第27話 祭り前の一仕事

(び、びびったー……)


 一方その頃、セレナは人知れず戦々恐々としていた。


(まさかこの状態嫁の姿で鉢合わせるなんて)


 そう、シェリーが不埒な輩から助けた少女の正体は、他ならぬ彼だったのだ。


(いやまあ此処って王国騎士団の本部がある王都だし、バッタリ出くわすかもとは思っていたけど……本当に油断も隙も無いったらありゃしない)


 思わぬ再開を果たして動揺する彼であったが、この程度の事で理想の嫁ロールに綻びを生む事など無く、別れる最後までセレナとして彼女と言葉を交わす事が出来ていた。


(まあそれは良いとして、あとさっきナンパしてきた奴も後で制裁を加えるとして)


 サラッと物騒な事を考えいるが、安心して欲しい。流石に彼もこれぐらいの事で殺す事はしない。せいぜい魔術で暗示を掛けて一生不能にさせるぐらいだ。……それがどれだけ軽い罰か、人によるだろうけど。


(もう少しで王祭が始まる、遂に嫁の晴れ舞台が拝めるんだ!)


 彼にとって今一番重要な事は、女王祭でセレナを舞台に立たせる事である。


(万全を期した。リハーサルはバッチリだし、女王祭で着る用の衣装も会長に作らせた)


 果たして本番で上手くやれるか? そんな心配は微塵もしていなかった。

 彼の心配事は、あくまでも女王祭が無事に開催されるかどうか、人が多く来てくれるかどうかだ。


(よしっ! 今年の女王祭を嫁のワンマンライブにしてやるぜ!)


 大事な場面で嫁が失敗するなんてあり得ない。嫁の魅力なら優勝間違いなし。そう確信しており、彼もそれを現実にするだけの能力を持っていた。故に、緊張など全くしていない。


(っと、そうこう考えてる内に着いたな)


 さて、彼はナンパ男から絡まれた際に待たせている人が居ると言った。これは別に逃げる為の口実に言った嘘ではなく、本当の事である。


「来たぞ会長ー」


 訪れたのは、バロウズ商会本店の応接室。もはや恒例の場所となっているそこでは、いつも通りエリックが一人ソファに座っていた。


「ああ、よく来てくれたな」


 目の下のくま、肌の荒れ具合、苦しそうな声、エリックは溜め込んだ疲労を包み隠さず彼に見せつける。


「おー、随分と疲れてんのな。で、今日はなんの用だ?」

「……少しは労わってくれると思った俺がバカだった」


 お疲れ気味なエリックの事なんて気にも留めず、彼はさっさと本題に入らせようと急かす。そんな平常運転の彼にエリックはため息を吐きながらも気を取り直す事にした。


「まあ、良い。それで今日呼んだ理由だが、女王祭についてだ」

「女王祭?」


 苦々しい表情を浮かべて、エリックは頷く。


「分かって貰えているとは思うが、俺は女王祭を盛り上げろというセレナ殿の要望に最大限応えてきた。それこそ、他の用事よりも優先してな」

「ああ、その件は本当に感謝してる。ありがとな」


 エリック自身も言うように、彼は持てる力をフル活用して女王祭の盛り上げに貢献した。その成果は目に見えて現れており、今年の女王祭は何かが違うと世間で騒つかれている程だ。


