(六)うわさ話

――〈防御型〉。


 それは、魔導武具マナシリーズの分類のひとつだ。

 いわく、〈防御型〉は、その名の通り、守護の性質を持つ。武具や身体などの耐久力の上昇や、防御壁シールドの展開が、能力として確認されている。沙国すなぐにでおこなわれたダイオウルフ大規模作戦で、探索部隊の隊長を務めていた〈護剣〉も、典型的な防御型だ。もっとも、彼については、残念ながら、その真価を発揮する前に、戦場で命を落としてしまったが。


 魔種の特殊な攻撃からも仲間を護る防御型の魔導武具は、攻撃型と比べるとその数は少ないが、前線を支える重要な役割を担っている。

 彼らにつきまとう危険は、その性質の都合上、長時間の能力展開をいられることによって、瘴気症および白亜化の危険性が、攻撃型や支援型と比べて極端に跳ねあがることだ。

 そしてどうやったところで、魔導武具のちからがあったとしても、魔種の攻撃を目の前にするのは、ただの人間だ。人ならざる、いわば天災ともいえる魔種の攻撃の前にとびだし、攻撃を受けて仲間を守護するのだから、相当な胆力を持ち合わせていなければ務まらない。


(けど、まさか、黒影が防御型だったとはなぁ)

 ソウはとなりに座る黒影を横目に、露店の前で豪快にエールを仰ぐ男たちを眺めていた。

 ここは三つ目の補給地点で、獣人族らによって構成された移動民族オランが担っている場所だ。ここの簡易住居型天幕は、うさぎの瞳をモチーフにした刺繍が特徴的で、あちらこちらに赤くまるい模様が施され、赤色の提灯がいくつも提げられている。すっかり見慣れてしまった白い森の中に、この赤丸模様が無数にならぶさまは、独特の雰囲気をかもしだしている。冒険者や旅人、商人らが、憩いの場ともいえる補給地点で疲れを癒しているようすはどこも変わらないが、この場所が他とちがう点は、もうひとつあった。それは、ここが中間地点であることと、また霧晴になって日にちが経過していることもあって、水瑠すいる地方から流入してきた冒険者の姿がみられるようになっていたことだ。


――聞いたかよ。魔幽まゆう大陸側の補給地点がひと晩で壊滅したって話。

――竜種を見たやつがいるんだと。

――しかも今年は、あちこちで原因不明の雷が発生してるってよ。

――とんでもねぇ魔種がいたもんだ。


「よもや、魔種とはな」

 意地悪く口の端をもちあげて、黒影がククと喉をならした。彼女は片手間に清酒で口を湿らせる。

「俺の姿を見た人がいるわけじゃないから、なんでもいいよ」

 湯呑をかたむけて、ソウは言った。

 情報は錯綜さくそうするもので、いつの間にやら、いもしない危険な魔種が、うわさの中ですっかりできあがっていた。それは月夜の晩に現れる一角獣だの、腕が百本あるだのと、もはや元のカタチもわからないくらいにはなっていて、このことは、ソウにとってはむしろ喜ばしいことだった。

 もし、ソウという人間が得体のしれない危険なちからをつかう――なんてうわさが広まり、事実として認知されてしまったら、これまで積みあげてきたものがすべて台無しになってしまう。

 もっとも、ソウ自身は、ナギの言う〈魔導術〉云々の話をすべて信じているわけではない。だが、魔導武具なしで〈雷撃〉がはなてるという変えようもない事実は、ソウにとって異常なことであり、そしておそらく魔狩たち――ひいては、人々にとっても、異質きわまりないことだろう。やすやすと他人に明かすべきものではない。未知の異質は、それだけで懐疑や不信の対象となり、やがて恐怖から脅威へと認識され、排斥される。

 だからこそ。うわさが〈ソウ〉という人間の印象から遠ざかっていくほど、ソウにとって都合がいいこともまた事実だった。――かなうならば、このまま静かに故郷へ帰って、いつもどおりの日常をとりもどしたい。


 冒険者のあいだで盛りあがっているうわさの内容はともかくとして、彼らがなにを話しているのかがわかる、という事実は、行く先が故郷へつながっているという確信と希望をソウにもたらした。

 白ばかりの森に、一時的とはいえ、こうして人の気配といとなみがあふれている場所がある。酒をあおる豪快な男たちの笑い声や歌、移動民族オランが夜ごと鳴らしている祭囃子の音を聴いていると、不思議と孤独感はうすれ、どことなく足元がおちついてくれる。

「黒影はあいかわらずだね」

「騒がしいのは好かん」

 ちまちまと清酒を含む彼女は、きっと今すぐにでも独り静かな場所へ行きたいのだろう。戦いの場では獣のように大きく笑う姿が嘘のように、黒影はたいてい静かだ。

「寒くない?」

 露出した肩口は痩せていて骨ばっている。夜は冷えるからと気遣って声をかけてみたが、どうやら不要だったらしい。いらん、と短い答えが返ってきた。ソウがきまってさしだす外套のことをいっているのだろう。

 白い森でみても肌は蒼白で気味が悪い。目の下にははっきりと暗いクマが淀んでいて、尖った横顔は肉がうすい。だが、彼女には、ソウや他の魔狩のように、特別に目立つような傷跡が見られない。


