後半

 佐久間さん、尾崎さん、宇都美さん――以上三人の体験談を書かせてもらった。

 尾崎さんとは前々から知り合いだったのだが、あとのふたりとはまったく面識のなかった。今回の体験談を書くにあたって、尾崎さんに紹介していただいた方たちだ。電話やメールのやりとりだけだったが、なんとか体験談をまとめることができた。


 尾崎さんたち三人の出身地は北陸地方のある町で、それぞれの体験談はすべて地元の同じ山で起きている。その山の中腹には石のほこらがあり、おんというものが祀られているそうだ。

 いつからそこに据えられている祠かは、記録がないために判然としないものの、ずいぶん古い代物であるのは確からしい。永く風雨にさらされたあとが、あちこちに見受けられた。


 おんにはほんらい漢字のような文字をあてるが、その文字は人のために作られたものではないという。おんと口にするのは許されていても、文字に記すのは禁忌行為とされていた。人がその文字を用いると、わざわいをよび寄せる。


 尾崎さんたちの地元に残る民間伝承によれば、おんは人に近しい姿と大きさであり、人のように二足歩行もするそうだ。背中には鳥のような翼が生えており、その翼で自由に飛びまわることができる。

 この異形のおんがなにであるのかを正確に説明するのは難しいが、「ぬし」という言葉が最も近いという。山のことわりをすべる「山の主」だ。


 おんは山の摂理を守り、山に息づく動植物を守る。もし、何者かが山を乱す行為に及べば、おんは容赦なく相手の命を奪う。それは相手が人であったとしても例外ではない。

 上空から狩り取って骨まで喰い尽くす――と古くから口伝されている。おんはあくまで山を司る存在であって、人の友人ではないのだった。


 今回の体験談に登場した三人は、それぞれが山に入ったさいに、鳥の羽ばたくような音を聞いている。

 バサ……バサ……。

 さらに彼らは巨大な鳥のようなモノを目撃している。

 山には多くの野鳥が棲んでいるが、人ほどもある巨大な鳥はいない。

 あれはおんだったかもしれないと、三人は思っているのだった。

 

 もし、本当におんであったとすれば、再び出くわすのが恐ろしい。佐久間さんと宇都美さんのふたりは、山に入るのを躊躇ちゅうちょしている。

 しかし、尾崎さんだけは今でも山に足を運んで、変わらず川釣りを楽しんでいるそうだ。そして、よく釣れた日はなるべく時間を取って、釣った魚を何匹かおんの祠にそなえにいく。

 いつも川で魚を釣らせてもらってます。

 ありがとうございます。

 祠の前で手を合わせて、心中でそう唱えている。

 

 その行いと関係があるかどうかはわからないものの、ここ最近はいいことばかりが続いているそうだ。特に釣果がこれまでになく好調なのだという。


     (了)


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おん 烏目浩輔 @WATERES

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