「もしかして、その事で俺が不満に思ってるかもと心配したのか? だとしたら流石にビビり過ぎだって」


 深刻そうな雰囲気を見せるエリックに、彼はケラケラと笑う。


「集客の効果も目に見えて出てるし、しかも女王祭の為に特別な衣装も用意してくれた。これで文句なんか言ったら傍若無人が過ぎるわ」


 ちなみに専用の衣装を用意しないかと提案したのは、エリックである。積極的に協力してくれるエリックに彼は感心し、喜んでその案を採用した。


「あー、その……実はだな」


 笑い飛ばすように答えてくれる彼だったが、その様子を見てエリックは更に表情を歪ませる。


「……っ」

「……?」


 物凄く言いづらそうにするエリックを見て、彼はどうしたのかと首を傾げる。


「───実は」


 そこから暫く黙り込むエリックだったが、腹を括ったのか言葉を紡ぎ始める。


「その衣装なんだが、先日に出来上がった」

「お、マジでか!? それでそれで? そいつは今どこにあるんだよ!」

「此処には無い。別の場所で作っていて、王都まで輸送する必要がある。それで、だな」



「……女王祭が始まるまでに、間に合わないかも知れないんだ」







 エリック・バロウズは、この時ほど逃げ出したいと思った事は過去に一度たりとも無かった。


「……ん? すまん、ちょっと珍しく耳が遠くなってたらしい。もう一回言ってくれないか?」


 目の前の彼は笑顔をキープしたまま問いかける。それがもう嫌で嫌で、地位も何もかもを捨ててコレの目の届かない場所へ行きたいと思ってしまうほどだった。


「女王祭までに、届かないかも知れないんだ」

「何が?」

「い、衣装だ」

「誰の?」

「…………セレナ殿が、女王祭で着る衣装だ」

「???」


 本当に分からないといった様子でニコニコとエリックを見つめる彼だったが、ふとピンと来たように声を上げる。


「あっ、そうか〜! つまり嫁が女王祭で着る衣装が間に合わないのか。つまりつまり、嫁が女王祭に晴れ着姿で出れないって事か、そうかそうか〜」

「……」


 次の瞬間、エリックは胸ぐらを掴まれ持ち上げられていた。


「ぐッ!?」

「とりあえず理由を聞こう。話はそれからだ」


 冷え切った声色で語る姿は、もし納得できなければこのまま処すと暗にエリックへ教えていた。


「理由ってなんだろうなァ、距離が遠いのか? 運ぶ手段が無いのか? はたまた本当は衣装なんて完成して無いのか?」


 徐々に胸ぐらを掴む拳の力を強くする。そんな彼の様子に、エリックは急いで事情を説明し出す。


「ち、違う! 盗賊だ、盗賊が多く居るせいで安易に荷物を運べれないんだ!」

「……盗賊?」


 思わぬ単語が出て来た彼は、スッと掴んだ胸ぐらを離してエリックをソファの上に降ろす。


「はぁ、はぁ、はぁ」

「盗賊って言ったか?」

「はぁ、はぁ……ああ、数日前から王都周辺に盗賊が多く現れ始めたんだ」

「んんん?」


 やはり分からないと、エリックの話した内容に彼は思いっきり首を傾げた。


「本当かその話? 王都周りの盗賊は俺が結構減らしたんだぞ。減らしたと言っても数ヶ月ぐらい前になるけど……それでも俺の見立てじゃ増えるのにまだ時間が掛かる筈だ」


 パチこいてんじゃねえぞと軽く睨み付ける彼に、エリックは説明を加える。


「増えたんじゃない。他の場所で活動していた盗賊達が、こぞって王都周辺に集まって来たんだ」

「……え? なんで?」


 盗賊が別の場所へ移動するなんて中々ない話だ。しかも行き先が騎士団の目に入りやすい王都近くなんて、心理的にも実利的にも普通ならあり得ない。


「理由は分からない。だが事実としてそうなっているんだ。そしてそのせいで、今はどこの商会も王都へ物を運ぶ事が容易じゃ無くなっている」


 それはウチも例外じゃないと、エリックは最後に付け足した。


「う、嘘だろ……」


 どうしようもない現実に、彼は地面に手を付けて項垂れる。


「じゃあ、なにか? つまり俺は、晴れ舞台に立つ嫁の晴れ着姿を拝めないという事か?」

「……」


 深く、深く悲しみに暮れる彼。


(拝むというか、舞台に立つのはセレナ殿自身では?)


 彼の悲痛な叫びの内容にエリックは脳内でツッコミを入れた。口にすれば彼から意味不明な理論を返されるだけなので、言葉にはしないが。


「……いや、まだだ。まだ諦めちゃならん」


 どう励ますべきかと悩むエリックだったが、彼は予想に反してすぐに立ち上がる。


「会長、輸送する時に盗賊から襲撃されるポイントって必ず決まってるのか?」

「襲撃されるポイントか? 流石に確定はしていないが、粗方の予想は付く」


 エリックは彼の質問にそう答えると、持って来ていたバックの中から地図を取り出す。


「例えばセレナ殿の衣装の輸送ルートだったら、此処が盗賊に襲われる危険性が高い。逆に、ここ以外で盗賊に襲われる可能性はかなり低い」


 机の上に地図を開き、エリックは王都へ続く道の途中にある雑木林を指差す。


「そうか。じゃあ今から最速で嫁の衣装を輸送するとなると、どれくらい掛かる?」

「最速……衣装一つだけを持ってくるなら、人が一人と馬一頭で事足りる。往復で三日、いや四日という所か?」


───だが、


「さっきも言った通り、道中には盗賊が居る。一人だけなんて恰好の獲物だ。実行したとしても、ほぼ確実に衣装は王都まで届かないだろう」

「……そうか」


 今から衣装を持ってくるのは絶望的だとエリックは思っている。彼には言ってないが、衣装を作らせた別の街に居る部下から少し前に伝書鳩を送られて来た。その内容によると、安全を考慮して輸送するのを止めているらしい。


 例え今から輸送を再開しろと伝えても、女王祭に辿り着けるか分からない。もはや打つ手など無い……かに思われた。


「なあ、その輸送する係って、俺がやったらダメなのか?」

「なに?」


 彼だけは諦めないまま考えに考え抜き、そして一つの案をエリックに提示した。


「俺なら盗賊が来ても蹴散らせるぞ。それに俺の魔術や会長が持つ権限を使えば、騎士の検問も突破出来る」

「……確かにそれなら」


 エリックは彼の言った事を試しに思案してみて、それが十分に可能性のある策だと悟る。


「いや待て、仮にセレナ殿が行くとしてだ」


 しかし同時に、懸念点もあった。


「学園はどうするんだ? 少なくとも二日は王都を不在にするんだ。不審に思う者が現れてもおかしくない」


 エリックは、彼が複数の顔を持つ事を知っている。それが表沙汰になれば、エリックにも支障が出るのだ。


「いや、そこは大丈夫だ」


 そう考えての発言だが、彼は一つも動揺していなかった。


俺の嫁は・・・・王都の外へ出ない。不在になるのは俺一人だ」

「……何を言って」

「ちょうど、使えるもんがあるのを思い出したんだよ」


 だから心配するなと、彼は小さく笑みを浮かべた。

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拗らせTS童貞は理想の嫁を演じたい ブナハブ @bunahabu

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