少し怖い話〜血まみれの男〜

双瀬桔梗

血まみれの男

 あの時はとても怖くて……正直、泣いてしまいそうでした。だけど、今、思い返すとなんだか変な話で……怖いと言うより、気味が悪いって感じでしたね。


 あれは……確か、三年程前だったと思います。


 あの日は定時で帰れたんで、いつもより気合いを入れて、晩ご飯を作っていたんです。そしたら玄関の扉が開く音が聞こえて……妻も今日は早く帰ってこれたのだと思ったのですが、違いました。


 リビングに入ってきたのは、見知らぬ血まみれの男だったんです。しかも、手には血がベッタリとついた包丁を持っていました。


 恐怖でその場から動けなくなっていると、男が不意に近づいてきたんです。そこでようやく“逃げないと”って思い、足を動かしたものの、台所の端の方に移動するので精一杯でした。


 あぁ、この訳の分からない男に、殺されてしまう。

 俺はもうダメみたいだ。今までありがとう。


 自然と心の中でそう、妻に別れを告げていました。


 けれど、男が危害を加えてくる事はありませんでした。その代わり、なぜかお椀に出来たての味噌汁をよそって……それを飲み干したんです。しかも、「いただきます」と丁寧に言ってから……。


 そして味噌汁を飲み終えると、「ごちそうさまでした。美味しかったです」とだけ言って、ゆっくりと家から出ていきました。


 意味が分からな過ぎてその後、しばらく放心してたんですけど、妻の「ただいま」って声にハッと我に返りました。


 勿論、妻にその事を話して、警察にも通報しましたよ。だけど、いまだにその男は見つかっていないそうです。


 しかも、男は血まみれだったのに、その日にそれっぽい事件があったなんて話も聞かなくて……。そういえば、どうやって鍵を開けたのかも分からないし……。今はなんだか不気味だなって思っています。


 それにしても……あの男は何者で、一体、何が目的だったんでしょうか……? そもそも本当に人間だったのかどうかも怪しいですよね……。



【終】

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