第21話 波乱の予感?

 長いようで短かった夏休みも終わりを迎え、生徒達は王立学園へとむかう。


(あ〜、結局手掛かりゼロかよ)


 長い休み明けの登校初日という事もあって腑抜けた生徒が多い中、彼も彼で気怠い雰囲気を放っていた。勿論、それを表には出さないが。


(探すにしても盗賊と違って簡単には姿を見せないだろうし、やっぱ前みたいに漁夫の利を狙うしかないのか?)


 魔術師について情報を得たいが為に師であるガゼルのもとへ訪れた彼だったが、その結果は芳しくなかった。


 ガゼルが魔術協会に居たのは十年前……聖騎士隊によって壊滅させられる前の話だ。それ以降、ガゼルは新たに出来た魔術協会にも所属していなければ、他の魔術師と連絡も一切取っていない。何か知っていたとしても、それは十年以上も前の古い情報だ。


「久しぶりの王立学園! 皆さんと会えるのが楽しみです!」

「ふふ、そうですね」(あーそっか。学園が始まったって事は、奴とも会わなきゃダメか)


 奴というのは、ルークの事である。彼にとってルークとは、未だに自身の嫁を奪う可能性の高い敵であった。


(学園モノの夏休みなんて、絶対にイベントの一つや二つ起こしてるだろ)


 それと異世界ハーレム主人公とも思っているので、もしかしたら夏休みの間に新たなヒロインをゲットしているのではと考えた。


「あ、皆さん居ました! 行きましょうセレナ様!」

「カエラ、嬉しいのは分かりますが転ばないで下さいね」


 噂をすればなんとやら、登校する生徒達の中に友人の姿を見かけたカエラは、セレナを連れてそちらの方に向かった。


(まあ、新ヒロインが出たなら勝手にラブコメしといてくれ。そしたら自然と嫁に関わる事も無くなるし)


 ちなみに実例としてルークは夏休み前で剣術クラブの先輩と様々なイベントを起こしていたのだが、その間はセレナに接触する頻度が低くなったのだ。


「皆さーん! お久しぶ……」

「お久しぶりです」(……おや?)


 向かった先には、見知ったメンバーが揃っていた。

 苦笑するルーク、睨むエリーゼ、アワアワするロッシュ。


「───ねえ、いつまでルークにくっついてんの?」

「……? なぜって、ルーク様をお慕いしていますから?」

「〜ッ! 早く離れなさいよ!」


……そして、ルークの腕に抱きつく白髪碧眼の少女。


「なぜ貴女にそのような事を……ハッ! まさか貴女もルーク様の事を!?」

「え? いや、それは……そ、そう! ルークが歩き辛いと思って言ったのよ!」

「まあ! 確かにその通りですわ、失礼しましたルーク様!」

「う、うん、気にしなくていいよ」

(…………おんやぁ?)


 その瞬間、彼は察した。


「えっと、その方は一体……」


 見知らぬ人物が混じっている状況にカエラは困惑し、挨拶も忘れて思わず尋ねてしまった。


「あ、セレナにカエラ」

「この方達は、ルーク様のお友達ですの?」

「そうだよ」

「なるほど、でしたらご挨拶しなければですね!」


 そう言うと彼女はセレナ達の方に体を向けて姿勢を正し、ちょこんとスカートを持ち上げて優雅にお辞儀をした。


「はじめまして、わたくしはメルティ・エルロード。エルロード侯爵家の長女ですわ」

「こ、侯爵……!?」


 貴族の中でも爵位の高い侯爵貴族。そんな人物と生まれて初めて対面したカエラは、少しばかり萎縮してしまう。


「そして!」


 そんなカエラを置いて、彼女はルークの腕に勢いよく抱き付き、


「あ、あんたまた……!」

「この方、ルーク様のフィアンセですわ!」


 そう宣言した。


「え、えー!?」

「まあ」(あー、やっぱそういう感じか)


 いきなりの発言にカエラとセレナ(※内心はどうあれ)は驚き、そして周りに居た生徒達も同様の反応を示していた。


「な、な、なに言ってんのよあんた!? ルーク、本当なの!」

「違うよ!? いや、メティも違うからね?」

「あら、確かにそうですわね。まだそうなる予定のだけでした」

「未定だよ!?」


 ワイワイ騒ぐ三人からロッシュは離れ、セレナ達の方へ行ってコソコソと喋った。


「ルークとメルティさん、なんだか夏休みの間に色々とあったらしいんだ。それでメルティさんがルークを好きになって」

「な、なるほど」

「そういう事でしたか」(知 っ て た)


 ウェーブのかかった腰まである真白の髪。空色の目は若干鋭く仏頂面だと怖そうだが、そんな印象を皆無にするほどの愛嬌ある振る舞い。


(にしてもエルロード家って……凄いのが出てきたなぁ)


 メルティ・エルロード。侯爵貴族の中でも一際強い力を持つエルロード家の令嬢、それがルークの新たなヒロインであった。







「───これが、わたくしとルーク様の出会いですわ」


 昼休み、王立学園の食堂にて。メルティは冷やし中華を食べながら皆にルークと夏休みの間に何が起きたかを語った。


(あー、はいはいなるほど。つまり悪役令嬢ポジに立たされたメルティちゃんをルークが救った訳ね)


