第14話 記憶の混同

 森の中にポツンと佇む石造りの建物。ドームのような形状の建物の入口は、正面にある下る階段だ。

 その近くには全く動物はおらず、植物だけが生い茂っていた。虫も鳥もミミズもいないこの場所へ、久方ぶりに訪れる者達がいた。


「ここですよここ!僕の家兼『魔王』の墓地!」


「家なの?トイレとかあるの?」


「僕はマシュマロしか出ないのでトイレいらないんですよ!」


「それ聞く度に思うが、尻から出たのがマシュマロだとしてもキモイよな?」


 騒がしい三人組は墓地へとなんの躊躇もなく踏み込んでいく。


 この墓地は動物を寄せ付けず、無理矢理近づいた者は肉体を焼かれ死ぬように呪いと結界が張られている。が、この三人にはそれが効かなかった。

 いや、効かなかったと言うより、効かせなかったが正しい。何故ならばその呪いと結界の発動権限は、全てバハムーナが所持しているからだ。


 バハムーナに認められた快斗とケープにはなんの効果もなく、こうしてズカズカと墓地へ入り込むことができるのである。


 外とは違って涼しい墓地の中に明かりはなく、明らかに歩きずらい。だがそれ以外の理由で、墓地に入った瞬間に快斗とケープは身を震わせた。


 明らかに魔力の密度が外とは違った。


「これ、もしかして全部『魔王』さんの魔力?」


「俺らと同じ属性だからいいものの……頭が痛くなるくらい濃い場所だな……」


 目眩と吐き気を催すほどの魔力密度。そして属性は闇と来た。これは普通の人間ならば耐えることはできない。

 それでもバハムーナは軽やかな足取りで墓地の奥へと進んでいく。慣れているのか効いていないのか分からないが、バハムーナが普通でないのは分かりきっていたので今更追求はされなかった。


 バハムーナに置いていかれないように二人も進んでいく。魔力の発生源は嫌という程主張されているので、明かりがなくともスムーズに進むことが出来る。

 幸い障害物もないので、ぶつかることもなかった。


 しばらく進むと、淡い紫色の光が漏れている部屋にたどり着いた。その中にはバハムーナと、部屋の中央にある土台の上に浮かび回転する、紫色の光を放つ石版が確かにあった。


 あったのだが、快斗は目を疑った。


「……想像の100倍、石版があるんだが?」


「ええ!ここには100個の石版が見えてます!でも実際は異空間にもしまわれているので、実質100億個ありますよ!」


 快斗は開いた口が塞がらなかった。一つだけだと思っていた石版が、目の前に100個もあったのだ。

 100個の石版が空中を回っており、バハムーナの言うことを信じるならば他の空間へ99億9999万9900個あることになる。


「これらのうち、どれか一個が正解です」


「無理ゲーだろ!これ全部触れっていうのか!?」


「僕も正解は知らないのでそうするしかないでしょうね!まぁ頑張れば一ヶ月後には終わるでしょう!」


「難易度カンストしてない?」


 ケープも石版の無理難題に呆れて座り込んでしまった。流石に全ての石版に触れるなんて所業、途方も無さすぎて終わる気がしない。

 恩返しの難易度が、リスク面以外で上昇してしまった。


「この世界を破壊しかけた『魔王』ですからねぇ、そりゃあ封印も簡単には解かせませんよってことでしょう!」


 何故か誇らしげなバハムーナは宙に浮かぶ石版を10個ほど叩き落とし、快斗に差し出した。


「さぁ!頑張りましょう!僕も協力しますので!」


「はぁ……俺の寿命ここで尽きそうだな……」


「ちなみに、悪魔って寿命ないよ」


「変なシナジー組み合わせんなよ」


 この試練と自身の種族の特徴がマッチしてしまったことに、快斗は深く絶望した。


「本当に触っていくしかないのか?」


「多分そうなんじゃないですかね?僕の時代の『聖女』マリアナさんは、そういう鬼畜なことをする人でしたからね」


 バハムーナの言う『聖女』マリアナという人物は、この墓地を設計及び結界と呪いを発動した張本人である。


 『魔王』を封印し、その解除の仕掛けを作り、そしてその管理及び監視をバハムーナに任せたのだ。


「それって、結構昔っぽいよね?この墓地の状態を見る感じ」


「えぇそうですね!数えてないから分かりませんが、1000年くらい前じゃないですかね!」


「ちょっと待って、ムーナちゃんって、人間?」


「いいえ?僕は精霊ですよ?」


「精霊!?」


 精霊という単語に過剰に反応したケープが快斗の後ろへ隠れた。何事かと驚く快斗を他所に、ケープはガタガタと身を震わせている。


「僕が強いからって今更怖がりますか?」


「それは関係ないよ!精霊って部分に驚いたの!」


「確か、精霊って神に作られた悪魔の天敵だったんだっけか」


「そう!だから危ないの!」


 快斗が口にした精霊の危険性に頷いて、ケープはバハムーナから隠れている。確かに天敵が目の前にいるとなれば平常では居られないだろう。

 快斗もこのことを初めて教科書で知った時、その恐ろしさに震え上がった記憶が───


「は?」


 ───誰の記憶だ?


「まぁまぁ、僕は別にあなたを取って食ったりしませんし、優しいみんなのお友達なので、そんなに興奮しないでください」


「精霊こわーい!」


 騒ぐ二人を他所に、快斗は自分が度々感じる不審な記憶に混乱した。


 明らかに誰かの記憶が染み付いている。その人がその時言ったことも、体調も、感じていたことも、息を吐いていたかどうかさえ覚えている。


 そして、その記憶の中で呼ばれている自分の名前は───


『騒がしい、少し黙れ弱小』


 快斗の思考が、割り込んだ声によって吹き飛ばされた。

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いよが産んだ神殺し 快魅琥珀 @yamitani

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