恋のキューピットは

403μぐらむ

短編

「田端くん! これは看過できませんよっ。学校に着く前にしっかりと直してから登校するようにしなさい。毎回毎回何度言えばあなたはわかるのですか!?」


「……いいじゃん、これくらい。水澄はちょっと融通が利かなすぎじゃないのか?」


「融通が利く利かない以前の問題です。委員長として見逃すことはできるはずもないです」


「わかったよ……。まったく、可愛げがないな」


 朝からついていない。駅を出たところで我が校のおっかない風紀委員会の委員長であらせられる水澄麻由佳に捕まってしまった。

 ちょっとくらい服装が乱れていただけだっていうのに大勢の人が行き交う駅前でで注意とかしてくるなんてありえないんですけどー!


「かわいい顔して、性格だけは最悪だよな。ぜってーああいうのとはわかり合えない気がしてならないな」






 服装はざっくり直して、そのまま通学路を歩いていく。


 ん?


「なんだこれ」


 通学路の途中の道端に変なものが落ちているのに気づいた。


「弓?」


 それは全長は30センチくらい、妙に厳かな装飾がしてあるがその大きさ故か玩具にしか見えない弓だ。


「フィギィアとかに持たせる仕様か?」


 例えそうだとしても何故にこんな道端に落ちているかが不思議だった。


「よ、誠寿。おはよう」

「田端くん、おはよう」


 立ち止まっていたところに声を掛けられる。同クラの塩沢と江成だった。


「よっす。おふたりは今日も朝からお熱いですなぁ」

「なっ、俺たちはそういうんじゃないから」

「そうよ。腐れ縁の幼馴染ってだけなんだからっ」


 そう言う割には息はぴったりだし、朝から晩まで夫婦漫才を繰り広げるんだよね、コイツラ二人。


「とっととくっついちまえ」

「っ、ウルサイなぁ! 先行くからなっ、遅刻するなよ」

「勘違いしないでよねっ、じゃあね!」


 そういいながらも二人連れ添って行くんだからリア充爆発しろとしか感想がない。ほんと後ろから刺してやろうかと思うよ。


「そうそう、こういった弓で後ろから――」


 俺は冗談で前をゆく塩沢たち二人に向かって弓を構えた。弓幹を握って弦を軽く引くとあまり力を入れていないのに弓が引き絞られる。


 と同時に金色に輝くの矢がつがえられた。


 突然のことに俺はびっくりして引いていた手を離してしまう。

 当然、金の矢は放たれ塩沢に向かって一直線に向かっていく。


「うそっ、冗談はよしてくれっ」


 このままでは塩沢を殺めてしまうと走り出した瞬間、金色に輝く矢はスッと塩沢の体内に消えていった。

 思っていたのと違う。

 なんかこう、ぶすりと刺さって血がわーっと出てあいつはぶっ倒れる、みたいな。


 すると塩沢は隣を歩いていた江成の両肩を突然に掴んでこう言った。


「彩奈、俺はずっと前からお前のことが大好きだ。俺の恋人になってくれ、付き合ってくれ! そしていずれは俺の妻になってくれっ!」


 突然の出来事に面食らうが、それは江成も同じだったようで、目をくるくる回してアワアワしている。


「茂くん、あの、嬉しいし、わたしも茂くんの事好きだけどこんな公衆の面前で言われると恥ずかしいな」


「なんだかもう、彩奈に愛を語りたくて仕方ないんだ。止められないんだ! もう今日は学校に行くのはよそう。俺の部屋に来てくれっ。ちなみに両親は家にいない!」


 なんかすごいこといい出したよ。でも、江成も悪い気はしていないようで、頬を赤らめて小さくコクンと頷いては塩沢について行ってしまった。


「なんだあれ……」


 もう一度弓に目をやる。矢はやっぱりそこにはないし矢筒があるわけでもない。


「もう一度引いてみるか」


 変に矢が現れては困るので壁に向かって弦を引いてみるが、さっきみたいに矢は現れることはなかった。


 矢が発現するトリガーがわからない。


 弓を引き絞ったまま身体を回すと、路地の向こうにスケバン(死語)が気弱そうな少年に因縁をつけているのが見えた。

 身体ごとそちらを向くと弓につがえられた矢が発生した。さっきは突然のことであまり矢を観察できなかったけど今度は大丈夫そう。


 矢の全長は40センチないぐらい。矢柄は金色に矢羽は真っ白に輝いている。そして特徴的なのは鏃だ。


 ハートの形をしている。


「もしかして、これって!?」


 俺の推測からするとこれはかの有名なあれじゃないかと思う。


 俺はその確証を得るために少年の襟首を掴んで凄んでいるスケバン(死語)へ向けてその矢を放ってみることにする。

 光跡を残してまっすぐに矢は進んでいき、やはりスッとスケバン(死語)の体内に消えていった。


 途端に彼女は少年の襟首を自身の方に引き寄せ、その唇に吸い付くではないか。


『ダ・イ・ス・キ』

 そう彼女の唇が動くのを確認して俺は確信した。


「これ、キューピットの矢じゃないか!」


 そうと分かれば!