 ものすごいざっくり要約したが、彼の行った事に間違いはなかった。


 セレナ達と同じく地元へと帰ったルークとエリーゼ。そこでルークは偶然にも家出したメルティと出会い、その後も密かに会って話す仲となった。

 仲良くなったルークは彼女の抱える問題を知る事となる。高い身分を持つが故の厳しい家庭環境、外面だけは良い下衆な婚約者、それらの問題を解決すべくルークは立ち上がる。

 エリーゼや頼れる地元民の手を借りて徐々に解決していくルーク。最終的にはメルティを悪役令嬢に仕立てて婚約破棄しようとする婚約者を逆に成敗して、メルティを全てのしがらみから解放させた。結果、ルークはメルティに惚れられたのだ。


「そ、そんな事があったのですか」

「ルークの奴ってば酷いのよ、肝心な時にアタシを置いて」

「いや、それは危ないと思ったからで」

「なによ?」

「まあまあエリーゼ、落ち着いて……って言いたいけど、僕もその場に居て置いていかれたら多分やきもきしちゃうと思う」

「うっ……ごめん」


 数的不利を悟ったルークは、渋々ながら謝った。


「ところでルーク様、なぜメルティ様の事をメティと?」

「ああ、それは」

わたくしがそう呼んで欲しいと言ったからですの!」


 メティは自身の愛称だと、メルティはルークの発言を遮って自慢げに答えた。


「そ、それはつまりルーク様だけにしか呼ばせないという?」


 その答えにカエラは頬を赤らめて質問する。あまりその手の話を周りで聞かない為、興味津々だった。


「いえ、別にルーク様だけじゃありませんよ? 皆様も呼んでくれると嬉しいですわ!」

「あ……そうでしたか」


 しかしメルティからは予想と違う答えが返ってくる。ちょっぴり残念に思うカエラだが、それはそれとしてメルティの愛称は有り難く使わせて貰う事にした。


(……ふむ)


 一方、彼はそんな光景を一歩離れた立ち位置で眺めながら考える。


 ルークの幼馴染であるエリーゼ、ルークが所属する剣術クラブの先輩、そして今回登場したお嬢様のメルティ・エルロード。


(これでルークのヒロインは三人か)


 他にもルークの知り合いとしてカエラは居るが、今のところ攻略された様子も無いので除外した。それとセレナについてだが、そんなの許される訳ないだろと彼は候補にすら上げなかった。


(この中で一番モテるのは、やっぱメルティちゃんか?)


 剣術クラブの先輩の事は詳しく知らないので分からないが、仮に知っていたとしても彼はメルティが一番周りにモテていると考えただろう。


(まあ嫁と双璧をなすマドンナだし、ぶっちぎりだろうな)


 なにせ彼女は、王立学園のマドンナとして周りから密かに持て囃されている存在なのだ。


 入学式から約半年、その半年間で二人の一年生は学園中から認知される有名人となっていた。

 非常に親しみやすく、どんな相手でも優しく受け止めてくれる慈愛の聖女、セレナ・ユークリッド。

 上級貴族とは思えないほど天真爛漫で、愛嬌がありつつも皆を引っ張る不思議なカリスマ性を持った愛されお嬢様、メルティ・エルロード。


 二人の少女の存在は瞬く間に噂され、今や王立学園のマドンナとして二大巨頭を築いていた。


「なんだあの男」

「メルティちゃんとベッタリしやがって」

「私達のメルティ様を独り占めするワケ?」


 学園のマドンナの称号は伊達じゃない。この通り、メルティからガッツリ好意を寄せられてるルークは、至る所で負のオーラをぶつけられていた。しかも学園に登校してからずっとだ。


(まっ、ハーレム主人公が背負う悲しいさがだよな。ドンマイ)


 居心地の悪そうにするルークを見た彼は、心の中で適当に言葉を投げながら(※口には出さない)食堂のカレーを食べる。


「───それでわたくし、思ったんですの。ルーク様のような魅力的な殿方をわたくし以外が狙わないとは限らないと」

「あはは、そうハッキリ言われると少し恥ずかしいな」


 その間もメルティを中心とした恋の話は続き、彼女はルークと結ばれる為に何をやっているかを本人の前で語った。


「そこで! わたくしは今日のルーク様の学園生活を見て、恋のライバルが居ないかを密かに探しておりましたの」

「ふ、ふーん?」

「そして気付きましたわ、恋のライバルとなり得る方がこの中に居ると!」

(あちゃー、遂にバレちゃったか)


 エリーゼはルークへの好意を隠しているが、正直言ってバレバレであった。……バレバレなのだが、奇妙な事に今までエリーゼの好意に気付いた者は、彼を除いてこの中に存在しなかった。


「ズバリ!」

(どうすんだろ? やっぱツンデレらしく誤魔化すのかな?)


 この後の展開を予想しながら観戦していると、メルティはシュバッと自信満々に指差した。


「貴女ですわ、セレナ・ユークリッドさん!」







【……あ??????】

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