真実を語る怪談師
新星エビマヨネーズ
真実を語る怪談師
二十年も前のことですが、あの恐ろしい怪談師の一言は今でも忘れられません。
なにしろ、彼の言葉は真実だったのですから——
若い頃から怪談話が好きでした。酒の席では相手構わず「何か怖い話ない?」などと
「……で、どんな話が一番怖かった?」
人間の怖いもの見たさというやつは、どうにも抑えがたいようで。
あの頃はまだレンタルビデオ店がよく賑わっていました。今じゃすっかり消えてしまいましたが、ローカルで個性的なお店がどこの町にも必ずあった。私の行きつけは手近な目立たぬ店でしたが、品揃えは心憎いほどに行き届いていました。ただひとつ、退屈なホラー作品の陳列棚を除いては。
いえ、その点で店を責めるつもりはありません。むしろ非があるのは私の方です。なにせその頃の私は、文字通り怪談話に取り憑かれていたんですから。人間の感覚は、知らぬ間に麻痺していく。ほら、ときどき整形が癖になってしまったなんて女性がいるでしょう。手術を繰り返すうちに「美しさ」の感覚は少しずつ狂い出し、何度もメスを入れたその顔はやがて醜く崩れていく……。いやいや、さすがの私もそこまでイカレちゃいませんでしたがね。
その物足りないホラーコーナーを物色していたある晩のことです。「ホテルにまつわる怖い話」というタイトルがふと目につきました。パッケージには着物姿の怪談師。『全国各地のホテルを巡って体験した怪現象を再現VTRとともに語り尽くす』とのコピーに、二十話ものエピソードタイトルが連なっていました。
——期待できる、と直感しました。自分で言うのもなんですが、この手の作品を数々観てきた私の目は確かです。「ホテルにまつわる」という切り口は新鮮でしたし、ましてこれだけエピソードが豊富なら、ひとつやふたつは心の底からゾッとするような話に出会えるかもしれない。
……こんなことに胸が高鳴るなんて、やっぱりあの頃はどうかしてたんです。
家に帰ってすぐにDVDをデッキにかけました。
暗闇の中にロウソクの灯りがぼうっと灯り、さきほどのパッケージにあった怪談師の姿が浮かび上がりました。肉付きのいい顔に着物がよく似合っています。低く雰囲気のある声でイントロダクションが語られると、いよいよ第一話が始まりました。
私の覚えている限りで、彼の体験談をお聞かせしましょう。
——とある地方のホテルに宿泊したときのこと。その部屋ではどういうわけか、シャワーが勝手に流れたり、空調がひとりでに作動したりと不可解な現象が続きます。気味悪く思いながらも、旅の疲れから彼はベットに横になるとすぐに眠ってしまう。
再びシャワールームからの激しい水音。目を覚ますと、身体が動かない。
目だけを動かして部屋を見回すと、わずかに開いた部屋の扉から白いモヤのようなものがゆっくりゆっくり流れ込んでくる。彼のベッドを取り囲んだモヤは、気がつくと何体もの人影に姿を変え、彼にむかって口々になにやらボソボソと囁きはじめます。
彼は凍りつくほどの恐怖に取り憑かれながらも、心の中で必死にお経を唱えました。ある高僧が「これだけは覚えておきなさい」と教えてくれたお経です。それを心の中で一心に繰り返すうち、いつの間にかモヤは去り、彼は解放されていたのでした。
怪談師の語りは巧みで、再現VTRも非常に凝っており、私は満足と同時に少しの後悔を覚えたほどです。
——このあとも期待できそうだ。
そう思った矢先です。私は怪談師のさらに恐ろしい一言に戦慄しました。
「……これが私の体験した中で、最も恐い話です……」
…………は?
…………まだあと十九話あるけど!??
私は混乱しました。
いまのは聞き間違いだろうか? いや、そんなはずはない。もしかしたら次は別な怪談師が出てきて、次々に語り手が入れ替わるという趣向だろうか? でなければ、一話目であんな言葉を……
まるで金縛りにでもあったかのように固まっているうちに、二話目のタイトルが映って消えました。
真っ暗な画面に、ロウソクがぼうっと灯ります。
そこには、再び肉付きのいい男の顔がゆっくりと浮かび上がり、
「さて、続いてのお話は……」
真実を語る怪談師 新星エビマヨネーズ @shinsei_ebimayo
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