第9話 襲撃
次のゾンビが公園に入ってきた。
今度は5人ほどの集団だ。
これは、厄介だ。
とにかく、噛まれたら、アウト。
その瞬間に、感染し、丸一日後くらいには、噛まれたものもゾンビになる。
ぼくらは、互いに顔を見合わせて、かるく頷いた。
カオンさんは、鉈を振り上げて、ダッシュ。先頭のゾンビのあたまを粉砕。ぼくは、そのすぐ後ろのやつの顎を吹き飛ばした。
カオンさんは、すみやかに次のゾンビに向かっていく。今度は、五六歳にしか見えない童女だ。
カオンさんは、なにも考えない。なにも感じない。
殺戮を繰り返すだけ機械人形と化している。
蹴りつけた小さな身体は、吹っ飛んで、そのすぐ後ろにせまる屈強なゾンビにぶち当たった。
うまく転倒してくれれば、ベストだったのだろうが、なにか格闘技でも生前嗜んでいらっしゃったのか、幼女ゾンビの身体をうけとめた大男は、その身体を無造作に、ひきさいた。
ぼくは、顎を吹き飛ばしたやつが、さらにつかみかかってくるのを、投げ飛ばして、首の骨を踏み砕いた。
そのまま、バールを振り上げて、突進。
大男のゾンビは、太い手をあげて、頭をガードする姿勢をとった。
ときどき。
こんな風に、生きてたころの、動作を身体が覚えているやつもいるのだ。面倒な。
カオンさんは、風のように、その脇を駆け抜けた。
駆け抜けざまに、その膝を切断している。
痛みなど感じないゾンビも、身体の構造は一緒だ。骨まで深く、膝を切り裂かれて、その体はぐらりもバランスを崩す。
ぼくはジャンブして、前にたおれてきた大男を飛び越え、無防備の後頭部を粉砕した。
カオンさんは、次に公園に侵入してくるソンビに向かっている。
いい感じに、集団をバラしたつもりではあったが、まだ十体以上、やつらは残っていた。
ぼくは。
後方からの、うめき声に振り返った。
公園の木立のなかからも、やつらが現れた。
数は、七体。
「カオンさん。挟み撃ちだ!」
ぼくは叫んだ。
「了! 殲滅モードへ。状況開始。」
なにが「殲滅モード」かは、わからないが、すべきことはわかった。
こいつらを全部、倒してから、ここを立ち去る。
カオンさんの動きは吹き抜ける風に似ていた。
自由で、素早くて、動きが読めない。
カオンさんの得物の鉈は、たしかにその重みで相手を粉砕する武器だ。
刃物のように、相手の血や脂肪で威力が、減衰することは少ない。
ぼくの、バールも同じような意味合いだった。
とにかく、質量のあるものをぶつけて、相手を行動不能にする。
かつては、まじめなコンビニ店員だったり、警備員だったり、中学生だったりしてであろうものたちを、ぼくらは、殺して。
殺して。
殺して。
殺して。
殺しまくった。
やがて、ゾンビの群れは全滅し、静寂が戻ってきた。ぼくらは、息を整えながら、互いの存在を再確認するように見つめ合った。
カオンさんは微笑んだ。
「こんなものね。」
と言った口調は、どこか諦めたような、重く沈んだ雰囲気があって、ぼくは、心配になった。
ぼくの表情に気づいたのか、カオンさんは、白い歯を見せて笑った。
「さて、移動しましょう。」
感染者を相手にする時は、ぼくは、できるだけ、返り血を浴びない戦いを心がけている。
カオンさんも同様だろう。
だが、これだけの数を相手にしては、そうもいかない。
ぼくらは、早いとこ、身体を洗い流さないとひどいことになるくらい汚れきっていた。
ぼくらは、再び自転車に乗り、廃墟となった街道を進んでいった。
互いの強さと絆を再確認できたのは、いいのだが、たぶん、カオンさんも同じことをかんがえているのだろう。
ゾンビの襲撃は、たまたまではない。
どこかで、やつらを操ったものがいる。
そして、そいつは、この惨劇を引き起こした張本人である可能性が高い。
いや、張本人がいるのかどうかも分からないのだが。
オカ岡さんの言うような、呪によるものなのか、はたまた、人口の削減を目論む秘密組織によるものなのか。
ぼくらは、無言で自転車をこいでいた。
かれこれ、一時間も進んだろうか。
自転車を止めて、くるっと、カオンさんが振り返った。
「もう、限界かも。」
ぼくは、並んで自転車をとめた。
「なにがです。」
カオンさんは、道路脇の看板を指さした。
「銭湯付きのホームセンターがあるよ。」
このまま、進んでも野宿になりそうだし、ここで泊まって。
身体を流して、気分を変えよう。」
「それはどうだろうかな。」
ぼくは首を捻ってみせた。
「まず、さっきの襲撃が、誰かが、感染者を操って行ったのなら、移動し続けている方が安全だ。
あと、いくらスーパー銭湯でも、そこまでスーパーじゃない。
ボンプでお湯を組み上げて、ボイラーで沸かしてるんだから、この状態で風呂につかれる望みは、ほとんど無い。」
「たとえ、100%そうだとしても、残り1%に賭けたい気分…」
「残り1%はないよっ!」
結局、ぼくは折れた。
お風呂は無理にしても、もし、飲料水が残っていれば、体は洗えるし、適当な服に着替えられるかもしれない。
固形燃料とかがあれば、お湯を沸かして温かいものが、食べれるかもしれない。
100%無理な注文であっても、残り1%に賭けたい気分なのは、ぼくも一緒だった。
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