 俺は急いで学校に行くと親友の松前に声を掛ける。


「松前、おまえ長峰ちゃんのこと好きだったよな。今から告りに行くぞ」


「はっ? な、なにを言い出すんだ。長峰さんのことは内緒だって言っただろ。それに今から告るってなんだよ」


「うるさいな。つべこべ言わずに今直ぐ行くぞ。俺が絶対に告白を成功に導いてやるから! これは絶対だし、もう命令だ」


「意味わかんねーんだけど」


 松前はだいぶグズったけど、偶然にも長峰ちゃんが通りかかったので強引に空き教室に二人を連れ込んでしまう。


「ほれ、後が無いぞ。俺は少し離れててやるからな。上手くやれ」


「ああ、もうっ。破れかぶれだ……。あの長峰さん、おれ――――」


 俺は少し離れた教室の隅からキューピットの矢で長峰ちゃんを狙う。松前の「よろしくお願いします」の声を合図に矢を放つ。

 矢はスッと長峰ちゃんの身体に吸い込まれ、松前を見るその目はもうハート型になっていた。


「ミッションコンプリート! 後はお好きに!」






 良いことをすると気分がいい。今日は学校中を回って恋のキューピットを演じることにしよう。


 俺は休み時間の度にアチラコチラの教室に顔を出しては矢を放ち続けた。

 放課後の今までに、すでに数十組のカップルを成立させてきている。もはや伝説の仲人と言っても過言でないくらいだと思う。


 悦に入っているとふといいことを思いつた。


 お局様と生徒にも教員たちにも恐れられている英語教師の野原教諭とやたらと調子に乗ってパワハラかましてくる体育教師の遠藤教諭をくっつけてしまうっていう案だ。

 二人がくっつけば野原のヒステリーも収まるかもしれないし、野原の尻に敷かれて遠藤も大人しくなるやもしれない。

 しかし、この二人は互いに恋心など持っているはずもないのでキューピットの矢は同時に2本お互いに射なければいけないのだろう。


 でも大丈夫。

 今日一日で俺の弓技ははるか高みに届いているはず。




 野原と遠藤をそれぞれ嘘の話で呼び出すことに成功した。


「あれ、野原先生どうされたのですか?」

「遠藤くんこそ何しに来ているの?」


「いや、僕は生徒に呼び出されて。なんだか相談があるとかで」

「ん。私も生徒に相談したいことがあると呼び出されたのですけど?」


「田端ですか?」

「田端くんですね」


 二人が向かい合って話をしている。今がチャーンス!


 俺は光の矢をつがいまずは野原先生に照準を合わせる。今だ――。


「止めるんだ!」


 矢を放とうと弦から手を離そうとしたその瞬間にその手をぐっと握られる。


「え?」


 振り返ると、背中に羽を生やした全裸の男が立っていた。


「ストリーキング(死語)!?」

「ちゃうわっ、ボケ!」

「うわぁ、エセ大阪弁……」

「うるさい、うるさい。それよりもその弓は僕のものだ。すぐに返せっ」


 全裸で羽が生えていて弓を自分のものと主張するとなると、こいつが本物のキューピットってわけか。てか、キューピットって幼児じゃないんだな。股間のあたりがもじゃもじゃと……。


「うわぁ……」

「何処を見ている! よこせっ」

「あっ……」


 野原先生に矢を当てることなく、全裸野郎に弓を奪われてしまう。


「やっともとに戻ってきたか」

「こら、変態男! 弓を返せっ」

「なにが返せ、だ。これは僕の弓ではないか。それよりもよくも勝手に矢を打ってくれたな! 弓のカウンターがめちゃくちゃ増えているじゃないか!」


 どうも矢を放つたびに課金される仕組みのようで、俺が今日何本も矢を放ったので相当な額が課金されるようだ。そこだけは申し訳ない。


 とりあえず弁済しろと言われても困るので逃げることにした。


 スタコラサッサ(未勝利)と逃げていたら、偶然にも廊下の角で水澄とぶつかり、あえなく捕まってしまう(本日二回目)。


 後ろからは剥き出しのエロカッパもパタパタ翔びながら追いかけてきている。まさしく前門の虎、後門の狼ってやつだな。


「たーばーたー!! あなたいい加減何度言わせれば気が済むの! 服装だって朝言ったのに直っていないじゃない! 今日という今日は許さないですからねっ」


「マジ勘弁してよ! なんでオマエは俺の前にそんなにも現れるんだよっ。ほんと天敵すぎる」


 ぎゃーぎゃーと騒いでいると「聞いたぞ」と俺の真後ろから声が聞こえた。


「げっ、まっぱマン」

「そのデリカシーの欠片もないあだ名はヤメロ」


 変態漢に追いつかれたようだ。もはやこれまでか……。


「ふむふむ。貴様の苦手はその子のようだな。ならばこのキューピット様の仕返しはたったひとつ――」







「田畑誠寿くん♡ だいすき! あなたのことはこの私が一生懸命に更生させてあげるっ」


 あの全裸クソ野郎はあろうことか水澄にキューピットの金の矢を放ちやがった。すなわち水澄が俺に惚れるということで……。


「水澄と四六時中いっしょなんて最悪としか言いようないじゃん」


「誠寿くんっ、水澄じゃないよ♡ 麻由佳って呼んでくれないと風紀委員室に呼び出しちゃうぞ」


「あーその、麻由佳。ちょっと離れてくれないかな? 腕に抱きつくのは風紀委員的にだめなんじゃないか?」


「ダイジョーブ。委員長権限でモーマンタイだよ」


「さ、左様ですか……」






「どうだね、僕の仕返しは? まぁ、長くとも一月もすれば矢の効力は無くなるからちょうどいいお仕置きになるだろう。うわっはっは」


 天に向かって消えていく丸出し◯ンコの姿は俺の目には見えていない。見ている余裕なんて毛の先ほどさえないからね……。




 この先、麻由佳と信じられないほど幸せな家庭を持つことになるのだが、これはまた別の話。

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