3-1 思い出に挑む招待状

「結婚式の招待状、準備大変だなあ」


 つぶやきながら、封筒に結婚式の招待状をたたんでいれていく。

内職みたいで大変だけど、これも待ちわびた結婚式につながっていると思えば楽しい。

ほんと、ここに来るまで十年以上かかったのだもの。


 でもまだ油断はしない。

招待状だって、明日の大安吉日の消印で送れるようにする。

縁起でもなんでもしっかりと担いで、万全な体制で結婚式を迎えるんだ。


 ここまで長い道のりだった。

先輩にアタックして付き合い始めてからも、ずっと私と一緒になってくれるか不安だった。

でも結婚式をあげれば、一つ区切りになる。

大好きな私の旦那様と一緒な姿をお披露目して、ずっとずっと一緒で幸せになるんだ。


 そんなことを思いながら、せっせと折り紙して封筒に入れる。


 残る封筒は最後の一つ。

封筒の送り先を確認して、軽く息をつく。


「大丈夫、大丈夫」


 そこに書かれている名前は、高校時代の友人。

親友同士と思われる程度には仲良くしていた子だ。

しっかりして、かっこよくて、頼りになるのに中身はかわいくて、いつも一緒にいた気がする。


 しかし、彼女が大学進学で上京して地元を離れて以降にあまり連絡取らなくなっていた。

連絡取りづらくなった理由が、旦那様となる先輩だ。


 物静かですごく気配りのできて、顔もタイプで、今も昔もずっと好きな人。

彼女も先輩が好きで、二人で先輩のことを熱く語っていたのも今や昔。

先輩のことを二人で話して、仲良くしている時間はずっと続けていきたかった。


 けれど、その関係を高校三年生の夏に私が終わらせてしまう。


 受験の追い込み前最後、羽を伸ばそうと思って彼女と二人で花火大会に行く予定を立てていたのだが、当日彼女が体調を崩してしまった。

お互い浴衣も準備して気合い入れていたのだが、何ともついてない。


 彼女から電話がきて謝られた。


『ごめん』

『気にしないで』

『せっかく浴衣準備したのにね。せっかくだから誰かと行けるなら行ってきなよ』

『うん、行ける人いないか探してみるね』


 楽しみにしていたのでがっかりしたのだけど、気にしないでと返した。


 直後。

ふっと先輩の顔が浮かび、気づけば先輩に連絡していた。

彼女の体調不良に付け込むようで気が引けたけど、それも仕方ないと自分に言い訳してた。


 そのあと、先輩と二人で花火大会に行った。

先輩は優しくて、かっこよくて、夢のような時間だったのをよく覚えている。

人混みがひどくて会場まで行けなかったが、近くの花火が良く見えるところで花火を見た。


 他愛ない話をして、時間がたった。

次々と打ちあがる花火を見て、色々な話をした。

先輩と二人の時間がずっと続くと嬉しいな、と思っていた。


 一時間ほどで花火が終わり、家まで送ってもらった。

去り際に挨拶をする。


「先輩、またあってくれますか」

「うん、またな。今度は三人かな」

「え、あ、はい」


 三人といわれてショックを受けた。

彼女との友情を裏切ってきたことを責められているように感じた。

でも、先輩と一緒にいたい気持ちは抑えることができない。

先輩と一緒にいるためにはなんでもすると決めた。


 数日後、塾の夏期講習で彼女と会った。

花火に行けなかったことを謝ろうとする彼女をとめて、物陰に連れていった。


 そして、先輩と付き合うことになったと報告してしまった。


「花火、たまたま先輩の予定も空いていて一緒に行ったの——」

「そこで告白されて——」

「でもこのことはちゃんと言わなきゃって——」


 先輩と一緒にいるために、彼女に噓をついた。

もし私と先輩が付き合っているとなれば、彼女は先輩には手を出さない。

それは確信だった。


 私がしゃべっていたことを受け止め切れていただろうか。

彼女は、その偽りの報告を聞いても、表情変えずにおめでとうといってくれた。

でも、全く表情が変わらないので逆にショックを受けていることがよくわかる。


 良心の呵責があった。

彼女のことは本当に大事だった。

けど、それでも、私は先輩と一緒にいたかった。


 以降、彼女とは話し辛くなった。

何をしゃべってもボロが出そうだし、先輩の話を彼女から聞きたくなかったし、ふと謝ってしまいそうだった。


 ちょうど受験シーズン本番を迎えて彼女のほうから距離をとるようになってくれたのはありがたかった。

私も受験勉強に集中して、先輩が通う地元の大学に進学することが決まった。


 受験が終わった半年後、彼女は逃げるように地元から離れていった。

やりたいことができた、みたいなことを言って私に気を遣ってくれていたのも相変わらずだった。

私も彼女と積極的には連絡を取らないようになって、早十年がたった。


 高校卒業後、上京した彼女とは会っていない。

連絡も時々するが、当たり障りのない会話をするくらいで本当の意味でのコミュニケーションは取れていない。


「このままじゃ、よくないよね」


 やっぱり彼女の問題をクリアしないといけない。

おそらく、当時、私の旦那様は私より彼女のほうが好きだったのだ。


 ……もしかすると、今でも。

