第18話 雨と血のにおい 後編 その11(終)

「……最高三か月、最低一か月か……」


 重い沈黙だと権之助は思った。


 春平は温い茶を飲む。


 飲み終えて、天井を見上げる。


 と、突然笑い出した。


「上等、上等……ありがとう」


 春平は爆笑し終えて権之助を見た。


「え?」


 まったく分からない。


「多忙な中、よく薬を作ってくれてありがとう。猶予を作ってくれてありがとう」


「……」


 権之助はまじまじと友の目を見た。


 そこに皮肉や嘲りはない。


「何もないのか? 希望も、やりたいことも……」


「そりゃ、人間だもの……あるよ。でも、はもう、渡し終えた」


「大切なこと?」


 復唱されて、春平は少し黙り、考え言った。


「この家を継ぐうえで大事なこと……かな?」


 と、この時、春平は一瞬だけ顔をしかめた。


「大丈夫か⁉ 完璧に仕上げたほうが……」


「ああ、大丈夫……古傷だ」


 そう言って、袖をたくし上げた。


 見事な切り傷があった。


「秋水が初めて真剣を持って俺に一撃をあたえた時のものだ……」


 春平はそう言って、雨戸をあけた。


 雨は音も聞こえないほど小さく降っている。


「過去の痛みも、傷も、明日につながるのなら安いものだ」


 思いっきり深呼吸をする。


「……雨のにおいだなあ……」


 最後の自然を春平は存分に吸い込んだ。


 

 その数か月後。


 平野平春平は、穏やかに逝った。

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もしも、最後に願いが叶うのなら(改訂版) 隅田 天美 @sumida-amami

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