37 その後の私たち

 そのあとの私たちは、元大聖女様のルーシャを連れて神殿の外に出ることにした。


 聖女の力はまだ残っているものの、ここに私達をまとめてつれてきたようなことはもうできないらしい。


「じゃあ、私の聖女の力ももう使えませんか?」


 ルーシャはゆるゆると首をふる。


「たしかに私は歴代聖女たちに力を貸していましたが、聖女に選ばれる者たちは元から能力がとても高いのです。だから、多少効力は落ちると思いますが、今もエステルは聖女の力を使えるはずです」


 それまで静かだったオグマートが急に口をはさんだ。


「おい、エステル! そんなことはどうでもいいから、早く私の身体を浄化しろ!」


 あっ、存在をすっかり忘れていたわ。


 アレク様にギロリとにらまれたオグマートは「うっ」とたじろいでいる。


「エステル、オグマートの件だが……」


 私に耳打ちしたアレク様の提案はこんな感じだった。


 まず、私がオグマートの手だけを浄化する。そして、残りも浄化してほしければ、この神殿に残って邪気が魔物化したものを倒し続けろと命令。


「もちろん、オグマートを一生ここに閉じ込める気はない。だが、今はルーシャ様を身体を休められる場所に運ぶのが先決だ。そのあとで、俺たちはまたここに戻ってきて、しばらくは俺たち三人であふれ出る神殿内の邪気を浄化しよう」


 そうして時間稼ぎをして、その間に冒険者が魔物を倒すという仕組みを作ってしまおうとのこと。


「な、なるほど。さすがアレク様! すごいです!」


 尊敬を込めた眼差しで見つめると、アレク様の頬が赤くなり視線がそらされる。


 アレク様の提案どおり、私はオグマートの手だけを浄化した。


「顔も浄化してほしかったら、アレク様の言うことを聞いてください」

「はぁ!?」


 今にも飛びかかってきそうなオグマート。


「一生そのままでいいんですか? 私は別にいいですけど……」

「うっ、くそっ! 何をすればいいんだ!?」


 ここから先はアレク様が話してくれた。


「おまえはここに残って、俺たちが戻ってくるまで魔物を倒しておくんだ」

「……は? そんな言葉を信じろと? 戻ってくるはずがないだろうが! 私一人を犠牲にするつもりだな!? 」


 私はオグマートをまっすぐ見つめた。


「私たちはすぐに戻ってきますよ。必ず。約束します」


 何か言いたそうにしていたオグマートは、結局何も言わずに舌打ちをする。


「やればいいんだろうが!?」


 アレク様がオグマートの肩をつかんだ。


「もう一つ条件がある。次にエステルに乱暴な言動をしたら……わかっているな?」


 アレク様の指がオグマートの肩にめりこんでいく。


「いっ!? いただだだっ! わかった! わかったから!」


 パッと手を離されたオグマートはよろめいた。


 無理やり言うことを聞かせるのは、たとえ相手がオグマートでも、悪いことをしているような気がしてしまう。


 そんな私の頭をアレク様はなででくれた。


「エステル。バカと刃物は使いようだ」


 それは、愚かな者でも使い方によっては役に立つこともあるという意味だけど、アレク様は少し違う意味で言ったようだった。


「どちらも、だれかがうまく使わないと、大変なことになる」

「な、なるほど!」


 たしかにアレク様がオグマートをうまくつかってくれるなら、これ以上の被害者は出なさそう。


「アレク様って本当にすごいですね!」


 アレク様からは照れ隠しなのか咳払いが聞こえてくる。


 これからの私たちは、今から地下神殿を出て地上まで上がらないといけない。


 でも、ルーシャは、ケガはしていないけど、とても衰弱していて自分の足で歩けそうにない。


 アレク様が「ルーシャ様は俺が抱きかかえようと思うのだが……いいだろうか?」と、なぜか私に確認を取る。


「良いですか?」


 私がルーシャに確認を取ると、ルーシャはコクリとうなずいてくれた。


「アレク様、よろしくお願いいたします!」


 アレク様に横抱きに抱き上げらえたルーシャは「神殿の出口は、あっちです」と教えてくれる。


 教えられたほうへ向かうと扉が開け放たれていた。その先には長い階段が続いている。


 私はなんとなく、ルーシャはこの神殿に閉じ込められていると思っていた。でも、ルーシャは自分の意志でここにいたのね。


 その精神力の強さ、そして、自己犠牲精神は、彼女を大聖女様と崇めるにふさわしい。でも、それももう終わり。


 薄暗い階段を上りながら私はアレク様の腕の中で、うとうとしているルーシャを見て微笑んだ。


 それからどれくらいの時間が経ったのか。私たちがようやく階段を登りきると、扉は閉ざされていた。押しても引いても開かない。


 アレク様がルーシャを階段に下ろした。私がルーシャを支えていると、アレク様は閉ざされた扉を英雄の剣で切りつける。


 真っ二つになった扉が向こう側に倒れていく。


 ドーンと大きな音と共に、薄暗かった階段に光が差し込んだ。外の光を浴びたルーシャが気持ちよさそうに目を閉じる。


 私がルーシャの肩を支えながら扉から出ると、そこは王都にある神殿の礼拝堂だった。どうやら祭壇の付近に出たらしく、お年を召した大神官様が、口をあんぐり開けてこちらを見ていた。


