第25話 暗躍する者

(いや、察し良すぎだろ)


 恐らく誰も知らないであろう技を披露した彼は、その絡繰をあっさりと見破られて少しばかり辟易する。


(……にしても、魔力武装の練習をサボらなくて本当に良かった)


 これが無ければさっきの攻撃で即死だったかも知れないと思うと、体が震えてしまう。


 魔力武装、それは彼が独自に編み出した魔力強化の発展系とも呼べる技術である。

 通常、魔力強化は魔術のように緻密な魔力コントロールを求められない。理由は色々とあるが、率直に言うと無駄だからだ。


 そもそも魔力強化とは、魔力を糧に肉体を強化する技術だ。糧にするとは、つまり燃料にするという事。どんなに魔力をコントロールしても結果的に燃料として消費されるので、緻密なコントロールをしても意味が無いのだ。

 魔力を効率よく燃料に出来るようコントロールするという事ならあるが、それでも魔術ほど緻密な行使は必要なかった。


 そして彼はある時、その事にふとした疑問を覚えた。


『魔力強化に高い魔力コントロールは必要ないって聞くけど、本当にそうか?』


 コントロールというのは、基本的に無駄な力を無くす為にある物だ。


『魔力強化をすると勝手に出てくるオーラとか、あれをどうにか出来るんじゃないか?』


 魔力強化の無駄なエネルギーとして出てくるオーラはコントロール力が高ければ無くす事も可能、そう考えたのだ。


 試しにやってみて、なんか出来そうだったので試行錯誤を繰り返した。そうして出来上がったのが、魔力武装だ。


 漏れ出るオーラが全身に張り付くようコントロール、それにより魔力が体にコーティングされる形となり、魔力そのものが強固な障壁の役割として働いてくれる。

 動きを阻害せず、高い防御力を持ち、破損して使えなくなる恐れも無い。どんな鎧にも勝る見えない障壁の完成である。


(まあ、この状態じゃ魔術は使えないけど)


 使用中は魔力武装の維持に魔力コントロールを意識する必要がある為、魔術が使えないという弱点がある。だが、


(いや、良いのか別に)


 相手が魔術の効きにくい相手なら、それを心配する必要もない。


「そんじゃ、第二ラウンドと行くか」

「……ッ」


 これまでとは雰囲気を変える相手に、シェリーは思わず身構える。


(なんて底知れない奴だ)


 優れた剣術に卓越した魔力強化、幻術や自己回復といった複数の加護を持っているような動き、それだけに飽き足らず魔力を纏うという未知の技術さえ修得してるときた。


 圧倒的な手札の差、底なしの深淵に潜り続けていると錯覚するほどだ。


(だが、それで負けて良い理由にはならん!)


 しかし、それだけの事で彼女は恐れない。底が見えないなら、コチラから暴けば良いだけの話だ。


「来いッ」


 迎え討つ準備は万端だった。何が来ようと、全身全霊でねじ伏せる腹づもりである。


「……」


 しばし傍観していた盗賊狩りは、遂に動きを見せる。


 踏み込んで、全力で駆け出した。


……シェリーから背を向けて。


「…………は?」


 何が起きたのか分からなかった。それから三秒ほど硬直した後、ようやく彼女は気付いた。


「に、逃げる気か!?」







(逃げる気か、だって?)


 魔力武装を解除し、敵に背中を向けて彼は全力疾走する。


(当たり前だろうがッ!)


 まごう事なき敵前逃亡だった。戦略的撤退とも言う。


(逃げれる絶好の機会が来たんだから、逃げるに決まってるだろ!)


 彼の予想は見事に的中。相手は自分が攻勢に回ると思い込んでいたが為、逃げる姿に呆然としていた。すぐに勘付いたが、この時点でもう既にかなりの距離を稼げていた。


「逃がすかッ!」(天よ、我に風の如き速さを!)


 しかしまだだ。全力の魔力強化とバフを上乗せしたシェリーから逃げ切るには、まだ足りない。


「いいや逃げるね!」(その為に魔力武装を解いたんだからな)


 追いかけてくるシェリーを見て、彼は口笛を大きく鳴らす。


 甲高い音が森に響き渡った直後、周囲の鳥や獣が一斉に騒ぎ始めた。


「……!」


 動物の群衆は、気が触れたかのようにシェリーに向かって突き進む。


「幻覚を見せて撹乱する気か? 無駄だ!」


 即座に彼女は加護を使用し、自身に掛けられたデバフを全て解除する。……が、


「っ!?」(幻覚じゃない!)


