第23話 盗賊狩り

 エリックに女王祭を盛り上げろと話を付け終えた後、彼は気分良く帰路へついた。


「〜♪」(早く始まらないかなー、女王祭)


 楽しみのあまり、思わず鼻歌を奏でる。彼がこうも何かを期待して待つ事は、転生して以来ほとんど無い。女王祭に嫁を参加させるというのは、それほど彼にとって一大イベントなのだ。


(確か女王祭って、出場者は何かしらパフォーマンスをするんだったよな?)


 女王祭では自身の魅力をアピールするべく、芸を一つ披露する必要がある。踊りでも歌でも、その内容は何でも良い。事前に運営側へ話を通せば、相応の準備をしてくれるし時間も取ってくれる。


(やっぱここはライブでもするか?)


 如何にして嫁を輝かせるか。それに彼は決して妥協を許さず、バロウズ商会のコネを使ってでも最善を尽くすつもりである。


(単にパフォーマンスをするだけならギターを弾くが、これは嫁の舞台だ。やっぱりピアノで魅せるべきだろう……特注のピアノでも作らせるか?)


 そうして熟考を重ねる内、懸念点が一つある事を思い出した。


(そういえば、盗賊が増え始めたらしいな)


 それは夏休みで故郷へ帰った時に地元民から聞いた話である。ここ数年は盗賊なんてめっきり見なかったが、最近じゃ各地で盗賊による被害が増え始めた、と。


(うーん)


 女王祭の舞台は王都にある。王都で盗賊が暴れるなんて事はあり得ないだろう。だが、王都の外側は違う。

 エリック曰く、以前まで盗賊が少なかった反動で荷運びの警備が疎かになっているらしい。そのせいで荷物の運送時に盗賊へやられやすくなっていると。


(万が一、って事もあるよな)


 仮に事態が悪化すれば、王祭そのものを延期して盗賊の対処に当たるという事もあり得る。


(嫁の晴れ舞台を盗賊如きに邪魔されたくないな)


 ならばどうするか? 幸いにも彼はそれを解決する手段があった。


(……またやるか、盗賊狩り)


▼▼▼


 王都から少し離れた森林地帯、そこが盗賊達定番のねぐらとなっていた。


 洞窟や廃村、古城などの雨風を凌げる場所が点々と存在し、森のすぐ近くには街道があって追い剥ぎもやりやすい。そして暗黒街とも揶揄される犯罪者に優しい街が近くにある為、そこで盗品を売り捌く事も可能、と。寄る辺のない盗賊達にとって中々の立地である。

 唯一の難点として森が王都の近くに位置する為、王国騎士団が良く見回りをする。しかしそれも前もって森に逃げ込めば良いだけなので、鼻の効く者にとっては大した障害じゃない。


 様々な条件が整っているこの森は、盗賊達にとって安息の地だった。……つい最近までは。


「き、来たぞー!」


 その夜、森の中の廃村を拠点にする盗賊達は仲間の怒号に目を覚ます。


 まさか、そんな、嘘だろ。……目覚めた盗賊達は、怯えた様子で口々に言う。


「───盗賊狩り・・・・だ!」


 その名が告げられた瞬間、彼らは一斉に動き始めた。


「クソなんで俺達が!」

「なんで、なんで此処が分かるんだよ!?」

「ごちゃごちゃ言うな! さっさと逃げるぞ!」


 廃村の至る所でざわめきが聞こえる。盗賊に連携なんて物はなく、皆が我先にと逃げようと必死だった。


「な、なあ、相手が一人だけなら勝てるんじゃ?」


 そんな状況でそう呼び掛けたのは、ならず者に堕ちて間もない新参の盗賊だった。

 この廃村には昔から盗賊稼業をしている人間が多く集まっている。熟練の盗賊とも呼べる彼らは、新参者からすれば心強い味方である。だからこそ、勝てるかも知れないと言ったのだ。


「そう思うならお前らだけでやってろ! その間に俺は逃げる!」


 しかし、そんな熟練の盗賊達は揃って逃げに徹していた。古くから盗賊稼業をしているからこそ、今からやって来る存在の恐ろしさを理解していた。


 盗賊狩り。今から五年前にいきなり現れたソレは、少し前まで盗賊達の死の象徴として恐れられていた。

 僅か一年で名のある盗賊団を全て壊滅させ、殺した盗賊の数は数知れず、噂では王国に巣食う盗賊の四割を皆殺しにしたとも。……盗賊狩りとは、そんな生ける伝説なのだ。


(クソッ、めっきり現れなくなったから安心してたってのに……!)


 このアジトには三十人以上の盗賊が居て、手練れもそれなりに揃っている。これなら勝てるか? ……否、不可能だ。だって相手は盗賊狩りだから、理由なんてそれだけで十分だった。


(とにかく今は逃げる事だけ考えろ! その後の事なんて今は良い!)


