第5話 エピローグ

「隆くんありがとうね。これで娘も浮かばれるわ」

 駐在所に立ち寄った中年女性が、自分で持ってきた手土産のお菓子を自分でほおばりながら、駐在にお礼を言っている。


「孝子おばちゃん。勤務中なんだから下の名前で呼ばないでよ」

 駐在もお菓子をほおばったあと、先ほどいれた緑茶の自分の分を啜る。


「俺の芝居も中々のもんだろ? だてに島の劇団で稽古してないよ。どうだいこの標準語。いかにも三年前にこの島に来たって感じだろう? しかし今時冥婚なんて風習は流行らないよ。まあ孝子おばちゃんの気持ちも分かるけどね。本当に量子ちゃんの事はお気の毒だった」

 そう言ってから駐在は緑茶を一気に飲み干した。


「東京から来たお嬢さんの事を利用したみたいでちょっと気はひけるんだけどね」

「冥婚はともかく、願掛けの話も本当なんだからいいんじゃないかな? あのお嬢さんが冥婚の話を知っているのには驚いたけどね。台湾とかでは今でも残ってる風習だって聞いて俺も驚いたよ。この島のルーツもそのあたりにあるのかもね」


「でもあのお嬢さんとしては、自分の髪だけを意中の人に渡した気になってるんでしょう?好きな物断って願かけまでして……」

 孝子は神妙な顔をしてそう言った。


「色恋なんてそんな迷信でどうこうなるもんじゃないでしょう。うまくいくならうまくいくし、そうじゃないなら何したって駄目だ。でも大丈夫だって自己暗示をかけられたんなら、真実はともかくとして何よりじゃないのかな」


「量子は東京に行きたがってたから、親としては最後に願いを叶えてあげられたみたいで、正直うれしいんだよね。あのお嬢さんには申し訳ないけれど……」

 そう言ってから孝子も緑茶を一口啜った。


「紙に書いてあった好物はあのお嬢さんの物だし、量子ちゃんもどこかで見守ってくれているなら、その想いが叶うように協力してあげてるんじゃないかな?」

駐在は言った。


「……実はね、髪を混ぜ入れただけじゃなくて量子の好物も紙に書いて、髪を束ねた帯にしちゃったんだよね」

「え、それは気が付かなかったな。じゃあ完全に言い伝え通りの冥婚も成立してるじゃないか」

「だから冥婚のしきたりに、あのお嬢さんの願掛けが加わったみたいになっちゃったのよね……」


「願掛けの方は、言い伝えでは思いが叶ったら文字は消えちゃうんだよね? 冥婚の方はどうなるんだろう? 叶うも何もないからそのままなのかな?」


「まぁ迷信だからね。書いた文字が勝手に消えるなんて事あるわけないわよ」


「孝子おばちゃんががそれ言っちゃダメでしょ」

 そう言って駐在は笑った。


「大体願掛けの方は最後まで成就したって話は聞いたこと無いわよ……好きでもない女の髪の毛もらったってすぐ捨てちゃうでしょ。気持ち悪いし、冥婚とも違うんだから」


「そりゃそうだよね。髪の毛を黙ってもらうくらいなら最初から気があるって事だよな……あれかな? 昔は好き同士でも、家柄がどうとか身分がどうとかそういうのがあったんじゃないの?」

 そう言って駐在は孝子が持ってきたお菓子をまた一口頬張った。そうして食べかけのお菓子をしばし見つめながら

「ところで量子ちゃんの食べたかった物って紙になんて書いたの?」と聞いた。


「チョコレートだよ」


  了

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冥婚(実験版) 十三岡繁 @t-architect

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