 群衆は消えず、今もなお彼女に向かってきていた。


「お前に魔術が効かないなら、周りの奴に使えば良いだけだ」


 動物は人間と違って精神干渉が施しやすい。こうして一度に多くの対象を術に掛ける事も可能だった。


「くっ……!」


 こうも正面から多く突っ込まれたら、強引に進む事も難しい。


(天よ、我に不動の守りを!)


 立ち止まり、加護で防御力を高めて耐え凌ぐ。群衆が向かってきて過ぎ去るのは、それから十数秒経過した後だ。


「……っ」


 静寂となった辺りを見回す。盗賊狩りの気配は消えて、シェリーは完全に逃げられてしまった事を悟る。


「盗賊狩りッ……!」


 二度に渡って取り逃がした事実に、彼女はただただ歯噛みした。


▼▼▼


 森の中、彼とシェリーが戦っている所よりも深い場所での事。そこには数多く存在する盗賊達のアジトの中でも一際規模の大きい廃要塞があった。

 廃要塞を拠点とする盗賊の数は実に百人超え、順調に盗賊団としての格も上げており、あと数ヶ月も経てば瞬く間に名を広める事だろう。


 そんな廃要塞の元は領主が座っていたであろう豪華な椅子の上に腰掛けるのは、そこの盗賊団のボス……では無く、小さく愛らしい少女だった。


「へー、そんな事があったの」


 桃色のツインテールを揺らし、彼女は身の丈に合わない椅子の上にチョコンと座って話を聞く。


「はい、ありゃ間違いなく盗賊狩りでしたよ」


 少女と話をするのは、あの時に盗賊狩りの事を遠目で見ていた盗賊の男である。


「生き残った人は?」

「ちょろっと確認しましたが見当たりませんでした。あそこには三十人以上居ましたが、盗賊狩りの事だからきっと全滅させてるでしょうよ」

「ふーん、そっかー」


 地面に届かない足をブラブラさせながら、彼女は物思いにふける。


「なるほどね、教えてくれてありがと」


 そして首を一つ頷かせると、咲き誇った笑みを男に向けて答えた。


「へへ、良いって事です。これもお嬢の為なんだから」


 男はそれに対して照れくさそうに返事をした後、その部屋から出ていく。


「盗賊狩りが来ても安心して下さい。俺らが全力で守りますから!」

「うん、すっごく頼りにしてるから」


 去り際に掛けられた言葉にも彼女は笑顔で応じ、そして完全に部屋で一人きりになった頃、スンッと表情を消した。


「……盗賊狩り、ねぇ」


 煌めく翡翠の瞳を虚空に向けて、少女は男が告げた名をポツリと呟く。


(盗賊を減らされるのはウザイなー)


 先ほどまで盗賊の男と仲良く話していた少女だが、別にこのアジトと深い関わりがある訳ではない。寧ろその逆で、彼女がこの地へ訪れたのは、たった一週間前の話だ。


(けど聞いた話じゃ、すっごく強いらしいわね)


 一週間前、森に一人で入った彼女を盗賊達は見逃さなかった。すぐに捕まえ、そのままアジトである廃要塞へと連れ去った。


……そして、一夜にしてアジトは少女の支配下に置かれた。


(面倒だけど、ここらで強い人と仲良く・・・なって護衛して貰おうかしら?)


 彼女の名前はミリア。人を惑わし、弄び、傀儡とする魔女である。







 時は遡り、夏休み期間中に彼がガゼルの元へ訪れ、そして立ち去った後の出来事。


「はじめまして、私は魅了の魔術師ミリア……オジサマの弟子の娘と言ったら分かるかしら?」


 彼とすれ違う形で訪問したミリアは、ガゼルに向かって自己紹介にそう告げた。


「娘、だと?」

「ええ、小さい頃に会ったりしてないかしら? 私は覚えてないけど」

「……そういえば、生まれて間もない赤子だったが、確かに見た事がある」


 会ったとは言ってもそれは十年以上も前の事で、しかも一度きりである。それ故に今まで気付かなかったが、心眼で見たあの時の赤ん坊と目の前の少女は、共通点が多く見られた。