 準備を整えた盗賊の一人である男は、仲間を置いて寝床にしていたボロ屋から飛び出る。


「……ぁ」


 その時、男は目の前の光景を見て絶望した。


「おー、やっぱ結構な規模になってんのな」


 この場には似つかわしくない呑気な声で、のっぺりとした白い仮面を被るソイツは言う。その足元には、先ほど盗賊狩りが来たのを知らせたであろう見張りの仲間が転がっていた。


「───んじゃ、パッパッと片付けるか」


 あいも変わらず軽い調子のままソイツは呟いた後、一瞬にして男の目の前まで肉薄し、


「よい、しょっ」


 剣を振るって首を断ち切った。


▼▼▼


「……ヨシッ、生き残りも逃げた奴も居なさそうだ」


 盗賊が住処にしていた廃村に訪れて三十分、彼は盗賊を皆殺しに出来た事を確認すると大きく頷く。


「うーん、やっぱ少しなまったか?」


 そう言って彼は自身の右手を眺め、調子を確かめるように握って開いてを繰り返す。


「まあ、最近は自主練もサボってたし仕方ないか」


 今後の為にも真面目にトレーニングしなきゃなあ、と。彼は今後の生活を改める事にした。


……一時期は世間を揺るがした盗賊狩り、黒いローブと白い仮面を身に付けるその者の正体は彼であった。


 彼が盗賊狩りを始めたキッカケは、やはりと言うべきか彼の嫁が関わっている。

 実は盗賊狩りを始める少し前、彼は盗賊に攫われかけたのだ。その時は自身の専属騎士が駆け付けてくれたお陰で事なきを得たが、逃走した盗賊は彼の逆鱗に触れてしまった。


『コロス』


 なんとも単純明快な殺害予告。その日の夜には件の盗賊を惨たらしく殺してみせた彼だが、その時にふと思ったのだ。


『別にコイツ一人を殺した所で、嫁が二度と襲われない保証ないよな?』


 実行犯は駆除した。しかし大元を叩かない限り、こういった輩が再び現れるかも知れない。そう思った彼は居ても立っても居られなくなり、そして決意した。


『ひとまず目に付いた盗賊は皆殺しにしとくか』


 望むのは絶対的な嫁の安全。彼自身が嫁なのだから、盗賊と戦うのは嫁を危険に突っ込ませるのと同じでは? そう思うかも知れないが、実のところ違う。

 彼は基本的に嫁のセレナとして行動している。だが、時と場合によっては嫁では無く彼自身・・・としての行動も普通に取る。それはエリックとの商談であったり、魔術を学ぶ時であったり、盗賊を殺す時であったり……嫁が行動するには相応しくない状況下で彼は動く。


『そうと決まれば、今後の計画を練らないとな』


 彼は理想の嫁そのものに成りたいのではなく、理想の嫁とラブラブ生活を送りたいのだ。自分の自我を消して完全な理想の嫁に成りきるのは、彼にとって不本意な事だった。


『早く嫁が安心できる環境を作らなければ』


 そのような常人には理解し難い理屈によって、彼は遠慮なく盗賊に喧嘩を売る事が出来たのだ。


 その後、彼はバロウズ商会の情報網を使って周辺にある盗賊団のアジトを襲撃しに行った。エリックとしても盗賊は商品の運送時に酷く邪魔な存在である為、惜しみなく協力した。……まさか、たった一年でほとんどの盗賊団を壊滅させるとは思わなかったが。


「盗賊狩りを辞めて四年経つけど、もう結構な数の盗賊団が出来てるんだよな。……ゴキブリかよ」


 ちなみに盗賊狩りを一年で辞めた理由は、飽きたから。その頃にはもう近場に盗賊なんて一人たりとも見当たらなかったし、そんな状況でわざわざ遠出して狩りに行くのも馬鹿らしく思った。だから辞めたのだ。


「会長に言われてこの森に来たけど、此処だけでもう百人以上は狩ったぞ?」


 盗賊狩りを再開してから一ヶ月、今や休日を利用して盗賊を狩るのが彼の習慣となっていた。


「来週も此処を狩場にするかー」


 王都からこの森へ向かうのに半日も使った、早く帰らないと明後日の授業に遅れてしまう。と、彼は今回の盗賊狩り活動を早めを切り上げた。


「……ん?」


 その時、彼は視線を向けられている事に気付く。


「……」


 気配の感じる方に振り向けば、そこにはボーッとした様子で男が木々の裏からこっちを覗いていた。


(盗賊、だよな?)


 その身なりから盗賊だと分かる彼だが、だとしたらおかしい。なにせ盗賊だったら、この光景を見れば一目散に逃げる筈だ。いや、盗賊じゃなくても恐ろしくて逃げると思うが。


(うーん、あからさまに怪しい)


 非常に気になる。気になるが、時間も時間だし深追いするのも危険かと彼は動こうとして踏み止まる。


「……」

(あ、逃げた)


 そうこうと悩んでいる内に男は森の奥へと消えてしまった。


(どうしよ、記憶だけでも探っとくか?)


 今ならまだ間に合うだろうし、とりあえず今やれる事はやっておくかと彼は改めて動き始める。


「───動くな」


……直後、後ろから女の声が聞こえた。


(へ?)


 よほど気が抜けていたのか、相手が手練れだったのか。いずれにしても彼はとある人物に背後を取られ、後頭部に剣を突き付けられてしまっていた。


「噂には聞いていたが、どうやら本当だったらしい」

(えっとー)


 たなびく金のポニーテール、黄金の瞳は真っ直ぐに彼を睨み付ける。


「これで会うのは二回目だな」


 身に纏う鎧から騎士であると分かる。……そして、胸元に付けられたエンブレムは彼女が単なる騎士でない事を如実に示していた。


「───待っていたぞ、盗賊狩り」


 王国第六騎士団隊長、シェリー・フォーリナー。

 王国騎士団でも強者の一角とされる隊長の一人、中でも自身に因縁を持つ相手と、彼は邂逅を果たしてしまった。


(……マジすか)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る