第10話 一夜語り
ホームセンターという存在は、ほんとにありがたい。特にお金を払わなくていいので、いまはなおさらありがたい。
物資はたっぷり残っているし、ここは、ぼくたちのキャンパスからは、車だったらラクラクと移動出来る距離だった。
この分なら、少なくともこの冬は越せる。
キャスパス近くの山に飲めそうな湧水も見つけたと、オカ岡さんが言っていたので、当面飢えからは逃れられそうだ。
だが、単純に食べるものを補充できれば、生き延びられるものではない。
実際に、ぼくらの中でも日に数人は、感染者が誕生し、着実に数を減らしているのだ。
ここは、ペットボトルの水も大量に残っていた。
ぼくらは日が落ちるまえに、飲料水を惜しげも無く使って、身体を洗い流し、着ているものも上から下まで一新した。
カセットコンロと燃料も見つけ、ラーメンを茹でて、そのあとコーヒーも飲んだ。
ぼくは、あらためてランプに照らされたカオンさんをまじまじと見つめた。
洗った髪は、なにしろドライヤーが疲れないので、まだ濡れている。
それを後ろでまとめていた。
顔立ちは、整いすぎていて、可愛げがないくらい。
身につけているのは、有名なキャンプグッズメーカーのパーカー。その下も同じブランドのトレーナーだ。
キャンプブームが一段落して、もともとはかなりハイブランド感のあったそのメーカーもこうして、国道沿いのホームセンターで買えるようになっている。
いままで着ていた薄汚れたうえに、たっぷりと感染者の体液をあびた衣類は、捨てた。
体もきれいにした彼女の肌は陶器のように滑らかで、健康的な輝きを放っていた。
スタイルはスリムでありながらも、適度な筋肉がついており、スポーツやダンスをしたらさぞかし魅力的な動きをするだろう。
それは、ゾンビをぶん殴るよりも、よほど、彼女に似合っている。
シンプルな、機能重視の服装でも、いやどんな服を着てもその美しさを引き立てることは、間違いない。
ぼくらは、もとフードコートだった吹き抜けの空間に、キャンプをはっていた。
閉鎖された空間は、安心感はあるが、襲われたときの逃げ道がない。
だだっ広い空間は、どこから誰が接近してきめても迎撃の準備ができる。
まあ、ぼくとカオンさんの迎撃準備は、起き上がって、それぞれ、鉈とバールを手に取るだけなのだが。
周りには、釣り糸を張り巡らせていた。
ところどころに釣り針もつけている。
もし、感染者や…あるいは、そのほかにも近づくものがいれば、釣り上げてくれるだろう。
「どこで、こんな技術を身につけたのよ。」
カオンさんは、コーヒーを飲みながら、呆れたように言った。
ちなみに彼女は甘党だった。
砂糖は手に入らなったので、見つかった板チョコを一枚そのまま、コーヒーに溶かしている。
「ライトノベルに決まってるでしょう?」
「決まってはいないでしょ?」
カオンさんはムキになって言い返した。
「ただ、釣り糸を張り巡らせてるだけだよ。
ナントカ流糸砦とか、技の名前もないし。
あくまで糸に接近するものが引っかかって、もたつく僅かな時間にぼくらが、準備ができるだけ。
もちろん別に目に見えない斬撃を繰り出して、相手を倒せる訳でもないし、絡まった相手がそのまま、行動不能になるわけでもない。
ちなみに、適度にたるみもつけてるからね。
張り巡らせた場所がわかってれば、手を押しのけて通ればいいだけ。」
ぼくも言い返した。
「期待に添えなくて悪いけど、ぼくは別に超自然の魔力やら、チートなスキルを持ってるわけじゃあない。まして、きみのような」
カオンさんの唇が笑みの形に、つり上がった。
「わたしのような…なに?」
「…オカ岡さんの説によれば。」
■■■■
オカルト研究会の岡さん。
小柄な体には、似合わないメガネと乳の持ち主は、こう言ったのだ。
「わたしの仮説によれば、音音。あんたは選ばれた側だ。」
■■■■
「誰に、何の基準で選ばれたのか、聞き返したら、」
「“それはわたしの師匠が話してくれるだろう。東京にいるわたしの師匠を尋ねるのだ。”」
「岡ちゃんのモノマネが、できるとは…。」
カオンさんは感心してくれた。
ゾンビをなぎ倒すよりも、オカ岡さんのモノマネのほうが、カオンさんの中ではポイントが高いらしい。
クスッと。
今度は自然な感じでカオンさんは、笑った。
「キミのことをもっと知りたくなった。」
オトナの女性の笑みだったかもしれない。
いやいや、考えすぎだ。
ゾンビ映画に似た感染症が、蔓延した世界、ぼくらはその原因を探るべく行動している。
ロマンスチックが生じる余裕はない。
そして、ぼくらは、なぜか、自称世界最高の霊能力者の師匠を、東京で、探すことになっている。
一応の住所はわかる。SNSで存命もわかっている。
だが、正直不安だった。
ぼくも、おそらくはカオンさんも。
オカ岡さんの発言には、絶大な信頼をおいている。
そして、オカ岡さんの言う通りならば、ぼくらがこれから会うのは、世界最高の霊能力者のさらに師匠だ。
それって、人間の枠を超えてはいないか。
「で、提案をひとつしてもいいかな?」
「なんなりと。」
「一緒にお風呂にはいらないか?」
ぼくは、史上最高に戯けた提案をしてきた美女を穴のあくほど見つめてしまった。
「いやテツくん。」
身を捩らすようにして、カオンさんは行った。
「お互いをよく知り合うための手段のひとつだよ。」
温泉。
それは、ここを野営の地に選んだカオンさんが、まっさきに飛びついた言葉だ。
ここは、天然温泉の銭湯も併設していた。
だが、そこまでは無理だろう。
と、ぼくは思ったし、カオンさんだって、それはわかっているだろう。
東京近郊にだって、天然の温泉はいくらでもあるが、それは、何百メートルもボウリングして掘り当てた温泉をポンプをつかって、汲み出しているものが大半だ。
有名な温泉地のように、湯畑があって直接地上に、お湯が湧き出しているわけではない。
電力の供給が絶たれて、管理するものもいなくなったいまでは、温泉がわいているはずがない。
カオンさんに半ば無理やり連れられて、ランプを手に、銭湯のある建物のドアをくぐった。
誰がための荒廃~壊れた世界を壊れた彼女と歩む 此寺 美津己 @kululu234
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。誰がための荒廃~壊れた世界を壊れた彼女と歩むの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます