第26話 祭り前に一騒ぎ
(あ゛〜、この前は酷い目に遭った)
シェリーとの戦いから逃げ出した彼は急いで待機させていた馬に乗り(※騎乗スキルA)、全力疾走で王立学園の寮へと戻ってきていた。
(魔術で身バレ防止をしてあるからそこは安心だけど……これ、いよいよ目を付けられたよな?)
盗賊狩りをする際、彼は素顔を晒さない限り決して見破られない擬装の魔術を常に掛けている。これはデバフというより自分に対するバフである為、シェリーのデバフ解除も適用されない。
(どうすっかなー、流石に行く先行く先であんな奴を相手にするのは骨が折れる)
ただし、盗賊狩りとして狙われるかどうかは話が別だ。仮に盗賊狩りとして再び姿を見せれば、またあの騎士隊長が飛んで来るだろうという予感が彼にはあった。
(……よしっ! 一旦狩るのを止めるか)
騎士団に付け狙われる可能性を考慮した結果、彼は盗賊狩りの活動を中断させる事に決めた。
(王都周りの盗賊はかなり減らせたし、今はこれぐらいで我慢しとこう)
そもそも盗賊狩りを再開した理由は、万が一にでも増えた盗賊の影響で女王祭に弊害を出さない為である。実際にはそうなる確率も低く、ほとんど自分を安心させたいが故の行動だった。
(盗賊の対処は騎士団に期待するとして、俺は別の事をやっていくか)
なので盗賊狩りを止めるまでの決断も早く、すぐさま彼は女王祭に向けて別方面でアプローチする事にした。
(パフォーマンスに向けて歌やピアノの練習は欠かせないとして……あー、アイツの対処法も考えないとな)
振り返るのは、森の中でシェリーと激闘を繰り広げた事。
(あの時は咄嗟に森の動物を利用できたから良かったけど、次は対策してくるだろう)
先の戦いで、彼はシェリーに対する評価を大きく上げていた。魔術を封じてくる加護を持つ事もそうだが、何より戦士として洗練されている。今まで狩ってきた盗賊の中にも相当の手練れは居たが、やはり現役の戦士である王国騎士団隊長は一味違うなと再認識させられた。
(また奴と戦う事になったとして、俺の勝利条件は勝つ事じゃない。逃げれば良いんだ。……だが、魔術の大半を封じてくる相手にどう逃げる?)
彼は戦士では無い。しかしその本質は研究者である。研究テーマは理想の嫁の作り方とか言う奇天烈な物だが、そのロジック的な思考は戦いでも武器となる。
事前に十分な手札を用意し、それらをぶつけて駆け引きを行う前に相手を潰す。それが彼の戦い方だった。
(……ダメだな、今の手札じゃ時間を掛けて勝つ事は出来ても、すぐに逃げ出す事は出来ない)
強者との戦いは逃げるに限る。正体がバレたら必ず殺すつもりの彼だが、そうでなければわざわざリスクを犯して強い相手に勝利しようとは思わない。
(何か、新しい手札を用意しなきゃだな)
行き着いた結論は、自身の戦力強化。来るべき日の為、彼は新たな力を身につけようと画策するのだった。
▼▼▼
ソワソワと湧き立ちつつある民衆、それは王都の至る所で見られる光景であり、この時期じゃ見慣れた物だった。
王祭、王国でも一番と言って良い大きな祭り。五年に一度行われるビックイベントは、残り一週間を切っていた。
「すみません、私これから行く所があって」
「へへ、良いじゃんかよぉ」
その熱気に当てられて、このように昼間から問題を起こす輩も少なくない。
「ちょっとだからさ! ちょーっと向こうでお話するだけで良いんだよ」
「ですが、待たせてる方が居るので」
酒瓶片手に王都の下町を歩く男は、偶然見かけた可憐な少女にハートを撃ち抜かれて、反射的にナンパを仕掛けていた。
「よーし決まり! そんじゃついて来てくれよ!」
「あっ」
強引に話を進めようと男は少女の腕を掴む。
「───へ?」
次の瞬間、彼は地面へと叩き伏せられた。
「ガフッ!?」
「昼間からナンパとは、いいご身分だな」
近づいて来た事すら悟らせず、その女騎士は流れるような動作で接近と同時に男を組み伏せていた。
「ヒィッ!? お、王国騎士団!」
「未遂に終わったから拘束まではしないが……二度とこの王都で舐めた真似をするな」
「す、すみませんでしたー!」
女騎士が鋭い眼光を叩きつけると、男は一目散にその場から逃げ出す。それを見て彼女は小さくため息を溢した。
「まったく、王都で簡単に問題を起こして欲しくない物だ」
毎度この時期は騒がしくなるなと内心で愚痴った後、彼女はナンパされた少女に顔を向ける。
「大丈夫か?」
「はい、ありがとうございます……あの、ところで」
少女はチラリと彼女の胸元に付けられたエンブレムを一瞥してから尋ねる。
「もしかして、貴女は王国騎士団の隊長ですか?」
「ああ、王国第六騎士団隊長、シェリー・フォーリナーだ」
「やはりそうでしたか。改めましてフォーリナー様、助けて頂きありがとうございます」
「礼を言われる事じゃない、これが私の仕事だからな」
頭を下げて律儀にお礼をする少女に、シェリーはフッと笑みを浮かべて答える。
「それにしても、隊長という身分の方でも自ら巡回されるものなんですね」
「いや、これは自主的にやっているだけだ。王祭前は騒がしくなるからな、暇が出来たからと言って休めれん」
「とても立派なお考えだと思います。応援しか出来ませんが……そんな騎士の皆さんを頼りにしています、頑張って下さい」
そう言った後、彼女はその場から離れるのだった。
(……頼りにしている、か)
少女の声援を聞いたシェリーは、少しだけ心を軽くさせる。
(そうだな。我々は民に頼られるべき存在だ……決して盗賊狩りでは無い)
今の世間を知る彼女は、歯噛みする思いでそう考える。
たった一年で盗賊の数を劇的に減らした盗賊狩りを英雄視する者は多い。この前、久しぶりに活動を再開した時も一部の界隈じゃ英雄の再臨だと沸き立っていた。それは本来、国にとって避けなければならない事態である。
盗賊狩りが現れる以前も、盗賊による治安悪化はそこまで酷くなかった。盗賊狩りが現れた以降の数年間が異常なのだ。
正体不明、目的不明、加えて実力は王国騎士団の隊長レベルである盗賊狩りは、当然の如く危険人物として扱われる。……しかし、盗賊から直接被害を受ける民衆にとっては関係の無い話だった。
人々は盗賊の駆除に限って言えば、王国騎士団より盗賊狩りを頼りにしつつある。それは盗賊達にも言える事で、騎士団よりも盗賊狩りを警戒するようになった。それではダメなのだ。
平和の象徴を得体の知れない個人に任せてはならない。例え英雄的な偉業を成したとしても、国が管理出来なければそれは爆弾に等しい。
勇者が真に必要とされるのは巨悪が暴れる混沌の世であり、平和な世では管理可能な組織が求められる。……盗賊狩りという存在は、今の時代には過ぎた力なのだ。
(あの時、最後の最後で私は間違った。騎士としての役目を放棄し、戦士としての自分を優先してしまった。だから逃げられた)
シェリーは目を瞑り、震える拳を鎮める。
(……次は戦士としてじゃなく、王国第六騎士団隊長として。盗賊狩り、お前を裁く)
そしてゆっくりを瞼を開き、静かに決意した。
「───ォォォ」
「む?」
その時、遠くの方から声が聞こえた。そちらに視線を向けると、何やら人だかりが出来ている事に気付く。
「また何か問題か?」
短時間で二度も騒ぎが起きている事に対し、シェリーは王都内の警備を強める必要があるかと考えながらそちらの方へと向かった。
「グ、グ、グググ……!」
「ウオオォォォ!!!」
王都の大通りに存在する大衆的な酒場。その店の前では野次馬が集まっており、その中心では二人の男が腕相撲をしていた。
「す、すげぇ! 力自慢のマッチョスと張り合ってる!」
「腕の太さなんて倍以上も違うのに、どっからあんなパワーが出るんだ!?」
「あの騎士、魔力強化を使ってないんだろ? 信じられねえぜ!」
互角に渡り合う二人の男。片や丸太のような剛腕の持ち主で、片や鍛えてはいるが些か見劣りする赤髪の男。
(な、なんて奴だ! そのナリで俺と張り合えるなんて!)
