3-2 親友の見た花火
週末日曜日、花火大会の日の朝。
頭が痛い、動きたくない。
体温計で熱を測ると三十八度を超えてしまってる。
よりによって、今日風邪ひいちゃうのか。
ベッドの中でもぞもぞしていると、旦那様が声をかけてくれる。
「大丈夫?」
「うん、ちょっとダメかも」
「熱測った?」
「熱出ちゃってる」
「お粥食べれる?」
「うん、ありがとう」
気にかけてくれるのもお粥作ってくれるのも嬉しいけど、結構だるい。
なんとか、今日の花火は行きたい。
十年前の彼女もこんな気持ちだったんだろうか。
ここ数日、今日のために彼女と準備してきた。
久しぶりの彼女とのやり取りは、昔に戻ったようで楽しい。
本当に仲が良かったんだなー、と思う。
こんな友情を、私が無くしてしまったことを少し悔やむ。
彼の頭から彼女を追い出すために、準備の様子も全部彼に伝えて彼女と私の仲がいいことをアピールしてきた。
彼女が私の親友だということをしっかりと理解してもらって、恋愛対象のポジションから彼女を除外してもらうための仕込みはバッチリだ。
天気も快晴で、準備の完璧なんだけど。
頭痛い。
布団でもだえていると、彼が声をかけてくる。
「花火無理だな」
「うーん、そうだよね」
無理かあ。
でも、この花火大会は大事なのだ。
絶対、行きたい。
「連絡しときな」
「うん、わかった」
あ、やっぱり無理。
こんな状態で花火いっても、グダグタするだけで意味ないや。
壁にかけておいた浴衣をみて、作戦ができないことに悲しくなってしまう。
ため息をついて、彼女に連絡する。
『ごめんなさい、熱が出ちゃって今日花火行けそうになくなっちゃった』
『気にしないで』
『せっかく二人で準備したのに。本当にごめんなさい』
『うん、まあまた来年行こうよ』
すぐ返事を返してくる彼女。
昔とは立場が逆になってしまった。
なんとしても、彼女の問題をクリアにしておきたかったのに。
……ん?
そこまで考えてふと思いつく。
私いなくても、大丈夫かな。
吹っ切ってもらうなら二人で行ってもらったほうがいいかも。
せっかく準備したし。
熱に浮かされた頭でそんなことを考えた。
彼に向かいなおして、聞いてみる。
「あのね、私の代わりに花火大会行ってくれないかな?」
「え?」
予想外だったのだろう、彼は驚いている。
それはそうだ。
普通に考えたら、妻が、旦那を、別の女性と花火大会に行かせるとかどうかと思う。
でも、この花火は彼の彼女に対する未練を断ち切るためのもの。
彼女の思い出と区切りをつけてもらうための儀式。
「だって、あの子わざわざ花火のためにこっち戻ってきたのに可哀そうだよ」
「まあ、確かに」
「でも、地元に一緒に行ってくれる人いないだろうし」
ついでに、彼女を思うそぶりを見せる。
私と彼女の仲の良さと、私の彼に対する信頼をアピールする。
彼女は妻の友達であることを認識させて、万一にも間違いがないようにする。
彼は動揺してつぶやく。
「いや、浴衣とかないし」
「甚平でいいんじゃないかな、この前買ったやつ」
「ああ、買ってたね」
昔私といった時は自分の服装とか気にしてなかったじゃない。
と思いつつ、いつかまた花火大会に行くときに彼に着せるためにかっておいた甚平をすすめる。
妻である私が選んだ服を着せて、間違いを起こさせない。
「じゃあ、いってくれる?」
「わかった、いくよ」
「ありがとう、楽しみにしてるって伝えておくね」
彼とは話がついたので、彼女に向かって連絡してみる。
『先輩、行けるから一緒に行ってきたら?』
既読がついて、すぐに返事が返ってくる。
『ちょっと、何言ってるの? 先輩に迷惑かけちゃダメだって』
『大丈夫だよ? 事情と相手を説明したら行ってくれるって』
すぐに行きます、というような彼女じゃないことはわかってる。
でも、行きたいはずなんだ。
今はどうかわからないけど、十年前あれだけ好きだったんだもの。
『いや、やっぱいいよ』
『先輩楽しみにしてる、って言って甚平準備してるけどやめておく?』
彼が会いたいといえば、彼女は絶対に断らないこともわかってる。
『わかった、私も楽しみですって伝えておいて』
『うん、伝えておくね。じゃあ予定していた時間に集合してね』
『ありがとう。あ、お大事にね』
『こちらこそ。ごめんね、行けなくて』
彼女はやっぱり断らなかった。
まだ、好きなのかな。
だとしても、だからこそ。
ここでその気持ちは終わりにして欲しい。
十年前、私が終わりにした花火大会の場で。
話もついたし、彼に話しかける。
「行くって。あの子も楽しみにしてるって」
「そう」
