第4話 真実

「え!?素子、お前まさか……」

 彼女の様子がおかしい事を察して僕はそう言った。


 心臓の鼓動は高まり、僕の額には嫌な汗が流れ落ちる……。


「まさかじゃないでしょ」

 素子の顔に笑みが戻った。


「まさかはこっちよ。まさかここまで引っ張られるとはね……」


「どういうこと?」


「あの冥婚…ああ、死者と結婚させる習慣て言うのは冥婚と言って海外では本当にあるんだけど、島での話は私のでっち上げ。あなたより先に島に着いていたから色々と地元の習慣を聞いてたんだけど、冥婚に似てるけどあれ本当は願掛けのおまじないなんだって。自分の髪の毛と好きな食べ物を書いた紙を箱に入れておくのよ。それを好きな人が持っていてくれると二人は結ばれるんだっていう言い伝え。でも紙に書かれた内容は願いが成就するまでは他言無用で、髪の毛の主はそれまで紙に書いたものを食べちゃいけない事になってるの。二人が結ばれて、拾った人が紙に書かれた内容を髪の毛の主に伝えたところがおまじないのお終い」


「なんだよそれ、てことはあの時駐在さんもグルだったってわけ?」


「あの駐在さん島の劇団にも入ってるとかでノリノリで協力してくれたわよ。あなたが通りがかるタイミングで箱を置いてもらったってわけ」

 そう言って素子は笑った。


「でも素子、二個下の後輩なのに俺の事あの島に行く前から好きだったんだ……」


 彼女は頬を少しだけ赤らめ、それには何も答えずにこう言った。

「大体付き合い始めてからプロポーズまで何年かかってるのよ。二人で北アルプスに行った後にプロポーズされたから……今から六年前かな……お互い卒業してから五年もつきあってたのよね。おかげで高齢出産ギリギリになっちゃったじゃないの」


 素子の言葉の六年前というのがちょっとひっかかった。前に見た写真の記憶がはっきりしているわけではない。六年前の山と言えば、あの女性が写り込んでいた写真の時だ。なんとなくの話だが、それから更に二年前に何があったのかを思い出していく……そうか、素子は出張先で震災にあって数日間連絡がとれない事があった。あれは今から丁度八年前だった。独立前に手掛けた、思い入れのある仕事が完了した直後だから間違いない。


 あの時は一生懸命彼女の無事を神頼みしていた様な覚えがある。普段は神様なんか信じないと言っているのに、カッコ悪いので思い出しても口に出す必要は無いだろう。第一なんの話なのか自分にもよく分からない。


「ああ、これでやっとチョコレートが食べられる。もうホントこの十年以上地獄だったんだから……」

 なるほどチョコレートは素子の大好物だったわけだ。それを十二年間も我慢させてしまったのなら申し訳なかった。おまじないは今僕が言葉を明かしたことで終わったわけだ。


 僕は笑いながら箱を開けてみた。


「ん?髪の毛が無くなってるな?」


 時間が経つと髪の毛は消えてしまうものなんだろうか?髪は無くなっていたが、束ねていた紙帯と、文字が書かれていた紙は残っている。

 髪が消えた原因はよく分からないが、とりあえずその下にある紙をめくってみた。

……何も書かれていない。それはただの白い紙だった。


 その時素子の膝枕で寝ていた娘が呟いた。


「私もチョコレート食べたいな……」

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