第8話 腕試し

女の子とふたりで、旅行は、初めてだ。

ぼくたちは、薄暗い店内を彷徨いて、そのまま食べられそうな携行食を探した。

保冷が必要なものは、もちろんダメになっていたが、けっこういけそうなものもあった。

買い物かごいっぱいにつめこんで、ぼくらはそのほか、度に必要なグッズを探す。


家電売場は、さらにその奥だった。日が差し込まず、見通しが悪かったが、カオンさんは無造作に、「非常災害グッズ」のコーナーで懐中電灯を手に入れた。


「二手にわかれましょうか?」

「出来れば、それはどっちかが遭難するパターンのので、一緒に行動しましょうよ。まずなにが必要か、書き出して…」

「それほど、長い旅になるとは思えないし、同じような無人のホームセンターやら、コンビニには期待してもよさそうだと思う。

食べ物とバッテリーは手に入ったから。」


ぼくらは、手をこそつながなかったが、動いていないエスカレーター(つまりは階段)をゆっくりと登った。


この家電量販店は、たしか2階でキャンプグッズを販売していたはずだ。


「いいものがあるよ、テツくん。」

どういうものか、彼女もぼくも、マッチングアプリで使ったままの名前で呼びあってる。


カオンさんの本名は、花園音音というらしい。

花、に音で、カオン。あまりひねりもない名付けだ。

だ。

ぼくは沢元晴明。テツ、はなんとなくつけた。

名前の読みはそのまま、セイメイで、こんな状況下で、ひょっとして、陰陽師の力が使えるとか思われるのが、本当に困るので、あまり呼ばれたくはない。


あだ名のほうは、カオンさんが「魔女」で、ぼくが役ただず。こちらもあんまり呼ばれたくないあだ名である。


カオンさんが「いいもの」と行ったのは、マウンテンバイクの売り場をみつけたからだ。


「これ欲しかったんだあ。ほら、うちの大学、坂の上でしょ。この電動アシスト付きで通うのが夢だってんだよねえ。」


「お客さん、いまならなんと予備バッテリーもいてなんと送料無料っ!」

「まあ!?」

「おまけに、商品代金も無料です。さらにさらに。

旅の仲間までついて行きます。」

「それは、まあ、途中まででいいよ。」


まじめな顔になって、カオンさんは言った。





国道だったその道は、かつての喧騒を失い、静寂に包まれていた。ぼくと、カオンさんは、大学廃墟となった街並みを背景に、ゆっくりと自転車を漕いでいた。街路樹が風に揺れる音だけを、聴きながら。

ぼくらの、目の前には、かつての生活の痕跡が散らばっていた。かつて、ではない。

ついこの間、までだ。看板は壊れてないし、、錆自動販売機は動きこそしないが、錆が浮いたりもしていない。アスファルトのひび割れは、もともとのメンテナンスの悪さだったのだろう。

ただ、人だけがいない。ここにかつて暮らしていたはずの人だけがいない。

カオンさんは、ふと自転車をとめた。

大きな交差点で、信号機は当然、動いていない。

左右の確認のためかと、思っていたが、しばらく遠くを見つめていた。

「みんなは、どこに行ってしまったんだろううね」


独り言なのか、ぼくに問いかけられたのか。

ぼくは、少し考えてから答えた。


「感染症にやられたか。あるいは政府とかが、特別なシェルターをつくって、避難させているとか。」

「死体の数が少なすぎる。」

「じゃあ、避難したんだろうね。それに、感染者は、わざわざ、街道沿いまで出てきて死んでくれる習慣もないと思うし。」

ぼくらは、再び自転車に乗り、静かな道を進んでいった。あまりにも静かな街は、物悲しさと寂しさを感じさせた。それでも互いの存在が、わずかな希望を感じさせていた。


水で作れるレトルトパックのパスタで、ランチを済ませたときだった。


突然、静寂を破るように、遠くから不気味なうめき声が聞こえてきた。

ぼくらは、視線をかわして、頷きあった。


感染者だ。

ぼくらは、音の方向を見つめた。

そこには、ゆっくりと近づいてくるゾンビの群れがあった。


数が多い。

20体はいる。


「急ごう、ここから離れなきゃ。」

カオンさんは、そう言って自転車に飛び乗った。

ぼくと、カオンさんは、全速力でペダルを漕ぎ始めた。ゾンビたちは、ゆっくりとした足取りでぼくはのあとを追ってくる。


「なぜ、このタイミングで?」


実際、感染症が爆発的に増大した初期を除いては、群れをなすゾンビという、あの映画出よく見るシーンにお目にかかったことはなかった。


道路の状態はよく、まともに買ったら、大卒初任給くらいはしそうなマウンテンバイクは、絶好調だった。


群れとの感覚は、みるみる開いていく。

そして、感染者たちも「成って」からの、身体の破損によって、歩く速度はまちまちなのだ。

廃墟となった街並みの中を、ぼくらはわざと少しスピードを落としてながら逃げ続けた。


彼女は、ぼくを振り返って笑った。

「じゃあ、ここいらで、“魔女”と“役たたず”の初陣といきましょうか。」と呟いた。

ぼくは、カオンさんの白い歯にみとれながら、

「今は生き延びることだけを考えればいいんでは?」

と答えた。

彼らの心には、恐怖と不安が渦巻いていたが、互いの存在が、わずかな希望を感じさせていた。ぼくらは、次の交差点で左に曲がった。

たしか、そこには大きな公園があったはずだ。


ゾンビたちが近づいてくる。

適当に距離を稼いだため、密集した集団はバラけていた。これなら、個々で始末できる。


だが、正直なところ、戦う意味が分からない。

こいつらはどうせ、もう数日もすれば、身体の腐敗がすすみ、動けなくなるのだ。

ゴールドを落としてくれるとか、せめて経験値でもくれない限り、振り切ってしまえばいいだけにぼくには、思えた。


彼女は鋭い鉈を手に取り、重みを楽しむように、手首のスナップだけで、それを振った。

たしかに、使い慣れた武器なのだろう。

ぼくは、リュックから取り出した重いバールを握りしめた。

まるで、ファンタジーに出てくる冒険者のようだった。

ぼくは正直、ウンザリした。

最初に公園に入ってきたゾンビは、40くらいの男性だった。

まだ、「成って」そんなに経っていないのだろう。

服もたいして汚れておらず、あーあー、と声を出していたから、呼吸してた可能性もある。

襲いかかるそいつに、カオンさんは一瞬の躊躇もなく鉈を振り下ろした。鈍い刃がゾンビの頭を一撃で打ち砕く。腐った肉片が飛び散を彼女はサイドステップして、避けた。


目には楽しそうな光が踊っていた。

なるほど。

間違いなく“魔女”だ。


「ほら、次はテツくんの番。」


言われてぼくも、バールを力強く振り回した。ゾンビは、派手なタトゥーをした女の子だった。


一撃で頭を粉砕した。

ゾンビは地面に崩れ落ちた。

彼女の魂が安らかであらんことを。


ぼくは、満足げに微笑む彼女の顔を見て、全てを悟った。

彼女は、ぼくの腕試しをしたかったのだ。



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