「だが、だとしたら何故ここに……なるほど、父親の助けがあって生き延びれたか」

「へー凄い。お父様から聞いてたけど、本当に心が読めるのね」

「読めると言っても表面的な思考だけだ。何を考えているか大雑把に分かるだけで、その思考の真意を読み取る事までは出来ん」

「ふーん」


 ミリアは興味なさそうに返事をした後、ふとした疑問に首を傾げる。


「あれ? というか反応薄かったけど、もしかして魔術協会が潰されてるの知ってた?」

「ああ、弟子から聞いた」

「弟子?」

「少し前に新しく出来た方だ。お前の父親ではない」

「へー、って事はお父様の弟弟子になるのかな?」

「そうなるな」


 実に奇怪な奴だと言い掛けるガゼルだったが、直前の所で呑み込んだ。


「……それで、そろそろ用を聞いても良いか?」


 要件を尋ねるガゼルだったが、実を言うと彼女が何をしに来たのかおおよその見当が付いていた。


 かつての弟子に自身の娘を見せてもらった時、ガゼルは言われた。


『もし私が先に居なくなったら、この子を見てやって下さい』


 老い先短い人間に何を頼んでるのだとその時は思っていたが、不運な事にそれは事実となってしまった。


(お前は、まだワシを頼ってくれるのだな)


 せめてもの贖罪として、彼女の事はきちんと預かる気でいるガゼル……だが、次にミリアは予想外の事を言ってきた。


「別に無いけど? たまたま通りかかったから一度ぐらい顔を見せとこうかなーって、それだけ」

「……なに?」


 用が無いとはどういう事か。まさかと思いガゼルは問いかける。


「父親はワシの事で何か言ってなかったか?」

「うん? ……あー、言ってた言ってた。お父様が私を外へ逃がす時、オジサマの所へ匿って貰えって」


───けど、


「別に私、オジサマと一緒に暮らすつもり無いのよね」

「……」


 この時、ガゼルは自分が何か思い違いをしている事に気付いた。


「ねえ、オジサマは私が魔術師なのはもう分かってるでしょ?」

「そうだな」


 魔術師が自身の子に魔術を教える。それ自体は別に驚く事じゃない。己の魔術を後世に残す手段として最も効果的であり、なにより外部の人間から目を付けられにくい。


「私の魔術は人を操る事に長けているわ。お父様曰く、人の心を意のままにするのってオジサマでも難しいんですってね?」


 ガゼルは自分の一番弟子が、精神干渉の魔術の中でも人心掌握の術に重きを置いていた事を知っている。自身の子どもに魔術を教える時も、自然と学ぶ分野に偏りが生まれたのだろう。


「……なるほど、周りの奴らは傀儡か」


 そして話の流れで、ガゼルは家の周りに居る集団の正体を察する事が出来た。


「あら、気付いてたの? そうね、逃げてる途中で絡んできた盗賊達よ。けど傀儡って言葉は嫌かも、仲良くした・・・・・って言ってくれた方が嬉しいわ」


 微塵も悪気がなさそうに、彼女は微笑んで答える。


「それで、既にかなりの数を揃えているが何をする気だ? 聖騎士隊に復讐でもするのか?」


 なんであれ、ガゼルは彼女を止めようとは思わない。自分を信じて預けようとしてくれた弟子には悪いが、衰えた自分の力では彼女を止める事も出来そうにない。


「なんで私がそんな事しなきゃいけないの?」

「違うのか?」

「当たり前よ……私はね、世界で一番愛されたいの」

「なに?」


 直後、ミリアは再び予想外な事を言い出した。


「愛されたい。誰よりも、誰からも愛されたい。その為に私は色んな人と仲良く・・・なりたい。……まあ、今は自衛の為に戦える人だけを対象にしてるけど」


 愛されるべく魔術で人々を虜にする。……どのような心情でその結論に至ったか、心眼を持つガゼルには理解できた。だからこそ問いたかった。


「……お前の言う愛とは、魔術で歪めた感情も含むのか?」

「さあ? もしかしたら違うかもね、けど間違っていても関係ないわ」


 それをミリアは一蹴し、あっさりと答える。


「全員が私を愛してくれたら、そんな事を指摘する奴もいなくなるもの」


 そう言って彼女は愉快げに笑う。魅了の魔術師の名に恥じず、その姿は可憐で美しかった。

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