第24話 誇り高き騎士、シェリー・フォーリナー

 シェリー・フォーリナー。史上最年少となる二十歳で王国騎士団の隊長にまで登り詰めた天才、それが彼女である。

 隊長に任命されて五年、その才は尽きる事なく彼女の成長を手助けしており、経験も詰んだ今では誰もが認める王国騎士団の隊長となっていた。


 そんな彼女も、隊長になって間もない頃は未熟な面があった。

 彼女は騎士を非常に尊い存在として捉えており、己も騎士に相応しい人間で在ろうとするあまり無茶な行動に良く走っていた。


 部下を振り回して置いてけぼりにする彼女の振る舞いは王国騎士団の隊長として不合格であり、このままいけば隊長の座を降ろされる事も時間の問題だっただろう。そうならなかったのは、それより前に彼女が悔い改める事が出来たからだ。


 きっかけは五年前、隊長となって約半年が経過した頃、彼女は盗賊狩りと出会った。







 少し前から名のある盗賊団を殺して回り、既に一部界隈では知れ渡っていた盗賊狩り。その盗賊狩りが現在、とある盗賊団のアジトで暴れているという話を聞いた王国騎士団は、シェリー率いる第六騎士団を派遣した。


「お前が例の盗賊狩りか」


 盗賊のアジトへ辿り着いた頃には既に死体が散乱しており、その中央に奴は居た。


「ゲッ、王国騎士団」


 全身を黒ローブで身に纏い、顔は真っ白な仮面で覆う盗賊狩りは、声を聞いてもその正体どころか性別の判断すら付かなかった。


「既にここら一帯は我ら第六騎士団が包囲している。大人しくついて来て貰おうか」

「うわマジかー、いつかこういう日が来るんじゃって思ってたけど結構早く来ちゃったよ……ん?」


 とうとう騎士団に目を付けられたかと嘆く盗賊狩りだったが、ふとある事に気付く。


「あれ? お仲間は?」

「言った筈だ、第六騎士団が包囲していると」

「……え、って事は一人で来たの?」


 普通こういうのはバランス良く味方を配置するものなんじゃと、あからさまに驚く盗賊狩り。しかしシェリーは、当然だと言わんばかりに鼻息を鳴らした。


「相手がお前一人だけなら、私一人で事足りる」


 この時のシェリーは、自分の力に大きな自信を持っていた。

 生まれ故郷では負け知らず。王立学園に入学後も剣術クラブで華々しい戦績を収め、この前の武王祭では見事に優勝を果たし、遂にはその実力が認められて最速で隊長の座に着いた。


 正しくエリート街道まっしぐらな人生。その積み重ねは彼女を驕り高ぶらせるのは十分な物で……言ってしまえば舐めていたのだ。


「ふーん? まあ、どっちでもいいけど」

「なに? ……ッ!?」


 その慢心は、たった今彼女を祟った。


「な……ぜ……」


 相手は一歩も動いていない。他に人の気配もしなかった。なのに、彼女は背後から攻撃された。


「いやー、一人で来てくれて助かったわ。お陰で楽に逃げれる」


 完全な不意打ちに呆気なく気絶してしまう。直前に放たれた盗賊狩りの言葉は、彼女の脳裏に良く響いた。







 その後、彼女が目覚めた頃には全てが終わっていた。盗賊狩りは誰の目にも触れる事なく騎士団の包囲網をあっさりと掻い潜り、シェリー・フォーリナーの経歴には汚点が付く事となる。


 戦いとすら呼べない一方的な勝敗は、彼女に圧倒的なまでの敗北感を味合わせた。慢心した自分を心底呪い、二度とあのような醜態を晒すものかと固く心に誓った。

 以降、猛省した彼女は目覚ましい成長を遂げるようになり、今では自他共に認める気高い騎士となっている。


 しかし、彼女の心には未だ濁りが残ったままだ。それは彼女が盗賊狩りに勝利出来ていないから。

 あれ以来、シェリーは盗賊狩りと再開出来ていない。今じゃ盗賊狩りの報告例も途絶え、影も形もなくなっていた。


 盗賊狩りを討ち倒さずして、過去の自分を乗り越える事など出来ない。かつての愚かな自分と決別する為にも、彼女は是が非でも盗賊狩りに再戦したかった。


……そして現在、とうとうチャンスが巡ってきた。


「待っていたぞ、盗賊狩り」


 背後から剣を突き付ける。見間違える筈が無い。眼前に立つのは、かつて己が敗北した盗賊狩り本人だ。


(本当に、この時が来るのを待っていた)


