第22話 王祭

「……ッ!?」


 それは一瞬の事だった。気のせいかと、思い違いかと考えてしまうほどに刹那の出来事。ルークはその瞬間、途轍もない殺意を感じた。


(な、なんだ今の?)


 押し潰されるほどに重々しく、息が詰まるほどに濃厚な、そんな死を具現化させた悍ましい殺意をルークは確かに感じ取った。


「え!? そ、そうだったのですかセレナ様!」

「違いますよ」

「……ッ」(ま、まただ。また感じた)


 冷や汗が止まらない。動こうにも殺意が出た瞬間は体が硬直してしまい、それ以降も震えを抑えようとする始末。


「メルティさん、エリーゼさんはどう思いますか?」

「うぇ!?」

「エリーゼさん、ですか?」

(み、みんな気付いていない?)


 三度目の殺意。もはや気のせいじゃない事は明白で、けれど自分以外に感じ取った者は見当たらない。


「エリーゼさんはルーク様にツンツンしておられますので、違うと思いますけど?」

「ウッ」


 メルティの何気ない言葉にグサっと来たエリーゼは、項垂れてブツブツと独り言を始めた。


「なぜ私が、そうだと思ったのですか?」

「セレナさんは学園でも聖女のような優しさを持つ事で有名ですわ。そんな方なら同じく心優しいルーク様をお慕いしてるかも、と。それに今はそうじゃなくても、将来そうなる可能性もあり得ると考えましたの!」

「…………そうデすか」

「ッ!」(なんだ、本当になんだこの感覚!?)


 会話を聞く事もままならない。ルークは謎の殺意の居所を探そうと、必死に辺りを見回した。


「ル、ルーク大丈夫? なんだか凄い汗の量だけど」


 ルークの異変に気付いたロッシュは、コッソリと耳打ちして尋ねる。


「ロッシュ……いや、なんでも無いよ」


 まだ正体も分かってない今、無闇に伝えて混乱を招くのは良くない。そう判断したルークは、はぐらかす事にした。


「お伝えしておきますが、私はルークさんの事を恋愛的に好きとは思っていません。今後そうなる事も無いと思って大丈夫です」

「そ、そうなんですの? うむむ、ですがルーク様がセレナさんを好きになるという事もあり得ますし……そうですわ!」


 メルティは立ち上がり、声高らかに言う。


「セレナさん、貴女も女王祭に出て下さいませ!」

「……女王祭、ですか?」

(あ、あれ?)


 直後、断続的に感じていた殺意がパタリと存在を消した。


「はい、数ヶ月後に開催される女王祭。そこでどちらの方が魅力的か白黒決めましょう!」

「え?」


 ようやく会話に意識を向けれるようになったルークは、メルティが放った言葉に困惑の声を漏らした。


「「「「「ッ!!」」」」」(何ィィ!?)


 その時、聞き耳を立てていた周りの者達がガタッと勢いよく席から立ち上がった。その思いは皆一つ。


『学園のマドンナ二人が、女王祭に!?』


 なにやらメルティやセレナと仲の良いらしいルークという男の存在も忘れて、生徒達は突然訪れたビッグイベントに心を躍らせる。


(な、なんでそうなったの?)


 一方、当事者であるルークは状況を飲み込めず置いてけぼりだった。


▼▼▼


(女王祭……なるほど、なるほど)


 メルティに告げられた言葉を彼はじっくりと噛み締めた後、


(───うん、さっきの発言は許す)


 殺意に満ちたドス黒い感情から一変、彼の心は清々しい晴天へと様変わりしていた。


(いやー、一時はどうしてやろうかと思ったけど)


 直前までメルティの不用意な発言に殺意で満ちていた彼は、その矛先をルークに一点集中する事でなんとか周りに悟られないようしていた。


(まさかそんな、願ってもない話をしてくれるなんてな)


 何度も何度もメルティの言葉に怒り狂うも耐え続け、人気の無い所で二度と同じ事が言えないよう調教を施すつもりだった。が、彼女の提案はそれら全てを不問にしても良いぐらい彼にとって貴重な話だった。


 グレイスフィア王国では、五年に一度だけ王都に中心に王祭という大きな祭りを開く。その祭、各分野の王国ナンバーワンを決めるべく様々な大会が開かれる。

 一番の強者を決める武王祭、神への信仰心の高さをアピールする聖王祭、何かしらの研究成果を発表する賢王祭などなど、その内容は多種多様だ。その中の一つにあるのが女王祭だった。


 女王祭の内容は、王国で最も魅力的な女性を決めるというもの。俗に言う所のミスコンである。

 審査員は、女王祭を見に来た観客全員。毎年そこそこの人数が集まっており、優勝が目的じゃなくても自分をアピールするという点においてこれ以上ない場であった。


(本当、どう参加したら良いのか悩んでたんだよね)


 彼は女王祭に是が非でも参加したかった。しかし嫁が自ら参加を申し込むのは解釈違いであり、周りにも自然な形で参加を促してくれるような人物が居ない。そんな要因が重なったせいで彼は女王祭に参加出来ずにいたのだ。


(けどメルティちゃんのお陰で、参加の目処は立った)


 本来なら女王祭への参加は控えた方が良い。理想の嫁を体現するという元々の目的からズレているし、なにより嫁を必要以上に目立たせて余計な敵を作る可能性もある。


(これで嫁の輝く所が見れる!)


 それでも彼が参加したい理由は、嫁が輝く姿を皆に見せたいから。

 別に嫁をアイドルのように活躍して欲しいとは思っていない。これはある種の自己顕示欲である。

 前世で生涯を掛けて探し続け、死んでもなお異世界に転生する事でようやく見つけた自分の嫁は、こんなにも素晴らしいのだと皆に知らしめたい……要するに、彼は嫁自慢がしたいのだ。


「えっとセレナさん、お返事を聞いても?」


 ボーッとするセレナに、メルティは首を傾げながら尋ねる。それに対するセレナの答えは一つだった。


「……分かりました、参加しましょう」


 直後にシーンと静まり返る食堂。


『ウオオオ!!!』


 その間、生徒達の心の中は大いに盛り上がっていた。







「女王祭かぁ、学園でも人気のある二人だったら優勝も夢じゃないかもね」


 セレナとメルティ、学園のマドンナである二人が女王祭へ参加する事を宣言したのを聞き、ロッシュはそう言った。


「う、うん、そうだね」


 ようやく状況を飲み込めたルークは、その言葉になんとか返事をする。


「そういえば、ルークって武王祭に参加するの?」

「武王祭? うーん……参加するつもりだけど、まず予選を突破できる自信が無いんだよね」


 一番の強者を決める武王祭は、成年の部と少年の部で分けられている。そのどちらも王国中から参加者が集うほど大人気で、武王祭の舞台へ上がる為にはまず予選を勝ち抜く必要があった。


「そっか、僕も武王祭に参加する予定だよ……そして、優勝を狙ってる」

「……」


 確固たる意思を秘めたロッシュの瞳に、ルークは少しばかり目を見張る。


「今まで弱く見られてばかりだったから、武王祭で証明して見せるんだ。僕が真剣に騎士を目指してるって事を」

「……そっか」


 覚悟を持って挑むロッシュの姿を見て、ルークは一呼吸して気合を入れてから言葉を紡いだ。


「だったら話が変わってくるね」

「え?」


 ルークはロッシュと目を合わせて答える。


「武王祭、俺も優勝を目指す気で挑むよ」

「ルーク……」


 その瞳からは、ロッシュにも負けないぐらい強い意志が籠っていた。


「戦う事になったら、その時は全力で」

「……うん」


 そう言ってルークから差し出された手を、ロッシュは固く握って答えた。


▼▼▼


「───という訳で、この度めでたく嫁の女王祭への参加が決定しました!」

「……」


 その日の夕方、バロウズ商会本店の応接室にて彼はエリックへ会いに行っていた。


「そ、そうか。それは良かったな」


 出会って開口一番にそう言われたエリックは、どう反応したら良いのか分からず困惑する。彼の方から出向くなんて久しく無かった為(※しかもアポなし)、何かあったのかと大急ぎで来てみたらコレだ。


「いやー、こんな嬉しいイベントなんて早々ないよな。会長も王祭でなんかするのか?」

「ああ、今年出したカメラについて周りから色々と尋ねられてな。折角だから商会のアピールも兼ねて賢王祭でカメラの説明をしようと思うのだ」

「へー、まあ頑張れよ。賢王祭の採点基準とかよく知らんけど、まあお前なら優勝も行けるんじゃないのか?」

「当然だ。他が何を出しても一番になる自信はある。……ところでセレナ殿、そろそろ本題を聞いても良いか?」


 嫁が女王祭に出た。その嬉しさを共有したくてやって来た。ただそれだけ。……そんな事をする相手じゃないのは、エリックもとうの昔に理解していた。


「あーはいはい、早く俺との話を切り上げたいんですよねー。ったく、嫁の晴れ舞台をなんだと思ってるんだ」

「……」


 若干それだけの為に来る可能性も出てきたが、幸いにも今回は違うらしい。


「率直に言うぞ。お前、女王祭を盛り上げろ」

「…………すまん、なんだって?」


 聞き間違いだろうか? いや違う。エリックは目の前の悪魔を対等な立場で相手取るべく、常に神経を張っている。そんなエリックが、彼の言葉を聞き間違う筈がない。


「女王祭に人が多く来るよう盛り上げろ。宣伝、投資、会場の質向上、とにかく持てる力を全て使って女王祭を盛り上げろ」

「……理由を、聞いても良いか?」

「そんなの決まってる」


 やはり聞き間違いじゃ無かった。思わず理由も尋ねてしまったが、なんかもう聞きたくない。


「───嫁の晴れ舞台だ。より多くの人に来て欲しいと思うのは、夫として当然の事だろ?」

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