「あ、待ち合わせ場所はわかる?」
「コンビニだよな」
「ありがとう、ごめんねって伝えておいて」
「わかった」
棚にしまってあった甚平を取り出している彼を見ながら、目を閉じる。
昔見た花火を思い浮かべながら、布団の中で眠りについた。
その日の夕方。
まだちょっと熱はあるけど、気分はだいぶ良くなった。
彼を花火大会送り出して、ベッドに戻って横になる。
この時間に出たら、待ち合わせの時間よりも早くつく。
彼女は花火大会付近が混むことも見越して、早めに到着するように行くだろう。
彼もそれを見越してはやめに行ったんだろう。
久しぶりなのに分かり合えている感じが、少し羨ましい。
わかり合っている二人だけで花火大会に行かせてしまって大丈夫だったのか、とちょっと不安になる。
でも、大丈夫。
彼は、私の元に戻ってくる。
彼女は、私の友に戻っていく。
そう信じてベッドで目を閉じる。
うとうとしていると、遠くから聞こえる花火の音で目が覚めた。
ベッドの上から窓に目をやると、建物の隙間から遠くに小さく花火が見える。
「ここからでも花火見えたんだ」
花火会場までは距離もあるし、建物に邪魔されて見えないと思っていた。
二人は今、どこで花火を見ているだろうか。
どんな雰囲気だろうか。
「なんか、つらいなあ」
想像してつぶやいたら気がめいってきた。
自分が仕組んだことなので、自業自得なんだけど。
花火を見ながら二人の会話は弾んでいるだろうか。
彼と彼女が話し出すと、いつも二人だけの空気感をつくってくるのでとてもうらやましかった。
十年ぶりでも同じような感じなんだろうか。
そんなことを考えながら、窓の外に小さく見える花火を眺める。
次から次へと花火が打ち上がる。
遠い夜空に、水面にばらばらと石を投げ込んだように光が広がっていく。
それを追いかけるように、花火の破裂音が建物を揺らす。
次々と小さく花が咲き、追いかけるように音が私を揺らしていく。
壁に掛けた朝顔の浴衣と一緒に、一人私はそれを眺める。
人々が、彼と彼女がいるであろう場所の外にいることを実感してしまう。
「やっぱさみしい」
ひとり、呟いた。
余計なことをしなければよかったかな。
花火が一つ広がっていくたびに、十年前の思い出がよみがえる。
彼と一緒に幸せな時間と、体調を崩した彼女に対してしてしまった仕打ちを思い出す。
彼女は本当に親友だった。
でも、私は親友よりも彼を選んだ。
そのことは後悔していない。
だって、私は心から彼と一緒になりたい。
でも、そうか。
彼を選んだ以上、友情は捨てたつもりだったけど。
もし、彼との愛情と彼女との友情を両立させられるのであれば。
花火にみんなで行きたかった。
そんなことを思っていると、最後の花火らしい大掛かりな花火が打ち上がる。
とても遠いところで、私の想いを乗せて飛んでいく。
夜空を埋め尽くさんばかりに光が広がり、一際大きな爆発音が建物を揺らす。
私は、花火をみながらつぶやく。
「ごめんね」
彼女のことを思ったら口に出た。
結局、彼も彼女も二人とも好きなんだ。
あんなに彼女にたいしてひどいことをしたのに。
謝ってしまいたい、彼女とまた仲良くしたい。
そんなことを思う。
でも、彼女は私を責めない。
彼女は私のした仕打ちを私の罪と思っていない。
なので、私の抱えたこの罪は一生責められない。
だからこそ、私は彼女に謝れない。
私自身が楽になるためだけの独りよがりの謝罪は意味がない。
結果、一生許されない私だけの罪。
花火で彼との思い出にひたれるかと思いきや、罪ばっかりが思いおこされて泣きたくなる。
これ以上見ていたらおかしくなりそうだったので、カーテン閉めようとしたら花火がもう上がってこないことに気づいた。
どうやら、花火大会は終わったようだ。
「終わったかな」
彼のことだ。
彼女を家まで送るだろう。
そして、送り終わったところで私の旦那様に戻るはず。
彼女のことだ。
彼に送ってもらって喜んでいるだろう。
でも、送り終わったところできれいに吹っ切ってくれるはず。
結局私はわがままなんだ。
無神経と言われようとも、過去にした仕打ちを忘れずに彼女との友情を取り戻したい。
欲張りと言われようとも、彼との愛情と、彼女との友情、どっちも私は手に入れたい。
「来年は三人で花火いけるといいな」
自分の薬指と、壁にかかった朝顔の浴衣と、もう花火が上がらない夜空を眺めながら呟いていた。
夜空の花を見上げて 花里 悠太 @hanasato-yuta
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