 少し前から盗賊狩りが再び現れたという事を耳に以来、彼女はこの森へ足しげく通っていた。盗賊狩りの名を冠するのならば、盗賊達の巣窟となっているこの森には必ず訪れるだろうと予測して。


(……皮肉にも以前と似た構図となってしまったな)


 非番なので部下は連れて来ていない。かつてと同じく、この場にはシェリーと盗賊狩りしか存在しなかった。


(だが)


 しかし、一つだけ違う点がある。


「忠告しておく、前と一緒だと思うな」


 それは覚悟の有無。彼女は今日、誇りを賭けて戦いに来たのだ。


 一瞬、彼女の体が淡い光に覆われる。


「……やはり」


 その直後、目の前に居た筈の盗賊狩りが霞のように消えてしまった。


「そういう事だったか」


 それを確認するや否や、シェリーは突き付けていた剣を後ろへ大きく薙ぎ払う。


「……ッ!?」

「言った筈だ。前とは違うと」


 甲高い金属音が鳴り響く。そこには驚いた様子で防御をする盗賊狩りが居た。


▼▼▼


(おいおい嘘だろ)


 背後からの奇襲を防がれた彼は、久しぶりに戦いで冷や汗を流す。


「あんな小細工に敗れてしまうとは……かつての私がどれほど傲慢だったか痛感させられるな」


 かつての敗因となった術を突破できたシェリーは、喜ぶどころか過去の自分に憤慨していた。


(あっさりと【残影】を無効化させられた)


 先ほどの現象は、彼の魔術によるものだ。

 残影、その効果は自身がその場に留まっているかのように相手の認識を歪ませる事。持続時間は短いが、その間は相手に悟られる事なく行動できる。


(恐らくあれは)

「───天恵解呪」


 そんな残影をどう破ったのか。彼はなんとなく察していたが、向こうの方から答え合わせがされた。


「天より力を貰い受け、その身に宿す呪いを祓いとる。それが私の加護だ」

「……ですよねー」


 分かっていたが、本当に嫌になるなと彼は内心で嘆く。

 シェリーの持つ加護の力は、言うなればバフの付与とデバフの解除だ。別にこれが無かったら残影を突破てきない訳じゃない。途中で幻覚と気付けば残影の効果は即座に消えるし、そうじゃなくても範囲攻撃を仕掛ければ関係ない。


 彼が恐れているのは、残影を無効化させられる事じゃない。


「お前の力の正体は定かじゃないが、もう容易に私を欺けるとは思うな」


 精神干渉の魔術で使える力は、ほとんどが相手に何かしらの影響を与える物、つまりデバフだ。


(コイツに俺の魔術は通用しない)


 デバフ解除が可能な加護を持つシェリーとは、すこぶる相性が悪かった。







(天よ、我に力を)


 シェリーの体に淡い光が一瞬覆われる。次の瞬間、彼女は瞬く間に肉薄して剣を振り下ろす。


「……ッ!」(いやおっも!?)


 振り下ろされた剣を彼は防ぐが、あまりの威力に腕が痺れてしまう。


「防ぐか。いや、そうでなくては!」


 その隙を決して逃さず、彼女は続けざまに剣を振るう。


「うおお!?」

「あまり早く倒れてくれるなよ? あの時の私がより惨めに見えてしまう」


 彼は驚いた声を出すものの、何十と降りかかる剣撃を全て見事に対処する。


(思ったよりヤバいぞコレ! 単純な力だと向こうの方が上だ!)


 お互い既に魔力強化を施している。王国騎士団隊長であるシェリーは言わずもがな、彼も魔力強化に関しては自信があった。実際にそうであり、練度で言えばシェリー相手にも引けを取らなかった。

 ならばどうして彼が押されているのか、それもやはりシェリーの加護が原因だった。


 彼女の加護はデバフを解除するだけじゃない。こうして自分のパワーを強化するなど、バフも付与できるのだ。


「……っ」

「何か企んでいるな? そうはさせん」


 剣戟を交わす合間、シェリーは加護を使い自身に及ぼされているデバフを全て解除した。


 魔術によるデバフが加護で無効化されるならばと、彼はバレないよう徐々に彼女の精神へ魔術を掛け続けて、加護の使用を封じようとしていた。


(だあクソ! 勘付くの早すぎだろうがッ!)


