三日目 フィニッシュ

「ちょっと樋口、唖然としすぎだって」

「いや、だって、ずっと隣にいた人間が実はあっち側とか、映画かよって話で……」


 本当に、唖然という言葉がよく似合う表情で、樋口は固まっていた。それを無視して、岡田は語り始める。


「冷静に考えれば、津村しかいないんですよ。坂井先輩と自由に連絡が取り合えて、屋上に侵入できるような人間」


 冷静な口調は、有無を言わせぬ貫禄があった。


「……な、なんで協力者に?」

「簡単だよ西村、師匠に死んでほしくなかったのと、師匠に楽しんで貰いたかったから」


 楽しむ、というのに疑問を持つ者のために、細く説明をする岡田。


「あぁ、坂井先輩はずっと我々のことを見ていたんだ。津村を通して」

「それは、何でですか?」

「そういうのは本人の口から聞きたいな。坂井先輩、話す気になりましたか?」


 不意にその場が静かになり、坂井の次の言葉を全員が待った。やがて、その重たい口が開かれる


「よし、話すか。理解できないかもしれないけど、これが坂井赤の全てだ」


……


 今回の騒動を起こしたのは、一言で言うならからだ。これは、さっきの岡田の推理ショーもどきでも言及されていた通り。


 ならそれは何故か。それには黒川恵が原因の一旦を担っている。しばらくお前の悪口を言うが、ちょっとだけ静かに聞いてくれメグ。


 私のことを天才、って言う人がいる。暫くは、そう言われることが嬉しかった。有頂天になっていた。でも、ここに入学して思い知った。私は天才じゃない。黒川恵こそが、真の天才だと。


 それを認めるまで、えらく時間がかかった。だから、数学オタクだったにも関わらず、他の科学の分野で勝とうとした。べつに他分野が嫌いな訳でもなかったし。


 そうやって逃げた逃げた末に、気がついたらメグに天才と呼ばれた。それが、あまりにも、ショックだった。


 そして気がついた。メグは、天才で、完全無欠で、私の神様だったんだ。越えられない壁じゃなくて、越えてはいけない壁だったんだ。そうなると、足場がクラっとフラッとして、これまで蓄えてきた、知識や頭脳になんの価値も感じられなくなった。


 気がついたら、もうこの世界に光を見いだせなくなってた。だから、一度失えば何かが見えてくると思って、消すことにしたんだ。


 メグからしてみれば、知ったこっちゃ無いだろうけどね。


……


 また、沈黙が訪れる。最初にそれを破ったのは、他でもない黒川だった。


「帰ろう、セキ」

「……うん」

「それと、受け入れられないかもしれないが、言わせてもらう」

「え?」

「セキは天才だ。あんな独創的な数学の問題、地図と天文を絡める発送、その他もろもろ含めて、セキにしか作れないものだ」


 そりゃそうかもだけどさ、といいつつ、メグの足を庇うように支えて、肩を持つ。


「いって……ここまで私がはっちゃけたんだ。罪は重いぞ」

「ハイハイ」


 ゆっくりとカフェを出る二人を優しく部員たちは見送った。

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数我苦 篠ノサウロ @sinosauro

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