 礼拝堂には大神官様以外の神官たちもたくさん集まっている。


「エ、エステル!?」


 そう叫んだ大神官様は、目を吊り上げて顔を真っ赤にした。


「今までどこに行っていたんだ!? お前のせいで神殿がどれほど大変だったか! 聖女の役目を忘れたか!」


 すばやくアレク様が私と大神官様の間に入ってくれた。


「おまえこそ、神官の分際で聖女エステルにその態度は何事だ」


 怒りを無理やり抑えつけたような冷たい声に、大神官様はひるんだ。


「な、何者だ?」

「俺はフリーベイン領を治める者だ。聖女への態度に異議申し立てる」

「あ、あなたがウワサのフリーベイン公爵様でしたか」


 とたんに大神官様の態度がやわらかくなる。


「王都から遠く離れた公爵様はご存じないと思いますが、今、王都は魔物に襲われて大変なのです! 私たちは昼夜問わず祈り続けることに! それもこれも、勝手に毎日の祈りを辞めたエステルのせいで……」


 大神官様を見下ろす、アレク様の目がこわい。


「なるほど。そんなに大切な役目を持つ聖女を怒鳴りつけるとは良い度胸だな?」

「あっいえ、そういう話ではなく!」


 そんな会話を聞いていたルーシャは、私から離れると大神官様に近づいていった。


「なっ、なんだ、おまえは?」


 ルーシャは、小声で大神官様に何かささやいている。その言葉を聞いた大神官様の顔がどんどん青ざめていった。


 それを見た他の神官たちが、あわててかけよってくる。


「無礼者! 大神官様から離れなさい!」


 そう叫んだ神官にもルーシャは何かささやく。とたんに青ざめてうつむく神官。


 他の神官たちにも何かささやいたあと、その場には沈黙が訪れた。


 神官たちに背をむけて私の側に戻って来たルーシャに「何を言ったの?」と聞いてみる。


「それぞれが祈りと共に、私に届けた願いという名の欲望を口にしただけですよ」

「え!?」


 そっか、大聖女様の元には祈りと共に人々の願いも届いていたから、ルーシャは祈る人の願いをすべて知っていることになる。


 ルーシャが口にした願いは、あまり良いものではなかったようで、神官たちはルーシャにおびえるような視線を送りながら、すっかり大人しくなっていた。


 剣を鞘に納めたアレク様が、大神官様に命令した。


「神殿内で一番良い部屋に案内しろ。彼女たちがその部屋に泊まる。あとで、消化の良い食べ物を部屋に運ぶんだ」


 大神官様は「は、はい」とすっかり人が変わったように礼儀正しく返事をする。


 ルーシャとアレク様のおかげで私たちは、神殿内のきれいな部屋に案内してもらえた。


 その部屋を見たアレク様が「いったいどんな不正をしたら、神殿内にこんなに豪華な部屋を作れるんだ」とあきれている。


 フラフラしているルーシャを天蓋(てんがい)付きの大きなベッドに寝かせる。


「ありがとう」とささやいたルーシャはすぐに目を閉じ眠ってしまった。規則正しい寝息が聞こえてくる。その幸せそうな寝顔をみると、私の緊張の糸がプツンと切れてしまった。