 しかしそれも、途中でシェリーが加護でデバフを解除させた事で最初からやり直しとなった。


(やっぱ戦いが本職の奴を相手するのキッツい!)


 彼はスペックだけ見るなら、そこらの強者よりも遥かに優れている。王国騎士団の隊長クラスに匹敵する魔力強化、精神干渉の魔術による搦手、加えて治癒の加護も持っていて自己回復も可能と来た。

 それだけじゃなく、彼は前世でも数々の武術を学んでいた。それらの技術大半がこの世界の物よりも洗練されており、純粋な戦闘技術でも彼を上回る者は少ない。


 恵まれた能力の数々……しかし、一つだけ足りない点がある。それは彼が戦士じゃないという事だ。


 そもそもこれらの能力を習得した理由は、全て嫁の為である。それは嫁の安全の為だったり、理想の嫁を体現する為だったり……ともかく、彼は強者との戦いに勝つべく強くなろうとは、これまで前世含めて一度たりとも無い。


 仮に理想の嫁への情熱を少しでも強くなる事に向ければ、彼が世界最強になって異世界無双する事も出来ただろう。そんな出来事は金輪際起き得ないので、単なる夢物語に過ぎないが。


「どうやら盗賊狩りは、これまで弱い者いじめしかして来なかったらしいな」

「あ、分かる? 今ホントにしんどい。手加減してくれない?」

「すると思うか?」

「ですよねー」


 目的の過程で強くなった者と、目的の為に強くなった者。如何に前者が優れた力を持っていようと、生粋の戦士でなければ付け入る隙は生まれるというもの。


「貰ったッ!」


 シェリーはその隙を、確実に、的確に突いていた。


「やばっ……!」


 剣の猛攻に集中するあまり、彼は突然の足払いに対応が遅れてしまう。


「ハァッ!」


 そのまま尻もちをついてしまう彼に、流れるような動作でシェリーは死をも厭わない渾身の唐竹割りを振るった。


───取った。


「あだァ!?」

「なっ!?」


 確信と共に放たれた一撃は、寸分の狂いもなく相手の脳天へと命中した。……それに対して彼は、激痛に悶絶するだけであった。


「き、効いてないだと?」


 あの威力なら真っ二つになっていてもおかしくない。そうでなくても確実に気絶する筈だ。


「うごごご……ま、間に合ったけど死ぬほど痛ぇ!」


 それなのに気絶どころか目立ったダメージすら無い。ポタポタと頭から血の雫を流れ落としているが、それだけである。


(なぜ、なぜ無事でいるんだ?)


 不可解な事象にシェリーは動揺を隠せず、むざむざと相手に距離を取られてしまう。


「あーしんど、なんでこんな無駄に疲れにゃならんのだ」


 離れた隙に彼は治癒の加護を使用し、それで頭の傷はみるみる内に完治された。


「……ん?」


 その時に彼女は気付いた。


(コイツ、魔力強化はどうした?)


 魔力強化を行使する際、その者の体からは魔力の余波が放出され続ける。オーラとも呼ばれるそれは、魔力強化を使うなら必ず出てしまう物だ。それが今の盗賊狩りには無かった。


 魔力強化は自身の体内にある魔力を燃料とする関係上、魔力が無くなるとガス欠で使えなくなってしまう。もしやその状況に陥ってしまったのだろうか?


(いや待て、これは)


 しかし注意深く観察して、その考えが誤りだという事に気付く。


 盗賊狩りの体からオーラは確かに放たれていた。ただし外側へ漏れ出ておらず、まるで体の表面を伝うようにして流れていたのだ。


(……まさか)


 どういった仕組みなのか、そもそもそんな事が可能という事すら彼女は今まで知らなかった。ただ、魔力強化の熟練者として感覚的に理解する事は出来た。


「魔力を纏っているだと?」

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