣もある。議会は貴族しかなれない貴族院だけで、内閣も国王の指名によって決まるので民主制とはとても言えないが、意外と政治の動きは日本とそんなに変わらなかったりする。


 そんなわけで、ソラちゃんも政治家といえば先送り、検討だけするというイメージが付いているのだった。


「まあまあソラちゃん。それよりテラス席を出した最初の目的、昼食にしようじゃないか」


「またごまかして……」


「じゃーん、これが今日の昼ご飯だ!」


「わーーい!」


 ランチボックスを開けばすぐに笑顔になるソラちゃん。うむ、ちょろい。

 料理を見たソラちゃんが顔を輝かせる。


「チキンサンドですか?」


「ああ、バインミーっていうサンドイッチだ」


 バインミーというのはフランスパンを使うベトナムのサンドイッチだ。俺の作ったのは正統派なバインミーとは違うんだが、そこはご愛嬌ということで。

 具材はよく焼いた鶏肉だ。薄切りにした鶏肉をニンニクと醤油で濃いめに味付け、鉄板でよく焼く。唐辛子も少し入れる。

 フランスパンも軽く焼いた後バターを塗り、チキンを挟んでいく。最後にレモングラスを振りかければ完成だ。チキンの濃い味付けにレモングラスの爽やかな風味が合う一品になる。


 一口かじったソラちゃんがとたん笑顔になった。


「おいしー! チキンサンドだけど、香りが特徴的ですね」


「だな。これは俺の出身国とは別の国の料理でな。俺なりにアレンジしているが、味付けが普段と違うのはそのせいだな」


「これもめちゃくちゃおいしいです! さすがマスター」


「はっはっは」


 気に入ってもらえたようで何よりだ。

 ついでに、今日は練乳を入れたベトナム風コーヒーも用意してみた。俺も本場の入れ方を修行したわけじゃないので、あくまでなんちゃってだが。

 アイス練乳コーヒーをソラちゃんに渡すと、ストローで一口飲んで驚く。


「あまーーー。普段のコーヒーやカフェオレよりずっと甘いですね」


「練乳が入っているからな」


 俺も自分の分を飲む。うむ、甘い。だが力の湧いてくる甘さだ。


「この甘いコーヒーはクロワッサンと合わせるとおいしいって聞いたな。クロワッサンも焼いてみたんだが、ソラちゃん食べるかい?」


「もちろんです!」


「気持ちのいい返事だ」


 チキンバインミーとクロワッサン、そして(なんちゃって)ベトナムコーヒーを飲みながら、俺とソラちゃんはしばし外でのんびりする。

 すると、横丁の向こうを歩いていたコハクが俺達に気づいてやってきた。


「あれー? マスターに店員ちゃん、何してるの? お外で昼ごはん?」


「あ、コハクさん! そうなんです。マスターったらこんないい席隠してたんですよ」


「お外のテラス席、気持ちよさそうだねー」


「でしょー。コハクさんも一緒にどうですか」


「いいの? でもお店休みなんじゃ」


「いいんですいいんです。どうせ年中サボっているマスターですから」


「おい」


「それじゃあお言葉に甘えて……お邪魔します」


 コハクがおっとりとした仕草で空いている椅子に座る。

 やれやれ。仕方ないのでコハクにもベトナムコーヒーとチキンバインミーを勧めた。

 コハクはベトナムコーヒーを飲んでぱあっと顔を輝かした。


「おいし〜〜! これおいしいよマスター。私の好きな味。濃くて甘いのがおいしい」


「ほう。そりゃ良かった」


 コハクがそんなに気に入るとはな。


「ねえマスター、これってメニューにあるの? 私今度頼みたい」


「うーん、メニューに加えるのはなあ……」


 今日だって気まぐれで作ってみただけだ。練乳もそんなに簡単に手に入るわけじゃないし。

 ソラちゃんがすかさず反応する。


「ええー、せっかく需要あるならメニューに加えましょうよ! 商売大事です!」


「忙しくなるからやだ」


「もーー! ダメマスター!」


「あははははは」


 ベトナムコーヒー片手にコハクがころころと笑う。

 穏やかな秋の午後だった。

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2025年1月11日 19:05 毎日 19:05

「マスター、こんなんじゃお店潰れちゃいますよ〜」と言っている店員の娘は、俺が元SSSランク冒険者なことをまだ知らない 氷染 火花 @koorizome

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