 ベッドの側から離れるために立ち上がると、足元がふらつき倒れそうになってしまう。そんな私をアレク様が支えてくれた。


「エステル!」

「す、すみません。気が抜けてしまって……」


 アレク様は私をお姫様抱っこすると、眠るルーシャの横に私をそっとおろす。


「エステルも休むといい」

「でも、これからやることがたくさん……」


 優しい手つきで頭をなでられる。


「エステルは、よく頑張った。あとは俺に任せてくれ。ゆっくり休むのも大切なことだ」


 私を寝かしつけようとしているのか、トントンとやさしく肩をたたかれる。嬉しいのにくすぐったくて恥ずかしい。


「こ、子ども扱いはやめてください」


 小声で苦情を言うと、アレク様は不思議そうに私を見つめた。


「俺は今まで一度だってエステルを子ども扱いしたことはない。俺はあなたに会った瞬間から、女性としてのあなたに、どうしようもなく惹かれていたから」


 真剣な表情でそんなことを言ってくる。


 どういう顔をしたらいいのかわからなくなって、私はブランケットを頭からかぶった。顔が熱くてしかたない。


 アレク様の穏やかな声が降ってくる。


「おやすみエステル。愛している」


 ブランケットから少しだけ顔を出す私をアレク様は優しい目で見つめている。


「わ、私も、です」


 クスッと笑ったアレク様は私のおでこに唇を落とした。


「!?」

「良い夢を」


 私の顔がさらに熱くなったのは言うまでもない。


 **


 私とルーシャがぐっすりと眠っている間に、アレク様はいろんなことを終わらせてくれた。


 国王陛下への謁見。現状の説明。これからあふれでる魔物への対策として冒険者を支援することなど。


 初めは国王陛下もアレク様の言葉を信じていなかった。でも、失踪したオグマートが地下神殿にいることを聞いて、実際に使いの者に確認させた。すると、オグマートもほぼ同じことを話したようで、アレク様の言葉を信じたほうが良さそうだと判断したみたい。


 アレク様は、フリーベイン領にも使いの者を走らせて、現状報告をさせたとのこと。


 その話を起きてから聞いた私は、アレク様のあまりの有能っぷりに感動してしまった。


 数日たった今では、私とアレク様、オグマートの三人が交代制で地下神殿の邪気や魔物を浄化している。


 それでも、浄化しきれずこれから徐々に魔物の出現率は高くなっていくはず。


 魔物対策を取るため、これからはゼルセラ神聖国とカーニャ国が中心になって冒険者制度を作り上げていくとのこと。


 そのころには、フリーベイン領の騎士たちも王都に着き、私は護衛騎士のキリアと再会した。


「エステル様!」


 私とアレク様が急に消えてしまった日から、必死に私たちを探してくれていたらしい。


「心配かけてごめんね」

「いえ、ご無事でなによりです!」


 フリーベインの騎士たちが合流したおかげで、アレク様の仕事は今まで以上にはかどった。


 各地にある神殿に、冒険者を支援する施設も兼ねさせることで、あっという間に冒険者制度を作り上げてしまった。


 その際に、神殿内にそれぞれの王家からの優秀な人材を入れることで、それまで暴けなかった神官たちの不正を暴くことに成功。不正を行っていた者は罰せられ、勤勉に働いていた者を昇級するようにした。


 元大聖女様のルーシャはというと、良く寝て良く食べて、どんどん健康になっていった。私が地下神殿の浄化をする日でないときは、二人でお茶会をしたり、おいしいものを一緒に食べたりもした。


 いろんな罪を犯していたオグマートは、地下神殿の魔物退治を引き続き三日に一回することで減刑された。それでも、王家の監視は厳しく今までどおり自由に過ごすことはできないらしい。


 そうしているうちに、あっという間に一年が過ぎた。


 世界は、魔物があふれだしても、あまり混乱はしなかった。


 今では、冒険者は憧れの職業になっている。


 私はこの一年間を思い出しながら、馬車内から懐かしい景色を眺めていた。


「ようやくフリーベイン領に帰ってこれましたね」


 隣に座るアレク様は「ああ」と言いながら私の手を握る。


「エステル。改めて言うが、俺と結婚してほしい」

「はい、もちろんです」


 忙しすぎてそれどころではなかったけど、これから私たちはようやく夫婦になれる。


「帰ったら結婚式だな」

「そうですね」


 私が寄り添うようにアレク様にもたれかかると、アレク様も私の肩を抱き寄せてくれる。


「式には、エステルの家族にも参列してもらおう」

「はい! みんな喜んでくれます。きっとルーシャも……」


『どうしても馬に乗ってみたい』と言ったルーシャは、キリアとのんびり相乗りを楽しんでいる。


 ルーシャがどれくらい生きれるのかわからない。もしかしたら、おばあちゃんになるまで生きていてくれるかもしれないし、明日亡くなってしまうかもしれない。


 だからこそ、思いっきり人生を楽しんでほしい。


 私も、今が楽しくて仕方ない。これから、どんなに大変なことが起こっても、アレク様と一緒ならなんでも解決してしまえる自信がある。


 私はこっそりと祈りを捧げた。


 どうか、みんなが自分自身を大切にできますように。


 だれかのためではなく、自分自身のために生きて、その結果だれかの幸せにつながりますように。


 私がこんな風に考えられるようになったのは、アレク様のおかげだった。


 アレク様の肩をツンツンとつつくと、アレク様が「どうした?」と私の顔をのぞき込む。


「愛しています。アレク様」


 驚くアレク様に顔を近づけると唇を重ねる。唇を離すとアレク様は今まで見たこともないくらい赤くなっていた。


 そこまで赤くなられると私まで恥ずかしくなってくるわ。


 長い沈黙のあとで「……たまには、こういうのもいいな」とアレク様がつぶやいたので、私は恥ずかしさも吹き飛んで笑ってしまった。


「そうですね。たまには、ね」

「ああ」


 私たちは心の底から幸せを感じながら微笑み合うのだった。





 おわり


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