――思いかえしてみれば。

 ソウは視線を外して、また湯呑をかたむけた。つきだしのナッツをつまみながら、考える。

 すでに、この旅がはじまって三ヶ月が過ぎようとしている。それだけの時間を、ほぼ四六時中ともにすごしてきたわけだが、黒影はソウとちがって、これといって、大きな怪我をしたようすは一度も見られなかった。単純に戦闘技術の差かと考えてもみたが、それにしては、あまりにも攻撃の被弾を気にとめていないのが目立つ。致命傷こそかわしている、というだけで――むしろ、目の前の危険に嬉々として飛びこんでいくその姿はあまりに倒錯していて、見ているこちらの気がおかしくなってしまいそうだ。

 大規模討伐作戦では、ダイオウルフとともに雷撃を直に受けたはずだが、これについても、黒影は平然と立っていた。また、しばらく前に彼女が言い放った「耐久性に重きを置いている」という言葉も、ソウは覚えている。


 黒影本人の倒錯とうさく的な性格や嗜好しこうはひとまず置いておくとして、一連の理由が、耐久性を向上させる〈防御型〉だとすれば、たしかに合点がてんはいく。そしておそらく、あの魔導武具にはいくらか、支援型の側面もあるはずだ。そうでなければ、この骨ばかりの細腕で大太刀をあつかえる理由がわからない。背丈をゆうにこえる武器を自在に振り回す、なんてことは、ふつう、ありえないことだ。

(……ってことは、黒影の弱点は、大太刀を手放したときなのかな)

 ソウはおもむろに、口をひらいた。

不躾ぶしつけなこと聞くけど、黒影ってさ。魔導武具なしでどれくらい動けるの?」

 この瞬間、わざわざとなりを見なくとも、彼女が顔をしかめたのがわかった。すぐに返事が返ってこなかったからだ。彼女は頭がよく回るほうで、それもせっかちだ。返答はだいたい早い。それがないときは、たいていなにか思うことがあるときで、多くは不満や不快さを示している。

 ソウとしては、黒影の弱みを握ってどうこうしようという気はまったくなかった。もとから、たいして興味もない。故郷に帰るまで、危険な魔種の露はらいをしてくれさえすればいいのだから。しかし、彼女がいくら強いからといって、その技量だけをあてにするのは、あまりにも危険がすぎる。不測の事態はいくらでも起こりうるからこそ、弱みや不得手を知っておくことで、こちらでとれる手段も対策もいくらか増える。

「別に言いたくなかったらそれでもいいよ」

 そこまで伝えたところで、ちょうどナギが「おまたせしましたぁ」と、間のびした声とともに、お盆を抱えて戻ってくる。

「ううん、ありがとう」

 ソウは、任せっきりにしちゃってごめんね、とつけくわえた。

「やっぱり、ご飯は美味しく楽しく、ですよ! はい、どうぞ!」

 お盆いっぱいにのせられた皿には、旅路ではなかなか食べられないような手のかかる料理がならんでいる。豚肉がほろほろになるまで時間をかけたワイン煮、魚介類をたっぷりと使った炊き込みご飯パエーリャ、生乳のソースをたっぷりと使ったアツアツの焼き料理グラタン……。豪勢な晩御飯にすっかり目を奪われたソウは、お腹をさすりながら空腹をしめし、さっそく皿とカトラリーをそれぞれの前にならべた。

 飲み物がそろったところで、三人で乾杯して、できたてのごちそうを頬張った。そのなかでも、ウサギのテリーヌは格別だった。テリーヌは肉をペースト状にして調理した冷製の前菜のことだ。香草の爽やかな香りとともに、むと、確かな肉感が舌の上へほろりとのる。しかし、けっして硬いわけではない。キレの良い香辛料とまざって、食むごとにさらに調和していった。

「こんなの久しぶり」

「補給地点の醍醐味だいごみですよね。あ、ハムとチーズはいかがです?」

「いただくよ。これはそれぞれ種類がちがうの?」

「オイル漬けに燻製、胡椒の実が入ったもの。ほかには香り濃厚なヤギのチーズ」

「わ、懐かしい。ヤギのチーズは、憂国うれいぐにの家庭料理でもよく使うんだよ」

憂国うれいぐにといえば、美食の国ともよばれていて、パスタが有名ですよね」

 ナギの言葉に、ソウは大きくうなずいた。

「北方のリゾットは食べたことある? 生米を炒めてから、だしで炊いたものなんだけど」

「それはぜひ食べてみたいものです!」

「最高の米料理って言われるくらいだからね。美味しい店もたくさんあるから、憂国うれいぐにに寄ったら連絡してよ。紹介する」

「それは嬉しいですねぇ。ぜひお願いします」

 それから、話題は各地の美食の話に変わり、そのうちに珍味やゲテモノが掘り下げられることになった。ナギが四杯目のエールをあおり、最後の一滴を飲み干したところで、ふと思いだしたように指を立てた。

「そういえば、お二人はドリミアルの神隠しをご存じですか?」

「神隠し? それって、ある日とつぜん人が消えるっていう……」

「諸説ありますが、そういったことが、ドリミアルでは、他の地域よりも多いのだそうです。ある日こつぜんと姿を消して、数日後にひょっこり帰ってくる、もしくは、手がかりも事件性もないまま、一生帰ってこないとか」

「それは怖いなぁ」ソウはおどけたように言いながら、燻製の欠片をつまんだ。

「帰ってきた人の健康状態はどれも良好で、目立った外傷もなく、履物や身なりも整っていて――しかし、いなくなっていた間の記憶は、ひどくおぼろげなんだとか」

「それで?」

「そしてみんな言うんだそうです。――幸せだった、と」

 まぁ、噂ですけどね。ナギは立ちあがると、五杯目のエールを注文しに行った。

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