赤髪の男は現役の騎士だが、単純な力比べならマゥチョスと呼ばれた男の方が見た目でも中身でも上である。なのに互角で張り合い……いや、徐々にマッシュの方が押されていった。
力比べが主となる腕相撲で、どうして赤髪の男はこんなにも強いのか? それは───
「こんッ───じょおおお!!!」
根性。異常とも呼べる絶対的な精神力が、彼に未知なるパワーを与えていたのだ。
「「「「ウオオオ!!!」」」」
結果が見えていた筈の勝負を、赤髪の男は根性だけで狂わせた。これにはオーディエンスも大盛り上がりで、昼間だというのに騒ぎ出す。
「俺の、勝ちだあああ!」
拳を天高く掲げて、彼は勝利を宣言する。
「……このッ」
その様子を見ていたシェリーは、魔力強化を施して駆け出し始める。
「バカものがあああ!」
「グフォェ!?」
そしてその勢いのまま、赤髪の男にドロップキックをぶちかました。
「いってぇ……ちょっと何すんだシェリー! 不意打ちなんて根性ない事すんなよ!」
「貴様こそ何をしている。王国第五騎士団隊長、グレン・バーンヒューズ」
突然の乱入者に皆がポカンとする中、グレンと呼ばれた赤髪の男だけは気にせず会話を続ける。
「何って、見りゃ分かんだろ? 腕相撲だよ」
「だから何故かと聞いている。理由を聞いているのだ理由を」
そう問うてる間も彼女はグレンに侮蔑の視線を送り続ける。
「……実は此処を通りかかった時に腕相撲大会へ誘われてな、俺も一回は断ったんだ。けど」
神妙な面持ちで、彼はマッチョスに指差して答える。
「その時コイツに根性なしって言われたんだ! これは戦わなきゃ男が廃るってもんブフェ!?」
瞬間、グレンの脳天に拳が叩き込まれた。
「治安を守る騎士が治安を乱してどうする! 貴様らも人通りのある所で開くなそんな大会!」
グレンだけでなく、周りを取り囲む者達にも向けて言い放つ。有無を言わさぬ覇気に全員が縮こまり、慌てて退散し始めた。
「イタタタ……いっつも思うけど殴る事は無えだろ」
「貴様を躾けるにはこのぐらいが丁度いいのだ」
「躾って、別にシェリーは俺の上司じゃないだろ?」
「そう思うのなら隊長としての自覚を少しは持て。まったく、なぜ貴様のような奴が誉れある王国騎士団の隊長になれたのだ」
グレンの実力はシェリーも認めている。情熱的な性格は部下や下々の民から慕われており、その人望の厚さは見習うべき点だと彼女も思っている。それでも彼女は、素直に尊敬する事が出来ずにいた。
「そりゃあれだろ、俺の根性が認められたんだ!」
「……」
一に根性、二に根性、三を飛ばして四も根性。根性さえあれば何でも出来ると本気で思っている根性論の狂信者、それがグレンという男の本質である。
「……はぁ、まあ良い。これからは挑発に乗って騒ぎを起こすな、同じ王国騎士団の隊長として恥ずかしくて仕方ない」
「おう!」
(本当に分かっているのかコイツは?)
即答で良い返事が戻ってきて、シェリーは少し不安だった。
「───あ、やっと見つけました!」
相変わらずの根性バカなグレンに辟易していると、道の向こうから一人の男が駆け寄ってきた。
「おーリアム! なんか用か?」
慌てた様子でやって来たのは、グレン直属の部下である。
「隊長、レオン団長から召集が掛けられています」
「団長から?」
「はい……あ、フォーリナー様もいらしたのですね。ちょうど良かったです」
「さっき召集と言ったな、何かあったのか?」
「はい、実は───」
……その話を聞いた直後、二人は揃って険しい表情を浮かべた。
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