第7話 旅の始まり

「食料調達係のタロさんと、ジロさんだ。」


ぼくは、カオンさんに紹介した。


髭をたくわえた大男は、ひとりが、むぅっと、もうひとりが、おう、と唸った。

それがこのふたりの挨拶である。


別に機嫌が悪い訳では無いが、そう言えばこの2人が機嫌がいいところを見たことがない。


「犬っぽい名前ね。」

カオンさんは、褒めた。

「南極でも越冬できそう。」


「タロさん、ジロさんは、ここいらのコンビニやホームセンターやスーパーから、食料や日用品を集めてくれてる。」


ぼくは説明した。


「ぼくらみたいにまとまって、生活してるコミュニテイは、一度も見てないそうだ。

人影はあるけど、それが人間か感染者かわからないので、近寄らない。」


「これで、東京まで送って貰えるの?」


「ガソリンの備蓄がもうあまりない。」

ジロさんが、ぼそっと言った。

「使える車も少ない。」

タロさんが言った。

「送っていけるのは、国道までだ。」


「食べものひとつも、持たされてないんだけど。」

カオンさんが言った。

「あと、寝袋とかも必要かもね。」


「まだ、物資のたくさんあるホームセンターで、おまえたちを下ろす。

ほしいものは、拾っていけ。」





「この手」の物語では、水に食料、手っ取り早く武器にできるものも、手に入るホームセンターは、逃げた人々の立てこもりの場所としては、よく使われる。


だが、タロさん、ジロさんをはじめ、調達チームは、少なくとも集団で、行動している人間を一度も、目撃していない。



家電にドラッグストア、スーパー、園芸用品。

レストランも併設されている郊外ではあきれるほど、よく見る店の駐車場で、ぼくらは降ろされた。

「ここからは、おまえらだけで行け。」


どう見ても、ぼくとカオンさんの三倍は強そうなタロさんとジロさんが言った。


「俺たちは、祭りさんに言われたものと……あとは、姫柊から指示されたものを調達して帰る。

GPSが使えているから、モバイル用意のバッテリーを確保しておくことをオススメする。」

「はっきり言うとおまえらのやろうとしてることは、積極的な自殺にしか思えん。

おまえらの行動にはなにも期待しない。

だが、はやくくたばれとも思っていない。」

「そうだな。そう言った意味では、おまえのやろうとしてることは、映画だとまっさきに死ぬやつの行動だ。

主人公は、自暴自棄にはならず、諦めず、ありったけの知恵と限られた資源で、しぶとく救援を待つんだ。

そういうやつが生き延びる。」


カオンさんはポケットから、カードを取り出してシャッフルすると、手を閉じて、一枚をめくった。



それがカオンさんの占いのアイテムなのだろうが、はたしてなんだろう。

タロットでも普通のトランプでもない。


描かれた図柄は、少女が街灯の下で跪いている絵だ。通りすがりの紳士は、コートを着込んでいるので寒い季節なのだろう。

少女は俯いていた。


童話に出てくる「マッチ売りの少女」の一場面を思わせる絵柄だった。


「あなた方は、そのままいればいい。助けはきっと来ます。」


「その札がそういう意味なのかい?」


「助けを待つ少女は、まさにあなたが言った通りの存在です。ただし」


ただし、のあとを言わずに、カオンはくるりと背を向けて、店内へと歩みを進めた。

ぼくは、タロさんとジロさんに、頭を下げて慌てて、あとを追った。




■■■■■



「つまり、これは自然災害ではなくて、誰かの意思によって引き起こされたものだ、と?」



パーティちゃんまつりさんは、考え込んだ。


「空想だけなら、いくらでもできるし、するのも自由だ。オカさんがそう考えた理由を教えてくれないか?

その“霊能力”とやら以外で、だ。」


「わたしは、紛れもなく世界唯一の霊能力者なんだけどなあ。」

オカ岡さんは、不満そうに言った。

「そこらは、きみのコミュニティの“役たたず”くんも賛成してくれると思うのだが。」


「それは、もちろん。オカ岡さんは唯一無二の霊能力者です。

理由は、ぼくが霊能力者を自称してるひとを、オカ岡さんしか知らないからです。

自動的に“唯一無二”にならざるを得ません。」


「……わかった。つまり、霊的な視野、高次元の情報には基づかない推論を話すよ。」




オカ岡さんは、月明かりを頼りに、座れそうな椅子を探し出して、腰掛けた。


ぼくらも、なんとか座れそうな場所をみつけて、腰を下ろす。



「今回の騒動。これがどの程度のものかは、正しい情報がないいまは不明なんだ。」

オカ岡さんは、話し始めた。

月明かりに、ときどき、眼鏡だけがキラリとひかる。


オカルト研究会の岡さんには、たしかにさまざな伝説があって、メガネが本体であるという説は、今回の騒動まえから存在する。


もうひとつは、乳が本体であるとう説で、この両者は長く対立を続けていた。


「だが、全体的に見よう。

この感染者ゾンビどもは、あのゾンビどもよりも、あっちのゲームよりも、はるかに安全で対処しやすい存在なんだ。」


オカ岡さんは、水筒を取り出して水を1口飲んだ。


「痛みを感じない分、時として恐ろしい怪力をもつが、それだけだ。

苦痛は感じないにしろ、足を折れば歩けないし、頭を潰せば動きを止める。噛まれたら確実に感染するが、逆に空気感染や、体液を浴びても感染例は皆無だ。」


「それについては…」

姫柊さんが言った。

「実際に、噛まれていないのに発病しているケースがある。空気感染やその他の感染ルートが否定された訳じゃないのよ、オカ」


「だから、わたしはこれはなんらかの細菌が媒介する病ではなくて“呪い”だと主張するのだが、それを言い始めると、高次元の話しになってしまって、きみらに理解できなくなる。」

オカ岡さんは言った。

「なので、わたしの提出する証拠はこうだ。

この感染者ゾンビはあまりにも性能が悪い癖に、影響が大きすぎる。」


「噛まれた人間が次々とゾンビ化して、次の犠牲者をまた増やしてるんだぞ?」


「たしかに、とんでもない大混乱は起きるだろう。死者は何十万にも達するかもしれない。だが、それでも人間社会は対処するんだ、この程度なら。

決して、郊外のキャンパスに閉じ込められた学生をひと月もほったらかしにするほどでは、ない。」


「……」


「ネットはつながる。電気が回復していないのに?

水もガスもだめ、電話もだめ。

ネットは、メジャーなところは、書き込みで溢れている。動画もあがっている。

だがそれは本当にひとが投稿しているなか?」


感染者ゾンビがインスタの使い方を覚えたとでも?」



「裏に一連の騒動を演出しているものがいるってことだよ。

この感染症が人類社会に最大のダメージを、与えるように感染をあやつり、情報も統制してるものがね。」



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