彼女が距離を取ってくれたことでゴールまでたどり着く直前の、今でもだ。

私が彼と一緒になるためには、あのタイミングであのやり方しかなかった。


 仕方なかったとは言え、彼女との友情を失った。

大事なものと引き換えに手に入れた彼との幸せについては絶対手放さない。

それでも、ずっと避けていた彼女との関係を何とかしなきゃと思っていた。


 かたをつけなきゃ。

決意も新たに、招待状を彼女あての封筒に押し込んだ。



 数日後の夜。


 彼と一緒にリビングでテレビを見ている。

テレビでは、次の日曜日に開催される花火大会が取り上げられていた。


「懐かしいな」

「懐かしいね」


 つぶやいた彼に、私も応える。

憧れの先輩だった彼との初デートがこの花火大会だ。

この花火大会をきっかけに、私と彼が近づき、彼女は離れていった。

そこからは何とか彼を手に入れるべく必死な十年間を過ごしてきた。


 友情を切り捨ててまで彼を求めたんだ。

私は、絶対に彼を手放さない。


 そんなことを考えていると、手元のスマートフォンに通知がきた。


 通知の相手は、彼女だ。

久しぶりの連絡に、少し緊張する。


『久しぶり!』

『あ、久しぶり! 元気だった?』

『結婚式招待状届いたよ、おめでと』

『ありがとう!』

『招待状は別に返すけど、式参加するね。楽しみにしてる』

『え、ほんと? うれしい!』


 彼女のほうはもう吹っ切れたのだろうか。

それとも、これも空元気なのだろうか。

わからない。


 わからないけど、大事なことは彼と私の関係を彼女に認めてもらうことだ。

結婚式の場で出会えれば、彼は私のものとして確定できるかな。

恋のライバルという関係ではないということを明らかにして、新しい関係を築きたい。


 そう思いながら、彼に彼女が式に参加することをつたえる。


「よかった、あの子結婚式参加してくれるって」

「ああ、そう。よかった」

「久しぶりだー」


 一瞬、彼の顔に浮かんだ表情が目に留まる。

なつかしさなのか、憧れなのか。

そうか、やっぱり彼の中には彼女がまだいるんだ。

叫びたくなるようなもどかしさが押し寄せる。


 彼は絶対に手放せない。

親友で好きだった彼女だが、彼の頭の中にいるうちはやはり仲良くはできない。

なんとか、彼の頭の中から彼女を追い出したい。


 ではどうやって。


 と思った時にテレビにうつる花火が目に留まって、口にでた。


「あ、そしたら今度花火大会いかない?三人で」

「花火大会?」


 私と彼女が友達関係に戻れば、優しい彼は妻を捨ててその友達に走るようなことは絶対にしない。

彼女も、私から彼を奪うようなことはしない。

二人と一番かかわってきた私は確信できる。


 それならば、あの日と同じ。

花火で最後の区切りをつけよう。


「うん、あの子には二人で行くって言って、こっそりあなた連れて行ったら昔みたいで楽しそうじゃない?」

「そうかなあ」

「まあ、来てくれるかもわからないしね、とりあえず花火これるか聞いてみるね」


 彼の返事は煮え切らないが、そのまま彼女にむかって返信する。


『あのさ、今週の日曜日の夜って空いてる?』

『何で?』

『花火大会があってね』


 既読はついたが、すぐに返事は来ないので追加でおくる。


『昔、一緒に行けなかった花火大会があったじゃない? 一緒に行けたらいいな、って』


 彼女はまだあの日のことを覚えているかな。

さすがに十年前なので吹っ切っているだろうか。

そんなことを思いながら返事を待つと、間もなく彼女から返信が来た。


『いいね、行こうか』

『ほんと!? うれしい! 浴衣着ようね!』

『いいね』

『じゃあ、待ち合わせ場所とか後で決めようね』

『うん、楽しみにしてる』


 このやり取りの感じは懐かしく、うれしい。

話してしまえば親友だったころの思い出がよみがえってくる。

何もなかったあの時に戻ったような感じがする。


 やり取りを終えて、彼に画面を見せながら告げる。


「花火くるって。浴衣だ、楽しみ」


 彼が一瞬、喜びの表情をみせてきてちょっと焦る。

でも、彼には私だけをみて欲しい。

思い出の彼女は強いけど、私との思い出だって強いはず。


 そう思って、自分の部屋に行くと、洋服棚の奥にしまってある浴衣を取り出す。

彼との思い出の朝顔の浴衣。


 ささっと羽織って、リビングに戻った。


「どうかな?」


 十年前に私が着て、先輩と二人で花火大会に行った時の思い出の浴衣だ。


「懐かしいね」

「すごい、憶えているんだね」


 よかった、憶えてくれていた。

彼の中に、ちゃんとあの日の記憶が、私が残っていた。


「とても似合ってたからな。今も似合ってる」

「うれしい。まだ着れてよかった!」


 さらにほめてくれる旦那様。

やっぱり彼は手放せない。


 よし、花火大会で私は彼の頭の中から彼女を追い出す。

ついでに、彼女に抜け駆けして彼を手に入れた後ろめたさも無くしたい。


 花火大会に向けて覚悟を決め、寝室にむかっていく彼を追いかけて私も寝室にむかった。

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